変な時刻からのうたた寝だったので、目を覚ましてから暫くは気分がすっき
りしなかった。
室全体が暗くなっていて、横にあったノートパソコンのエンターボタンを押
すと、時刻は七時四十三分と出た。
四時間近くも寝たのか、と首を何度も振りながら、身体を起こして、暗い台
所の灯りを点ける。
虫と蛙の鳴き声を聞きながら、一人寂しく味気なく夕飯を済ませる。
食べ終わった茶碗や皿を、台所の流し台に置いて、誰が洗ってやるものか、
と一人で呟いて居間に戻る。
うたた寝する前の記憶が蘇っていて、祖母への腹立たしさで、僕は気分をか
なり害していた。
居間で暫くテレビ画面に目をやっていたが、耳にも目にも何も入ってこない
ので、テレビも照明も消して、自分の室に戻った。
スマホを弄り、音楽でもと思ったが、聞きたい歌が浮かばなかったので、畳
の上のパソコンに目を向けた。
ああ、そういえば、祖母と寺の尼僧とのレズシーンのところを観ていたんだ
と思い出し、何げにそこのアプリを開く。
確か五月二十五日の日付で、二人が布団に入ったところで、中途半端な感じ
で終わっていたような気がする。
やはりそうだったが、何とページを変えて続きがあった。
祖母への腹立ちはまだ消えてはいなかったが、これは尼僧の書いた日記だか
らと自分を納得させて、僕は字数の多い画面に、僕は見るともなしに目を向け
た。
…布団の中で、私の手が自然な動きで、昭子さんの浴衣の上から乳房を柔ら
かく掴んだ時、彼女の切れ長の目の端が、微かに歪んだのを私の目は捉えてい
た。
私はそこで悪戯心を出して、掛け布団を頭の上まで引き上げた。
急に暗くなった布団の中で、昭子さんの小柄な身体が小さく震えるのがわか
った。
「ああ、ほんとにいい匂い。昭子さんの身体の匂いと、息の匂いが素敵」
私は自分の気持ちを正直にいった。
「あ、ありがとう。あ、あなたもよ…」
顔の表情が見えるか見えないくらいの暗さだったが、昭子さんは二つの手を、
寝ながら起立するように、緊張した身体に寄せていた。
「昭子さん、もう一度キスさせて」
昭子さんの緊張がまた増幅しないか心配しながら、耳元の辺りに息を吹きか
けるように囁いた。
ビクンと小魚が跳ねるように、やはり昭子さんの身体は小さく震えたが、拒
絶の震えではないと私は確信した。
そう思ったのは、彼女の片手が、無意識にだろうが私の二の腕を柔らかく掴
み取ってきたからだ。
薄暗い闇の中で、私は昭子さんの両頬を両手で優しく包み込み、顔に顔を近
づけていった。
私の鼻孔に、また彼女の身体から発酵している、甘いようで甘くない香しい
匂いが強く漂ってきていた。
彼女のこの匂いというか香りが、私の欲情を高めてきている気がした。
唇が柔らかく触れた。
ふっと昭子さんが、身体と気持ちの緊張を抜くように、小さな息を吐いてき
た。
温かく、心地のいい匂いの息が、私の唇と濡れた歯の表面を柔らかくくすぐ
ってきた。
昭子さんの浴衣越しの胸に置くだけにしていた手を、私が少し揉むように指
を動かせると、彼女のか細い両肩がまたビクンと震えた。
構わずに私は、彼女の乳房を揉み込む手に、少し力を加えていった。
とても六十代とは思えないくらいの弾力が、彼女の乳房の膨らみから私の手
に驚きと一緒に伝わってきていた。
昭子さんの口の中に差し入れた私の舌は、すぐに彼女の小さな舌を捉えてい
て、濡れた舌と舌で、お互いの気持ちを確かめ合うように愛撫し合った。
私に乳房を掴まれ、揉みしだかれていた昭子さんの片手が、唐突に私の寝巻
の襟の中に潜り込んできた。
私の片方の乳房が、他愛もなく昭子さんの小さく細い手の餌食となった。
突然だったので私のほうが、塞ぎ合った口の中で、呻くような声を漏らして
いた。
変な対抗意識からでもなかったのだが、私も昭子さんの浴衣の襟から手を中
に差し入れていた。
唇がどちらからというのでもなく離れると、私も昭子さんもほとんど一緒に
大きな息を吐き合ったので、薄暗い中で顔を見合わせ、どちらからともなく小
さな笑みを見せ合った。
掛け布団を少し跳ね、スタンドの灯りの中で、お互いの上気した顔を見つめ
合う。
「お姉さん…」
と私が昭子さんに呼びかけた。
そう呼ばれた昭子さんの薄赤く上気した顔に、少し戸惑いの表情が浮かぶ。
「そう、呼んでいい?」
と甘えるような声で私がいうと、
「いいお姉さんじゃないけど…」
「私も悪い妹だから」
