…ジーンズに薄い水色のジャケット姿の、真由美の細い身体がベッドにバウンドするように
崩れたところへ、今井はすぐに襲いかかってきた。
玲子と同じように腹に拳を見舞われるのかと思ったが、
「あんたの生の喘ぐ声が聞きたいんでな。おとなしくしてたら乱暴にはしねえよ」
とトーンの高い声でいってきて、唖然としたままでいる、真由美のジャケットを動作もなく
脱がしてきて、仰向けになった真由美の腹の上に跨り、両手で両手を抑え込んできた。
「ふーむ、奇麗な顔だと匂いまで奇麗だな」
「は、放してっ!…放しなさい、大声出すわよ」
「出してみろよ。人が来た時には、あんたは素っ裸になってるぜ」
それからは、声を挙げるのは真由美のほうだけで、今井は姿勢を変えることなく、上から
色の薄いサングラスを通した冷徹そうな目で、一言の声も出さず見つめ続けてきていた。
真由美は隣りのベッドで気を失っている、玲子にも声がけをするのだが応答はなく、身体
もピクリとも動かなかった。
「は、放しなさいよ、早く!…でないとほんとに、大声出すわよっ」
五十センチもない距離で、何の声がけもなく、上から見下ろされているだけの、気味の悪
さに堪えかねるように、真由美は足をばたつかせながら、必死に藻槌き足掻こうとするのだ
が、今井は冷静で冷徹な眼差しを変えないまま、真由美の目を追い続けていた。
一年ほど前に新しく建ったこのホテルは、室は当然に防音装置が施されていて、真由美の
必至の叫び声は、外に漏れ聞こえるということはなかった。
ふと気づくと、今井の精悍そうな顔が、徐々に下へ下がってきていることを、真由美は男
の吐く息の音が、近くなってきていることで知らされ、薄赤く上気し始めている顔に、狼狽
えと戸惑いの表情を露わにした。
今井の鋭敏そうな体臭までが、真由美の鼻孔を、組み伏せられた最初の時よりも、強い刺
激を与えてきていた。
何かをされそうな危険が迫ってきていることを、真由美は本能的に感じて、心の中で慄き
に似た思いを過らせていた。
無駄とわかっていても、真由美は両腕に力を込め、今井の腕を払い除けようと足掻くのだ
ったが、徒労でしかなく、逆に上と下で向き合っている顔と顔の距離が、相手の息の音が聞
こえるくらいにまで接近してきているのだった。
今井のほうの態勢にほとんど変化はなく、一言の言葉も発しないまま、顔だけを下に向け
てゆっくりとした動きで下ろしていっていた。
「こ、来ないで!…そ、それ以上近づいて来ないで」
すでに汗の滲み出した顔を、左右に激しくうち振りながら、絶叫に近い声で吐き出す真由
美だったが、抗いの意思を示すのが、それだけしかできないということだった。
鼻先と鼻先が触れるところまで、今井と真由美の顔と顔が近づいていた。
互いの息の小さな風が、二人の顔と顔に当たってきている。
今日、初めて言葉らしい言葉をを交わしただけの、今井の剃刀の刃のように薄い唇が迫っ
てきた時、それまで激しく顔を揺すらせていた、真由美の顔の動きが電池が切れたかのよう
に、何故だか真由美本人もわからないまま静止していた。
唇が重なって、然したる抵抗もなく真由美の白い歯が小さく開いた。
今井の薄くて長い舌が、真由美の口の中に苦も無く侵入していた。
狭い口の中で、舌で舌を捉えられながら、真由美は、何故自分がそうなってしまったのか
を自問自答していた。
その答えを見出す前に、真由美の身体と心に、あれだけ強く拒絶の声を挙げ続けていた思
いとは、真逆の感情がどこからともなく、湧き出してきていることに気づき、自分自身で狼
狽えと戸惑いを大きくしていた。
五年前に夫を亡くしてから、ただの一度も男性との交際や身体の交わりなど、皆無だった
真由美の身に、突然に降りかかってきた災禍に、真由美は悄然と言葉を失くすしかなかった。
自分は最早、還暦も過ぎ、当然に女としての盛りも過ぎていて、自身も女を意識すること
なく老いの道に入っていくのだと、真由美は漠然と思っていた。
