…増幅するばかりだった。
初めての体験である紀子も、自分がどのようにして、相手に応えたらいいのかわからないまま、
漏れ出そうになる恥ずかしい声を必死に堪え、上気した顔を左右に激しくうち震わせていた。
それでも、その表情は苦痛のそれではなく、どこかに僕への信頼と悦びのような思いが滲み出
ているような気が、僕の独りよがりかも知れないが、していた。
両手で紀子の両頬を挟み込むようにして、僕は彼女名前を呼んだ。
「紀子…」
閉じていた紀子の目が開いて、僕の顔がすぐ真上にあることに気づき、驚きの目をして、
「雄ちゃん…」
と掠れたような声で呼び返してきた。
紀子のその声を聞いて、腰の律動を早めた僕は、
「の、紀子…い、一緒に!」
と彼女の目を正視して、訴えるように声を振り絞った。
意味も分からないまま、紀子は何度も何度も汗に濡れた顔を頷かせてきた。
勢いに溺れて、彼女の身体の中に出してはいけない、という思いだけは、僕はしっかり
持っていた。
そして最後の寸前で、紀子は腹に当て身を喰わされたように、うっと小さな声を漏らし
て意識を失くした。
僕は暴発寸前で、身体を紀子から離して、気を失っている彼女の腹の上に、白濁の迸り
を飛散させた。
意識の戻らない紀子をそのままにして、僕は室の隅からテッシュケースを持ってきて、
彼女の腹に夥しく飛散させた白濁を、丁寧に拭き取ってやり、自分自身の後始末も終えて、
そのまま仰向けに布団に横たわった。
僕の真横で寝息を立てている、紀子の寝顔に目を向けながら、何ともいえない爽快感と
至福感を僕は満喫していた。
まだまだ先の長い道を、どう進んでいこうと、こいつだけは、どんなことがあっても、
自分が幸せにしてやらなければならない。
薄暗い天井板に目を向けながら、至福で爽快な頭の中で、およそ僕らしくもなく、殊勝
な思いでそう誓っていた。
「う、ううん…」
横で声が聞こえたので顔を向けると、紀子が目を覚ましていた。
顔を一、二度横に振りながら、開けた目で僕を見つめてきた。
沈黙の間が少しあって、彼女が自分の裸の寝姿に気づき、慌てた素振りで乱れきった浴
衣を手で手繰り寄せながら、
「どうして私だけ服も着せず、ほったらかしなの?」
といつもの怒り顔で、僕を睨みつけてきた。
「だって、お前気持ちよさそうに寝てたもん」
と返してやると、
「大事なお姫様を、風邪引かせちゃだめでしょ」
「お前も大事なお殿様をほったらかして、自分一人で鼾かいてたぜ」
紀子が照れ隠しで、口を尖らせているのがわかった。
掛け布団の中で、器用に身なりを整えた紀子は、改まったように僕に視線を向け、
「私、何も後悔はしていないよ」
と小さな笑みを口元に見せていってきた。
「お、俺もだよ。年齢からいうと、不純異性交遊だけどな」
紀子の視線の妙な強さに気圧されたように、今度は僕のほうが照れ隠しの台詞を吐いて
いた。
「不純じゃない…愛よ…愛」
他愛ないもので、それから間もなく、僕と紀子は一枚の布団の中で、身を寄せ合いなが
ら深い眠りの中に落ちた。
目を覚ますと、隣で寝てた紀子はもういなかった。
カーテンが開け放たれた窓から、眩しい陽光が差し込んでいて、眩しさに目を細めなが
ら柱時計を見ると、まだ七時半過ぎだった。
台所のほうから物音が聞こえてきていた。
寝ぼけ眼で室を出て行くと、ジーンズ姿に着替えた紀子がガス台の前に立っていて、火
の点いた鍋に何かを溶いているようだった。
「おはよう」
僕に気づいて、紀子が明るい笑顔でいってきた。
おはようと言葉を返した僕のほうが、逆に昨夜のことを意識して、自分から目を逸らし、
居間にこそこそと足を向けた。
座卓の前に座り込んで、手に持っていたスマホの画面に目を向けると、メール着信が一
件入っていた。
祖母からで、着信時刻は昨夜の十時過ぎになっていた。
(綾子さん、峠を越したみたいだから安心して。恋人さんによろしく)