「あ、あなたにキスされた時…眩暈して気を失いそうだったわ」
「私、お姉さんの匂い、全部好き…」
スタンドの薄明りの中でお互いを見合わせると、二人ともに着ているものの襟
が大きくはだけ、乳房の片方が零れ出るように露出していた。
お互いの吐く息の微風が、お互いの頬や顎の付近に伝わるのがわかるくらいの
間隔だった。
私のほうから唇をもう一度寄せていき、露出した昭子さんの乳房に手を添えて
いくと、彼女も少し恥じらう素振りを見せながらも、唇をそっと差し出してきて
いた。
またお互いの唇が塞がり、狭い口の中で舌と舌が激しく絡み合った。
私が昭子さんの右側の乳房に手を添えた時、彼女の小さな顔が強く震えた。
閉じられた口の中で、昭子さんの短い呻き声が聞こえた。
手の指先二本で、触れた乳房の先端の突起した、桜色の乳首を柔らかく摘まみ
取ると、昭子さんの反応は一際激しくなり、小柄な全身を切なげに震わせてきた。
「お姉さん、ここがいいの?」
私の指二本の中で、見る間に固くしこり出した乳首への力を、悪戯っ子のよう
に少し増してやると、昭子さんのほうから唇を振り払うように離してきて、
「ああっ…お、お願いっ…そ、そこは」
と哀願するような目で私に訴えてきた。
それからの私と昭子さんの、熟成した愉悦の中での、女同士にしかわからない、
情欲の手練手管を駆使してのせめぎ合いは、かなりの間、続いたのだと思う。
私の顔の額や首筋から汗が噴き出ていて、昭子さんの小さな顔の額や鶴のよう
に細い首筋や顎の下辺りに、汗の玉が噴き出していた。
ふと自分の意識を戻すと、布団に仰向けになった全裸の身の私の身体の上に、
同じ全裸の身を跨がせてきていた。
そして私の顔の前にあるのは、昭子さん白くて丸い臀部だった。
昭子さんの顔が、私の剥き出しの股間のほうに埋まり込んでいるのだ。
「ああっ…そこっ」
声を挙げたのは私だった。
昭子さんの舌先が、私の下腹部の中心部に唐突に這わしてきたのだ。
頭の先まで突き刺されたような痺れが、私の全身を襲ってきていた。
動物の本能のような動きで、私も顔を枕から上げ、目の前の昭子さんの臀部
の裂け目に向けて、舌を押し当てていた。
上下になった二人の姿勢もあったのだろうが、昭子さんの私の下腹部への舌
の責めのほうが勝っているようで、身体の下から襲ってくる、全身が強く痺れ
るような愉悦に、はしたなく喘ぎ、悶える声を漏らすのは私のほうが多いよう
だった。
昭子さんの舌の動きの巧みさもあってか、私の身体の昂まりは一気に上昇し
てきていた。
「ああっ…お、お姉さん、わ、私…も、もう」いたのだ
昭子さんへの愛撫も忘れ、私は枕に頭を落とし、多分、顔を淫らに歪まして、
絶頂の極みの寸前にまで達していたのだと思う。
「あ、あなた…お、お汁がすごい。お布団がびしょ濡れだわ」
昭子さんが汗にまみれた顔を私のほうに向けていってきたが、もうそんな斟
酌は出来ない状態にまで、私は身体も心も追い詰められていた。
「お、お姉さんっ、わ、私、だめっ…もう、逝っちゃう…ああっ」
私の身体のどこがどう感じるとかではなく、昭子さんの熟成した舌の動きで、
一気呵成の勢いで、熱い悪寒のような絶頂の極みに、私はそこで屈服を告げる
咆哮の声を挙げて達したのだった。
「わ、私もよ…す、すごく気持ちいい」
昭子さんからの、慰めのような声を聞いたのかどうかは、私には朧だった…。
私の不浄で濡れ汚れたシーツだけを、新しく敷き替えて、二人は一つの布団
で寝ることにした。
私のほうがそう頼んだのだ。
「…私たちって、どこか似通っているところが、どこかにあるのかしらね」
天井に顔を向けて、昭子さんが独り言のようにいった。
「そうなのかも…もう随分前だけど、お寺の本堂の前を着物姿で歩いている
昭子さんを見て、すごく奇麗な人だと思ったわ。でもそれだけじゃなくてね、
ああ、こういう人とお友達になれたらいいなって、私すぐに思ったのを、今で
もはっきり覚えているわ」
「私も、あの駅前の雑貨屋さんの前で、初めてお会いした時、とてもしとや
かそうで奇麗な人だと思ったわ」
「良縁も悪縁も色々あるけれど、私たちの縁ってどうなんでしょ?」
私が言葉をそう投げかけると、昭子さんは一呼吸の間を置いて、
「…同じ男に犯されて、何も反発もできないまま、いいなりになってしまっ
ていることも、似通ったところなのかしら?」
と幾分、自嘲的な声で言葉を返してきた。