それが今、会って言葉を交わして間もない男の餌食となって、女として身体を開かされよ
うとしていることを、今井という男の舌での愛撫に、心ならずも気持ちを昂らせていってし
まおうとしているのだ。
「俺の思っていた通りだ、あんた」
唇が離れた時、真由美の耳元に口を近づけ、風貌には少し似つかわないような高い声で、
今井が囁くように言ってきた。
そのまま耳朶から首筋にかけてを、今井の濡れそぼった薄い舌が、蛇の頭が動くように這
い廻ってきた。
今井の舌の愛撫から逃げようと、首から上を、子供が嫌々をするように振り続ける真由美
だったが、声のほうがそれまでの絶叫的な響きから、柔らかな拒絶の喘ぎに近い音感に変わ
ってきていた。
顔を合わせた時から、嫌悪と憎悪しかない男だと思っていて、気持ちを強く持っていたは
ずの真由美の苦し気に吐く息にも、荒さだけではなく熱のようなものが籠ってきているよう
だった。
こんな、こんなはずではと、気持ちばかりが焦り戸惑うのだが、今井がまた唇を真由美の
唇に寄せてきた時、真由美は細い顎を、自分から上に向かって突き出していた。
口の中で、舌で舌を弄ばれながら、今井の手でブラウスのボタンが上から順に外されてい
る。
薄い水色のブラジャーが露わになり、乳房の丸い膨らみが覗き見えた。
抑えつけていた今井の片方の手が離れても、真由美の手はまだ力が入らないのか、ベッド
のシーツの上に投げ出されたままだった。
「ふふん、顔と同じで真っ白なんだな。いい膨らみをしてる。感度も良さそうだ」
唇を放して、今井が露わになった真由美の乳房に目を向けて、白い歯を見せながら揶揄的
な口調で言った。
真由美は息を荒くしながら、憤怒の表情で今井の顔ではなく、白いクロス張りの天井に視
線を向けていた。
上を見ている真由美の目の焦点は天井にはなく、自分でもどこを見ているのかわからない
状況に陥っていた。
この室に入ってまだ三十分ほどしか経っていない。
男にいきなり襲われ、ベッドの上に組み伏せられた。
真由美は声だけで精一杯抗った。
男はずっと無言のまま、数十センチの距離で、真由美の顔と目を凝視し続けた。
これまでの時間の大半は、男との無言の睨み合いだった。
男の顔が次第に下に下りてきて、真由美の唇に男の唇が、然したる拒絶の動きもなく触れ
て重なった。
結果的に七転八倒の激しい揉み合いもなく、真由美は男の手でブラウスのボタンを、親が
子供の服を脱がすように、自然な流れで外され、その延長で、ジーンズのボタンにまで、男
の手がかかっている。
どうしてこうなってしまっているのか、真由美はまだわからないままでいた。
はっきりといえることは、襲われベッドの上に組み伏せられたどこかから、真由美の気持
ちの中から、まだあって間もない今井という男への、最初に抱いた嫌悪と憎悪の感情が水泡
に帰したように薄らいでしまっているということを、心ならずも自覚させられていることだ
った。
「抱いて欲しいか?」
そんな真由美の内心を見透かしたかのように、今井が白い歯を覗き見せて、真由美の顔の
真上から聞いてきた。
この時、今井の手はジーンズを脱がされ露呈している、真由美の下腹部の薄水色のショー
ツの上を、指でなぞるように這っていた。
真由美の口から出る声は、女が身体と心を燃え上がらせる時に出る、余韻のある、熱の籠っ
た喘ぎ声に変わっていた。
今井からの問いかけに、真由美は目を合わせて首だけをこくりと頷かせていた。
「何をどうして欲しい?」
薄い色のサングラスの奥の切れ長の目と、薄い唇の端に冷徹そうな笑みを浮かべて、今井が
真由美に尋ねてきた。
え?という訝りの表情で、真由美が今井の顔を窺い見た。
「俺の何を、お前のどこへどうして欲しいって聞いてんだよ」
乱暴な口調で、今井が高い声で言ってきた。
「そ、そんなこと…」
真由美が慄いた表情で首を振ると、
「上品そうなあんたが言わないと、何も始まらねえんだよ」
そのやり取りで、真由美の消滅しかけていた理性が、少し息を吹き返した感じがあった。
