そこから先生との秘密の関係が始まりました。
中学2年生の私にはネットの情報はあるけど
リアルな大人のカップルのセックスが、どういうものなのかを知らなかったので、
当初は、先生がしてくることが、大人はみんなやっていることだと思い込んでいました。
先生は、私の恋愛感情を利用して性を徹底的に管理、調教し、絶対的な主従関係を築いていきました。
今思えば、それは自分の身を守る為であったんだと思います。
でも、私が従順になっていくと、完全に自分の性癖を満たす為だけに、私の身体を私物化していったんです。
でも先生に依存していた私は、先生と特別な関係で居られることにが幸せであり
先生が喜んでくれることが、心から嬉しかったんです。
周りからはキモがられていても、私にとってはすべてが愛おしい存在でした。
先生の匂いも、汗っかきな体質の汗も、先生の体液ならすべて大好きでした。
妻子があると知っていて、傍に居たくて自ら望んだんです。
そして先生の中には2面性がありました。
私の心を救ったように心優しい面と、過去いじめられた反動で形成されたサディスティックな面が
共存していました。
恋は盲目といいますが、まさしく、その通りで、私は、先生が喜んで満足してもらえれば良かったんです。それが全てでした。
その頃の先生は、本当に無双状態でした…
私の復活劇をきっかけに周りからの強い信頼を獲得しました。
それが先生が好き放題にできる魔法でした。
信頼している人に対し、疑いの目を向けないし、余計な詮索もしないからです。
また、太ったキモい先生が、生徒の私と関係を持つことなど絶対にあり得ないという固定概念が
その先生の魔法を強力なものにしていたと思います。
密室で2人で居ても誰も怪しむ人はいなかったです。
現に私の両親ですら、何の疑いも持たず、娘を救ってくれた恩人と感謝し、とても信頼していました。
週に1回訪問を歓迎し、ご馳走を作ってもてなし、夕飯まで一緒に食べるようになっていました。
自宅の2階では勉強でなく、性調教が行われていることも知らずに…
先生の一日働いた汗だくの体を頭の天辺から爪先に至るまで綺麗に舌で奉仕し、おチンチンもアナルもふやけるまで口で奉仕させられ、私物化した私の体は先生のおもちゃでした。
自宅での調教も次第にエスカレートしていきました。
最初は、私の部屋だけで行われていた行為が、2階の両親の寝室含む他の部屋や廊下、階段でも行うようになりました。
両親と一緒に、ご飯食べている時まで調教をされるようになり、遠隔おもちゃを使用されたり、
両親の目を盗んでは、私の体を直接弄びました。
私も一番知られたくない両親の前で、弄ばれ、奉仕させられることに性的興奮を感じるようになっていました。
それでも、まだ学校へは通えないでいた私を外の世界に慣れさせる為との口実に
月に1回の金曜だけは、先生の自宅で勉強を教えてもらうことになりました
先生は奥さんに相談し、元教員の奥さんも私を学校に復帰させる為に協力してくれたんです。
私が旦那さんと体の関係があることも知らずに…
そして、奥さんも子供もいる自宅でも、目を盗んで狂ったようにお互いに求めあい調教されていました。
いつも先生の自宅で夕飯を食べさせて貰うときは、私のパンティの中は、先生に中出しされた
精子でドロドロでした。
私は興奮を隠し、ニコニコしながら奥さんの手料理を食べている最低な人間でした。
先生は、学校からも私が復活しつつある状況を高く評価され地位が上がっていきました。
先生の発言に影響力も出始めたことから、
先生は、私を監視する為、そして毎日、私の若い体を弄ぶことを目的に画策するようになり
私を利用し、完全に引きこもりだった私が前向きになった事例を武器に
不登校や引きこもりなどの悩みを抱える生徒たちを受け入れるクラスを新設することを
学校に根気強く提案し、それを実現させました。
中高一貫校だから馴染めない学生は、不登校になりやすい反面、
一貫校だからこそ6年間を使ったカリキュラムを編成できると力説し、
また、行く行くは、他の学校から同じような生徒を受け入れていけば
学校にもプラスになっていくと提案していた。
いじめや色々な理由で、人とのコミュケーションが苦手な子の受け皿を作り
公立校のような一律授業でなく、塾のようなスタイルで個別の学習計画を作り、
個別授業を行っていく方針を打ち立てていました。
定年退職した教師や育休の教師、予備校、塾の元講師など
退職した講師の空いた時間を有効に活かす面白い提案だったみたいです。
実はこれは、数年前から先生が提案していたようで、
私の復活を機にプロジェクトが本格的に動きだしていきました。
先生は、これまでの担任を外れ、新設するクラスのプロジェクトリーダーになり
私も先生のいいなりに利用され、学校にその必要性を嘆願させられました。
本格的な新設は中学3年生からでしたが、2年生の2学期から学力テストを受け
個別の学習計画を作り、自習という形で毎日学校に通うようになっていました。
教室には、私と同じような数人のいじめや不登校になった生徒が通い始めていました。
それから、私は毎日学校で授業中や放課後に先生に調教を受け、奉仕をするようになっていき
至る所で、サディスティックに性処理道具として使われました。
沢山の恥辱を受けていく中で、私がすごい興奮するシチュエーションは
家族がいる自宅での調教や先生の家族がいる中での調教…
見つかれば破滅してしまうようなシチュエーション…
首を絞め、スパンキング、道具のように使われているような感じに
どうしようもなく興奮するようになっていました。
その頃の先生も私も狂っていました。
それが、私の中で形成されていった性癖です。
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ご主人様
「フフッ、なかなかの刺激的な体験ですね」
「それを自宅で告白するとはね。フフッ」
「私も先生も狂っていたとは、具体的にはどういうことですか?フフッ」
玲
「学校の空いている教室のロッカーの中に、全裸で縛られて、おもちゃを入れられ押し込まれ、鍵もかけずに放置されました。
廊下を通る足音や隣の教室では授業の声がしている中で、ずっと放置され、何度も逝き、お潮も漏らしていました。」
「学校中で調教、奉仕をさせられました。ギリギリのスリルを味わうように…」
「学力テストの時などは一番酷かったです…。
テスト前に、カンニングを厳しく注意して、自由な動きを制限させ、私はいつも一番後ろの席にされ
パンティとブラをその場で脱がせて、机の上に置かせて受けさせたり、私の前に立ちいきなり勃起したオチンチンを出し手コキをさせ
机の上に飛び散った精子を綺麗に舐めさせたり、オナニーさせたり…少し挿入されたり…」
ご主人様
「それだけですか?フフッ」
「あとからバレたらお仕置きが増えますので、お気をつけください。」
玲
「お尻の穴も拡張されました…」
「アナルDayの時は、アナルプラグを挿入され授業を受けさせられました。」
「しかも、次の時間割に進むにつれ、アナルプラグが太くなっていったり…」
ご主人様
「他にはないんですか?んッ?」
容赦なく糸を引っ張り上げられる…
玲
「ぃゃぁッ…あッ…だめぇ…んぁッ」
鋭い刺激の下に、堪らない快感が見え始める…
玲
「んぁ…ぁッ…お、おしっこを飲みあっていました…んッ」
ご主人様は糸を好き勝手に操る…
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