役場のある隣村の駅前での、思いも寄らない展開で、目的のほとんどを達成
する画像を、スマホの中に収めることができた僕が、取って返して家に戻った
のは、午後の三時過ぎだった。
ミネラルウォーターのペットボトルを横に置いて、畳に寝転んだ僕は、スマ
ホを目の上に翳し、撮れたての画像を穴が開くくらいに凝視した。
六月に買い替えたばかりのスマホの高性能のおかげで、慌てて撮った割には
画像は鮮明だった。
背の高い古村の背中の陰になり、二人が目を合わせた瞬間の、祖母の顔の表
情が撮れなかったのが少し残念だが、二人が駅舎の前からロータリーを割るよ
うにして歩いてくるショットの印象では、表情には然したる変化はなく、普通
の熟年カップルそのままに見える。
祖母の顔の表情は、笑っているでもなく、怒っているでもない、普通の立ち
居振る舞いのように見えたが、古村の手で肩を抱かれていることも、それほど
意識していない感じなのが、少し僕の気持ちを揺らめかせた。
スマホの画像から目を離せずにいると、色々な想像が僕の頭の中に浮かんで
くる。
そもそも二人の関係は、寺のお守り役の竹野が企てた姦計の時が、最初の出
会いだったはずだ。
そこには竹野と古村以外に、もう一人吉野とかいう白髪の老人がいた。
その白髪の老人と古村の間には、仕事関係か何かで主従の関係がありそうな
のは、あの時の二人の会話の内容で、僕にも多少想像はできた。
おそらくあの日の夜、想像もしていなかった大人の性の、生々しい狂宴を目
撃して、衝撃の思いで僕が退散したその後で、大人同士の間で何らかの約束事
が交わされ、以降の関係が生じ、続いているのだと、僕は推測した。
そしてその夜から数日後、祖母が役場に用があるといって唐突に外出し、ど
こかに一泊してきている。
弱冠十六歳の、まだ童貞を捨ててほやほやの僕にはさっぱり見えない、大人
同士の曰く因縁の、それがプロローグだったのだ。
筋書きがどうしても読めないまま、あまり物事を難しく考えることが苦手な
僕は、空腹を感じたので、畳から起き上がり、台所に向かった。
冷蔵庫の横の台に、カップラーメンと僕が小さい頃から好きな、粒あんのア
ンパンが並べて置かれていた。
祖母の昨夜の、白い歯をわずかに覗かせた喘ぎの顔が、ふと頭を過った。
僕はアンパンを選択し、冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取
り出して、また室に戻った。
行儀悪く畳に寝転んでアンパンを齧りながら、手の届くところにあったノー
トパソコンを手元に引き寄せた。
自然な手の流れで、あの尼僧の日記のアプリを開き、文字の一杯続く画面を、
無作為に繰って流し読みをする。
この尼僧の人の長文の羅列には、僕は少しばかり閉口気味なのだが、何とな
くもやっとした気分もあって、比較的にゆっくりと流し読みできた。
この前に読み止しの、SMパーティーのページを見つけ、エンターボタンを押
した。
…一つの布団を、数人の男女が好奇で妖しげな、熱の籠った目つきをして取
り囲んで見つめていた。
このログハウスの責任者と目される、湯川という五十年配の眼鏡をかけた男
と、髪の長い三十代の女生が、布団の上で激しく絡み合っているのだ。
少し浅黒い感じの肌を惜しげもなく晒して、四つん這いの姿勢をとらされ、
背後から湯川のつらぬきを受けていた。
時折、その女性が悲鳴のような声を挙げるのは、背後からつらぬいてきてい
る湯川の手が、女性の剥き出しの臀部の柔肌を、かなりの力で叩いているから
だった。
汗の滲み出た顔は、湯川の年齢を感じさせない強いつらぬきの前に、苦しげ
に歪み、室中に響くような高い喘ぎの声と、悶えの声を間断なく漏らし続けて
いた。
狂宴の繰り広げられている布団を挟んだ前に、竹野がいた。
五十代の化粧の濃い女性を抱きしめ、唇を深く重ね合っている。
そして私の真横には、興奮と焦りを入り混ぜたような動きで、私をつらぬい
た、私が中学校教師の時代の教え子だった、野川が甘えるように寄り添ってき
ていて、袖頭巾だけの私の片方の乳房を揉みしだいてきていた。
二十年ほど前の記憶だが、野川というこの教え子ははっきりと覚えていた。
人には話せない出来事があったのだ。