しかし、それも一瞬だけのことのようだった。
「あうっ…」
真由美の顔が切なげに歪んで、短い声が漏れた。
真由美の下腹部を責め立てていた、今井の手が激しく動いてきたのだ。
同時に今井の顔が、真由美の右側の乳房に押し付けられてきて、歯と舌が乳首を咥え込んで
きていた。
「言っとくが、俺はそんなに優しくはないぜ」
真由美の乳首を歯で甘噛みしながら、今井はくぐもった声で言ってきた。
「は、はい…あっ、あぁ」
真由美はいつしか従順な声になっていた。
このホテルのロビーで最初に顔と目を合わせた時、先に視線を逸らしたのは、真由美のほう
だった。
勝ち負けの話でいうなら、今日の面談の責めて手は、真由美と玲子の側にあるはずだった。
今井のほうが、ハナから暴力的な発言かで、真由美たち二人を威嚇してきたのでもない。
毅然とした気持ちでいたはずの真由美から、先に目を逸らしたのは、明らかにその時点で
勝敗は決していたのだ。
もっと深くいうと、真由美の心の、それも女という気持ちの琴線が、今井の切れ味の鋭い刃
物のように鋭い視線に、そこでもう屈してしまっていたのかも知れなかった。
ベッドで今井がいきなり覆い被さってきた時には、勝敗はもう決していて、それが真由美に
はい、という返事を言わせたと、こういう事態になった今頃になって、真由美は思い知らされ
たのだった。
今井が少し焦れたような表情を顔に浮かべた時、
「わ、わかりました…い、言います」
真由美は声に出して、了承の意を相手に伝えた。
「わ、私の…あ、あそこへ…あなたの…を、い、入れてください」
切れ長の目を深く閉じて、真由美は声を詰まらせながらいった。
「え?何言ってるかわかんねえよ。もっとはきいりいえよ。目をきちんと開けてだ」
「わ、私の…お、おマンコに…あ、あなたの…おチンポを入れてください」
「へぇ、あの施設の一番の偉いさんが、たかだか食材のしがない配送員の俺の、おチンポが
欲しいってか?」
「は、はい…」
真由美は自分が何を言っているのか、何を言わされているのかわからないまま、言葉を口に
出してしまっていた。
数秒の後、真由美はその下劣な言葉の恥ずかしさに気づいたが、その時の自分の本心が内包
されていることを頭の中で知り、狼狽えと戸惑いをさらに大きなものにしていた。
隣のベッドで、意識を失くしたまままだ動かないでいる、玲子のことが少し気がかりだった
が、自分に覆い被さっている今井という男の、顔や身体や汗か体臭が醸し出してきているすべ
ての雰囲気に、真由美は完全に打ちのめされていた。
改めて気づいたことがもう一つあった。
いつからだったのか、今井がすでに素っ裸になっていて、格闘技選手のような引き締まった
身体を真由美の目に晒しているということだ。
「もう一回言ってみろ」
真由美の乳房に埋めていた顔をふいと上げて、今井が何の抑揚もない声で言ってきた。
浅黒い精悍な顔からサングラスがなくなっていて、鷹のように鋭く煌めいた目が、真由美の
顔の十数センチもない近いところにあった。
魅入られたように、真由美は目を今井の視線に向けて、同じ言葉をもう一度繰り返して言っ
た。
職場での自分の部下に、卑劣な恐喝まがいの因縁を吹きかけてきた、今井というこの男に社
会的制裁も念頭に入れて、挑んできた真由美だったが、会って数分も経たない間に、暴力的な
行為もほとんど受けないまま、脆くも組み伏せられ、挙句、恥ずかしい命令に顔を赤らめなが
らも従順に従ってしまっている。
「天国へ連れて行ってやる」
そういってからの今井は、全神経を真由美の身体に集中させたかのように、男としての昂る
気力を駆使して、剥き出しになった真由美の裸身を、長い時間をかけ丹念に、そして執拗に責
め立ててきた。
蛇に睨まれた帰るの真由美に、窮鼠猫を噛む気力は残ってはいなかった…。
続く
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