「お姉さん…」
声の調子を少し変えて、私は言葉を続けた。
「さっきのお姉さんの…舌の動きってすごく素敵だった。前に女の人との経
験ってしてる?」
妹ぶった声で私が尋ねると、
「…あ、あぁ…も、もう随分昔の時に、ね」
と二呼吸ほどの間を置いて、少し言いにくそうに返してきた。
「聞かせて」
「も、もう、ほんとに何十年も前のことよ。あまりよく憶えてないわ」
「覚えているところだけ、私知りたい」
妹が姉にせがむ声で、私は先を促した。
「高校の時だったかしら?女子高校でね。国語の先生で、年齢は…三十五、六
歳くらいで独身の奇麗な女の先生だったの。…着ている服とかのセンスもよくて、
私の憧れの先生だったわ。高二の時だったかな。歴史小説で面白い本買ったから、
家に来ないって突然誘われてね。私、女の子のくせに歴史物が好きだったの。山
岡荘八の何かだったけど、題名は忘れてる。…でね、先生の住むアパートに行っ
たの。…そこで」
「何かゾクゾクする」
「食事もご馳走になって、その本を見せてもらっていたら、私の傍にいた先生
にいきなり胸を触られて…びっくりしたんだけどね。先生は手を休めることなく、
私にのしかかってきて、あっという間に、私、裸にされてしまって…」
「驚くわよねえ。学校の先生に何て」
「私、声も出せなくて…た、ただね、先生にね、み、右側のおっぱいを触られ
た時、ね。私、自分でもびっくりするくらいの声をね、挙げてしまっていたの。
それも悲鳴とかの声じゃなく…」
「あ、そうだわ。私もさっきそれに気づいた」
「そ、その頃から…いえ、もっと早い頃から、私のおっぱいおかしくなってて、
すごく敏感になってしまっているの。…で、先生のほうもそれに気づいたらしく、
そこばかりを集中的に責めてきて…私、先生のいいなりになってしまったの」
「昭子さん、小さい頃に何かあったのね?」
私は優しく勘繰るような目をして、昭子さんの顔の表情を窺ったが、そのこと
の追及は、そこでは敢えてしなかった。
「そ、その先生とは、それから半年くらいかしら、月に二、三回くらいの割合
でつづいたんだけど、先生が転勤になってからは、自然に消滅してしまったわ」
「そうか、昭子さんも大変な体験してきているんだ。その先生に半年間仕込ま
れているから、手や舌の動きも上手かったのね」
「そんなでも…」
室のスタンドの灯りを消したのは、午前零時を四十分ほど過ぎた刻限だった…。
することも考えることもなかったので、僕はどうにか最後まで読み終えたが、
女性同士の絡み合い、というか、所謂、レズの世界の奥行や深さは、弱冠十六の
少年には、まだ未開の区域なので、それほどの感銘は受けなかったが、一つ僕が
気づいたのは、祖母と尼僧の仲が、これだけの深さにまできていて、あのお盆の
墓参りの時、僕の目の前で二人は顔を合わせているのに、そんな素振りの欠片も
見せず、通り一編の挨拶でやり過ごしていることに、僕はまたまた、大人ってわ
からん、の気持ちになるのだった。
激動の、そして激情の僕の夏休みも後数日で終わる。
明後日ぐらいには僕はこの村を出なければならない。
とてもそんな短期間で、祖母と古村の妖しげな関係の全容が、判明するとは思
えない。
しかし、竹野という男のことは兎も角として、祖母も古村も、そして僕も、こ
の日本の中のどこかに必ずいる。
悪く見ても、この村周辺の二百キロメートルには絶対にいるのだ。
九月のカレンダーを見たら、秋分の日を挟んで三連休があった。
日曜日もフル活用して、うやむやな実態をはっきりさせる。
僕はひたすら前向きに考えるのだが、心の中でもう一人の僕がいて、婆ちゃん
にヤキモチか?とそいつが憐れむような顔で、耳元に囁いてくる。
それがどうした?と僕は胸を反らして言い返した…。
続く
(筆者後記)
つい最近に気づいたのですが、この独りよがりだらけの拙文を、思いも寄らないくらいに
沢山の人が読んでいてくださることを知り、ただただ驚いています。
添削もほとんどなしでの投稿ですので、読みにくい箇所も多々あろうかと思いますが、何
卒のご容赦をお願いします。
皆様からのご意見やご感想も、つたない筆者の何よりの支えであり、また皆様よりのご提
案も、書く上での大きな参考になりますので、これからもよろしくお願いします。
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