野川が中学三年で、私がクラス担任の時、普段はおとなしく目立たない彼が、
学校の女子トイレに侵入したことがあり、たまたまそれを教師の私が見つけて
しまったのである。
放課後のもう遅い刻限で、幸いにというか、周囲には誰もいなかった。
野川の仕出かしたことがことだったので、私は保健室に彼を連れ出し事情を
聞いた。
野川は死にそうなくらいに真っ青な顔をして、私に正直に告白した。
いつからか、何が原因でか本人にもわからないのだが、突然女性の生理に興
味が湧き、その生理を処理するナプキン等を見たり、臭いを嗅ぐ衝動に駆られ
ての所業だというのだった。
自分の家でも、自分の母親がトイレのごみ箱に捨てたナプキンを、拾い開け
てみて臭いを嗅ぐと、そこまで正直に話したので、それは私一人の胸に収め、
決して他言はしないから、自分で努力して、悪しきその性癖を直しなさいと、
言い聞かせたことがあったのだ。
あの時、野川に多分、偉そうな教師面をして説諭した自分が、こうして社会
常識から逸脱するような仲間に属し、それこそ他言のできない所業に及んでい
るということは、まさに返す言葉も何もない恥辱だった。
そして私は自分より二十も年下の、元教え子の野川に、知らぬこととはいえ
抱かれ身悶えてしまっているのだった。
その後もこうして野川は、私の傍から離れようとはしていないのだが、その
ことを説いて諭すことが、私にはできないでいた。
いや、それどころか、私に抱きつくように寄り添い、剥き出しの乳房の片方
を、まるで定点攻撃のように揉みしだかれ、愛撫されている私の気持ちのほう
がおかしくなり出してきているのだ。
目の前の布団で、数人の人間の凝視を受けながら抱き合っている男女のほう
に目を向けながら、いつしか私の片方の手が、野川の下着を脱いだ下腹部に伸
び、彼のものを手の指の中に、しっかりと握り締めてしまっていたのだ。
乳房への長く丹念な愛撫を受けて、最早、私の身体はどこを触られても敏感
に反応するようになってしまっていた。
半ば惚けたような目で自分の前を見ると、竹野がその場に立ち上がっていて、
大腿部に両手を添えるようにして、五十代の女性が竹野の下腹部の漆黒の中へ、
濃い化粧の顔を埋めこんでいた。
竹野も私のほうを見つめてきていて、その目が恨めしげに怒っているように
見えた。
やがて衆人環視の前で、激しく絡み合っていた男女双方から、絶頂を告げる
ような咆哮の声が高く挙がり、二人の裸身が布団に沈み込むように倒れた。
野川はまだ私の身体に蹲るようにして、乳房に執拗なくらいに舌を這い巡ら
せてきていたが、布団に倒れ込んでいた湯川がのっそりと起き上がり、
「はい、皆さん。もう少ししたら本日のメインエベント、尼僧緊縛ショーの
開催です。本日の特別ゲストで、主演の尼僧さんは、衣装の整えもありますの
で隣の板間のほうへお下がりください」
とはきはきとしたよく通る声で、誰にいうともなしにいってきた。
そして私のほうへ手を指し出し、隣りへ移るように目でいって、
「竹野さん、縄のほうの準備と尼僧さんの衣装直しのほう、よろしくお願い
します」
と次は竹野のほうに目を向けて、如才のない口調でいった。
私にずっとまとわりついていた若い野川が、不満そうな顔を露わにしながら
も、私から離れていき、代わるようにどこからか現れ出てきた竹野が、私の手
を引くようにして、隣の板間の室に連れ込んだ。
脱がされていた、私の法衣を寄せ集めて、竹野が黙ったまま、またその法衣
を着せにきた。
「ど、どういうことなの?」
窺い見るようにして、私は小声で竹野に尋ねた。
「そういうことだよ。今から俺がお前を縄で縛って、皆様に楽しんでもらう
ってことさ」
何の抑揚もない声でいう竹野に、
「そ、そんなの嫌です」
と私は切り返していったが、竹野に聞く耳はなかった。
無言のままの竹野の手で、私は襦袢と法衣を着せられ、帯を巻き直された。
下着は寺を出る少し前に、竹野に脱がされていた。
その後、両手を後ろに廻され、竹野が用意してきていた赤い縄で、全身をき
つく縛られた。
法衣の裾を割られ、太腿にも赤い縄が巻き付けられた。
参加者全員の視線が、私に集中してきているのがわかった。
ふいに野川と目が合った。
彼の憤怒に燃えているような目が、私の目にも痛かった。