子がここに泊るということは、祖母にはいってないのに、もう決め込んでいるようだ
った。
紀子は炊飯器でご飯を炊いたようで、炊きたての米の匂いと味噌汁の匂いが居間のほう
まで漂ってきていた。
座卓の上には漬物とレタスサラダと、僕の好きな卵焼きが並んでいて、紀子が湯気の立
つ味噌汁と、ご飯を載せた盆を持って居間にきた。
「紀子がこんなに料理できるとは知らなかった」
「いいお嫁さんになれそう?」
昨夜のこともあったので、僕は少しどきっとしたが、彼女の屈託なさげな顔を見ると、
もういつもの小煩い紀子に戻っているようで、
「雄ちゃんの好きな、砂糖入りの卵焼き作ると焦げちゃって色も奇麗にならないの。我
慢して食べてね」
と笑顔を見せていってきた。
二人だけの食事が終わりかけの頃、紀子のスマホが突然鳴った。
画面を見て、
「叔母さんだわ」
そういって台所のほうに歩いていった。
二、三分話し込んで、紀子は居間に戻ってきて、
「昨日ね、私のお母さんから叔母に電話があったみたい。友達の家に泊まるって嘘つい
てるでしょ。それでお母さんが心配して叔母に相談してきたんだって」
こちらが聞いてもいないのに、電話の中味を話し出した。
「叔母がね、紀子ももう大人なんだから心配しないで、あなたたち夫婦の問題をきちん
としなさいって、説教してやったんだって」
「そうかい、いい叔母さんだね」
「叔母さんにね、今、あんたと一緒にいるっていってやったら、叔母さん、少し驚いて
たけど、それなら安心だっていってた」
僕は飲みかけのお茶を、思わず零しそうになっていた。
「お前、こんな朝早くに俺と一緒にいるっていったら…」
「いいじゃない。あなたも叔母のことは知ってるんだし」
「叔母さんがご、誤解するだろがよ」
「どう誤解するのよ。私、あの叔母さんにはっきりいってあるもの」
「な、何を…?」
「雄ちゃんのことが好きだって。あの叔母さんには何でも話しできるの」
僕のほうも叔母さんとの関係があるので、これ以上話を続けるとやばくなりそうな気がし
たので、
「いい叔母さんでよかったな」
といって、どうにか事なきを得た。
一時間ほどして、今度は僕のスマホが鳴った。
祖母からだった。
十二時前に着く列車で帰るという連絡だった。
駅弁三人分買って帰るから、三人で仲良食べましょ、といってきたことを紀子に話してや
ると嬉しそうな顔で笑ってきた。
三人で顔を合わせた時の、僕の戸惑いと狼狽えの気持ちを、紀子に話すことは死んでもで
きないと、僕は自分一人で腹を括った。
祖母を駅まで迎えに出る時、玄関の上り口で、靴を履いて立ち上がった僕のすぐ前に、紀
子が顔を少し赤らめて立っていた。
「もう一回キスして…」
僕の目を恥ずかしそうに見つめて、小さな声でいってきた。
うん、と僕は顔を縦に振って、紀子の両肩に両手を置いた。
唇と唇が触れた時、前に駅近くの公園のベンチで、紀子と初めてキスした時の甘酸っぱい
レモンのような匂いがしたのを思い出した。
同じ匂いがした…。
終わり
(筆者後記)
長い間のご愛読、ありがとうございました。
最後は、このサイトには全くふさわしくない内容となってしまいましたことを
深くお詫び申し上げます。
自分の若かりし頃の、体験の幾つかを思い起こしながらの拙文に、たくさんの
ご感想やらご意見、ご提言、ご諫言を賜りまして、本当に感謝しかありません。
また機会がありましたら、皆様のご意見、ご諫言を、今後大いに参考にして、同
じペンネームで参画させていただきたいと思っていますので、よろしくお願い申し
上げます。
最後に添削なしで、誤字脱字だらけで、パソコンの操作ミスもあったりで、大変
判読しにくかったことを、重ねて深くお詫び申し上げます。
雄一
み
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