竹野の声のない命令で、室の間仕切りの鴨居のある下まで、私の身体は連れ
込まれた。
被虐の感性に引き摺り込まれていく予感があった。
いや、それは竹野の手で全身に縄を打たれた時に、もう感じていたような気
がする。
微かに残っていた、私の理性の意志が、水の泡のように消えていく瞬間が今
のような気がした。
室の間仕切りの鴨居の下に来ると、竹野が縄尻をそこに掛けて、私の身体を
浮き上がるようにして吊り下げた。
「えー、皆さん。この尼僧はキスされるのが大好きです。今から順にこのス
ケベな尼僧にキスをしてやってもらえませんか?」
竹野が突然、突拍子もないことを口にした。
思いも寄らない声掛けに、場が少しどよめくような空気が流れたようだった
が、私もまるで予想していなかった、竹野のその声掛けには驚きを大きくした。
しかし、拒絶の権限は、当然、私にはない。
少しばかりの間があって、眼鏡をかけた湯川が最初に前に出た。
私の前に立ち、私の両頬を挟みつけるようにして、唇を塞いできた。
湯川の酒臭い息が、私の口の中を襲う。
続いて舌が無遠慮に押し入ってきた。
戸惑いながら、私は自分の舌を湯川に差し出していた。
もう少ししたら私に眩暈の症状が出るかも、というところで唇は離れた。
続いての相手は、それまでいるかいないかわからず、ほとんど存在感のなか
った六十年配の白髪の男が、私の前に立ってきた。
この室に来る前のホールで、テーブルに一人座り、コーヒーを旨そうに啜っ
ていた男だ。
「私は見させてもらうだけでいいですから」
と湯川に話していたような気がする。
コーヒーの残り香が、私の口に柔らかく沁みる感じだった。
教え子の野川が、私の前に立った。
昔、自分に偉そうに説教した人が、今は何だ、とでもいいたいのか、まだ怒
っているような目だった。
我武者羅な勢いのキスだった。
野川の我武者羅な唇が離れた時、竹野の声がどこかから聞こえた。
「女性の方も、よろしかったらどうぞ」
三十代の女性は申し訳なさそうな顔で、手を横に振って辞退したが、化粧の
濃い女性はゆっくりと私に近づいてきて、
「奇麗な人…」
と短く呟いて、まだ口紅の赤く残る唇を、優しく撫でつけるようにして塞い
できた。
女性らしい蕩けるような舌の感触が、私の舌にも心地よかった。
ふと、いつかの日の昭子さんを、私は一瞬思い出していた。
「次は、これで如何でしょうか」
竹野が私の前に立ってきて、鴨居から下りているもう一本の縄尻を掴むと、
大袈裟な仕草で、その縄尻を下に向けて引っ張り下ろしてきた。
私の片方の足が、法衣の裾を捲り上げるようにして上がった。
痛みが少し伴うくらいのところまで、私の片足が挙がったかと思うと、竹
野がまた動いて、法衣の裾すべてを思いきりたくし仕上げてきて、私の下半
身は覆われるものが何もなくなり、臀部の肉と肌を含めて、最も恥ずかしい
部分の漆黒までを、衆人の目の前に晒されたのだった。
「ああっ…は、恥ずかしいっ」
閉じようとしても閉じれない足への緊縛に、私はただ、恥ずかしい喘ぎの
声を挙げるしかなかった。
それまで消極的な動きしか見せていなかった白髪の老人が、真っ先に私の
無体な格好の真正面にきて座り込んできた。
「ふうむ、見事だ」
手を顎において独り言ちする白髪の男に、他の人たちは少し毒気を抜かれ
たような表情でいたが、湯川という男も、その老人の真横に並ぶようにして
座り込んできた。
若い野川と女性二人は茫然とした顔で、その場に立ち尽くしているだけだ
った。
「どうぞ、触ってやってくださいよ」
私のすぐ前に座り込んだ男二人に向けて、竹野が煽り立てるように声掛け
していた。
恐る恐るの動きで湯川が、私の前に手を伸ばしてきた。
「あうっ…」
鴨居から無残な格好で吊り下げられた状態で、私にできる唯一の手段でし
かない声を、私は挙げた。
私の身体に伸びてきた湯川の指先が、足の付け根の、漆黒のもう一つ下の
肉の裂け目の表面を、いきなりなぞるように触れてきたのだ。
その湯川の顔に、驚きの表情が浮き出ているのが、茫漠となりかけの私の
目の端に見えた。
「すごく濡れてる…」
唖然呆然としている湯川の顔が、また私に見えた。
湯川が私に触れてくる少し前に、私のほうが胎内のどこかで、じゅんと何
かが濡れ出るような気がしたのだ。
湯川に続くように、白髪の男の手が、同じところを目掛けて伸びてきた。
「ああっ…だ、だめっ…そ、そこ」
私は汗が噴き出してきている顔を、思いきりのけ反らせて悶えた。
全身の感度が過敏になってきている、と私は思った。
身体を触られていなくても、喘ぎと悶えの声が勝手に出始めていた。
と、私の顔の前に、離れていたはずの五十代の女性の顔が、突然現れ出た。
「素敵だわ…」
そう呟くようにいって、また私の唇を塞ぎにきた。
それは最初の時とはまるで違う勢いで、火の点いた欲情を曝け出すような
激しさで、私の貪り吸い、荒々しく私の舌を襲ってきていた。
下に座り込んだ二人の男たちの手の動きも大胆になってきていて、柔肉の
裂け目の深い部分にまで侵入し始めてきていた。
二人の男と女性一人の攻撃を受け、痴態を晒したままの私にはなすすべも
なかった。
一気に快楽の渦に巻き込まれた感じだった。
「ああっ……いいっ…いいわっ」
縄で拘束された不自由な身体にされていることを、私は恨めしく思った。
男でも女の人でもいいから、誰かに縋りつきたいと思った。
「ね、ねぇ…こ、この縄解いてあげて」
私の唇を熱く塞ぎ続けていた、五十代の女性の声が耳に入った。
「お布団の上で、この人を愛したいの」
背後に控えている竹野に向かって、女性は訴えているようだった。
「承知しました」
竹野の声が朧げに聞こえた。
慣れた手捌きで、竹野が私の身体から縄をほどきにかかっていた。
鴨居から縄が外され、私の身体は湯川と白髪の男に抱きかかえられるよう
にして布団の上に運び下ろされた。
私の法衣の帯を解きにかかっているのは、五十代の女性だった。
白足袋だけを残して私はまた全裸にされた。
「それじゃ、これも脱がせましょう」
そういって竹野が、私の頭の袖頭巾を徐に引き剥がしてきた。
「ああっ…は、恥ずかしいっ」
無意識に私は両手で頭を抑え込んだのだが、男二人と女性の一人は、剃髪
の頭の私を見て驚嘆の表情を露わにしているようだった。
「ね、お願いだから、先に私にいかせて。もう、身体が燃え上ってどうし
ようもないの」
五十代の女性が二人の男に哀訴しているのが、茫洋とした気持ちになって
いる耳に響いていた。
「私、幸江っていうの、よろしく」
幸江と名乗った女性はそういうが早いか、また慌てた仕草で、私の唇を塞
ぎにきた。
唇を激しく貪りながら、私以上に豊かな膨らみをした自分の乳房を、私の
乳房に押さえつけてきていた。
唇が離れた刹那、
「あなたのお口の匂いにね、私、発情しちゃったの。今もすごくいい匂い
がする。あなたが好きになっちゃった、ごめんなさい」
彼女の前で、私はただ仰向けになっているだけだった。
私の乳房に幸江さんの舌が這ってきている。
唾液に濡れた舌が、巧妙なそれでいて繊細な動きで這い廻り、乳首を思い
きり吸ってきた。
「ああっ…いいっ、気持ちいいわ」
「あなたのおっぱいも素敵よ。すごい弾力があって」
「あうっ…いいわ。ほんとにいいっ…お姉さまに抱かれてる感じ」
「じゃ、あなたのお姉さまになってあげようか?」
「う、嬉しい…」
熱く抱擁し合ったまま、薄目を開けると、二人の男たちの驚嘆の眼差しが
間近な距離に見えた。
私と幸江さんの抱擁に、圧倒されている感じがありありのようだった。
その後も終わりの見えないまま、私は幸江さんの、女であるがゆえに知り
尽くす、卑猥で巧妙な性技に溺れ続け、幾度となく官能の喜悦の声を挙げ続
けた。
私たちを、傍で茫然とした顔で見ている男二人も、竹野も野川のことも頭
から消え去った時間を、私は幸江さんとかなり長く過ごしたようだった…。
尼僧のその日の日記はそこで終わっていた。
相変らずの長文に少し辟易の気分になったが、あるところの一部の短い記
述がすごく気になって、もう一度そこの部分を読み返していた。
尼僧が五十代女性に愛撫を受けていた時に、漏らした一言だ。
五十代の女性に濃厚なキスをされていた時に、ぼそりと書き記した、ふと
昭子さんを思い出した、という文章が、僕の心の中深くに残ったのだ…。
続く
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