柱時計に目を向けると、零時を少し過ぎている。
僕のその動作を見て、
「も、もう…今夜はこの辺にしましょうか?」
と祖母が、存外に会話の終焉を示唆するようにいってきた。
「僕はまだ全然前平気だよ」
祖母のほうが疲れてきているかも知れないと、ちらりと思ったが、祖母とのこの
機会を逃すと、次にはもう大人の知恵でうやむやな結末にされると、僕は考え、話
の続行を目の表情で訴えた。
だけど、それはそうなのかも知れなかった。
祖母という立場で、四十幾つも歳の離れた孫の前で、誰にも話すことのできない
淫猥な過去話を、延々と、時には微細な部分まで生々しく話して聞かせるのは、お
そらく相当の恥辱であり、屈辱でもあるのだろうと思う。
常人の神経では堪えがたいことなのだと、その当事者の一人である僕自身もそう
理解する。
祖母と孫という、血の濃く通う間柄でするべきではない、これは事象なのだ。
頭の中ではそう理解しながら、十六歳の思春期真っ盛りの少年の僕の、卑猥な好
奇心は旺盛そのものだった。
「変なこと聞くけど、婆ちゃんは竹野って男、好きになってたの?」
僕は少し強引に話を差し戻していた。
「い、いきなり、そういわれても…どうなのかしらねぇ?」
「でも、これまでの婆ちゃんの話聞いてると、竹野って男の前に出ると、婆ちゃ
ん、何一つ抵抗も反抗もしてないよ。いつもされっぱなしのやられっぱなしじゃん」
「む、難しいことは私にもわからないわ。…まだ少年のあなたにはわからないこ
とでしょうけど…男と女の関係って、理屈じゃないとこあるから…」
「ふうん、そうなのかね」
「あなたも大人になれば、わかる日がくるわよ」
「また子供扱いだ」
「あなたが、そうやって拗ねて口を噤む姿、死んだお祖父ちゃんそっくり」
懐かしそうな表情を浮かべて、祖母は白い歯を覗かせて微笑んでいた。
竹野との淫靡で淫猥な絡みについては、それなりに、あるところでは微細に、ま
たある部分では生々しい表現もさせたりして、これはこのままいったら?と不謹慎
極まりないあらぬ期待のようなものを、密かに抱いた僕だったが、ここにきてのら
りくらりと、何かはぐらかされている感じだったので、
「眠たくなってきたから寝る」
と最初にいって、
「婆ちゃんの布団で寝ていい?」
と思いきった言葉を早口で続けた。
口に手を当て驚きの表情を見せた祖母だったが、意外に目が柔らかく微笑んでい
そうだったので、僕は素早く這うようにして、祖母の寝床の夏用の薄い掛け布団を
目繰り上げ、そのまま身体を滑り込ませていた。
僕の鼻孔に、それまで室内に漂っていた香しい空気感よりも、もっと濃密な、正
しく祖母の身体から発酵された、女そのものの匂いが、一瞬、眩暈を起こしそうな
くらいの強烈さで沁み込んできて、僕の下半身を痛いほど刺激してきていた。
「あなた、おトイレは?」
途中で飲んだミネラルウォーターのペットボトルと、コップを手にして室を出よ
うとしていた祖母が、僕のほうに振り返りながら聞いてきたのに、
「大丈夫」
とだけ答えて、僕はひたすら祖母の匂いを満喫していた。
祖母が戻ってきて、物静かな動作で僕の横に、パジャマ姿の小柄な身体を横たえ
てきた。
少し以上に興奮状態の、僕の鼻孔をついてくる祖母の女の匂いは、さらに増幅し
ていた。
布団に横向きになっている僕の真横に、祖母も身体を横向きにしてきた。
枕元のスタンドの灯りはまだ点いたままで、祖母の白くて小さな顔と、切れ長の
澄んだ目と、赤い唇が間近にはっきりと見える。
時折、手か足か、身体のどこかが触れたりするたびに、僕の胸の中の若過ぎる血
が、ビクンと音でも出しているかのように騒いだ。
祖母は最初目を閉じていた。
だが、僕のほうがもぞもぞと動くたびに、目を開けて優しげな眼差しで見つめて
くる。
「雄ちゃんの若者の匂いがする」
祖母がぼそりと呟くようにいって、
「小学校の五年生までだったわね、夏休みにここへ来ると一緒に寝てたの」
と妙に懐かしげな声で続けていった。
「そうだっけ?」
「もっと小さい頃は、お祖父ちゃんといつも一緒に寝てた」
「そうなの…」
「だからなのかしら。あなたは顔も喋り方も、ほんとにお祖父ちゃんに瓜二つ」
「だったら…僕もスケベになるのかな?」
祖母の今夜の告白を引用して、冗談半分の口調で僕がいうと、
「そうかも…ね」
祖母は、否定も肯定もしないような口調で返してきて、
「…今夜の話で、私のこと、嫌いになった?」
とさらに言葉を続けてきた。
存外に真剣そうな顔で、僕を見つめて聞いてきたので、
「嫌いになんか、一つもなってないよ」
当然のことのように僕が応えると、
「ありがとう。よかったわ」
と嬉しそうに言葉を返してきた祖母を見ると、奇麗な目に涙を一杯溜めてい
たので、
「どうしたの?」
と意外そうな顔で僕は聞いた。
「もう、来年の夏休みには、雄ちゃん、来てくれないだろうなって婆ちゃん
思ってて。その言葉聞いてほんと嬉しい」
鼻を幾度も啜らせながらいって、祖母は涙顔に安堵の表情を浮かべていた。
いつの間にか、祖母の手が僕の首筋に回ってきていて、知らぬ間に、僕の両
手が祖母のか細い両肩にかかっていた。
「こ、こんな恥ずかしいこと、孫のあなたに話さなければいけないなんて、
何てひどい婆ちゃんなんだろうって、婆ちゃん、死にたいくらいに悲しんでた
のよ」
「婆ちゃん、さっきいったじゃん。男と女は理屈じゃないって」
「そ、そうね。孫の雄ちゃんに、こんな風に励ましてもらえるなんて、婆ち
ゃん、とても幸せだわ。あなたが帰るまでに、何かお礼しなきゃね」
「お礼なら、今してよ」
さりげない口調でそういいながら、自分でも存外な言葉の意味だと知り、僕
は一人で赤面していた。
「え、何…?」
今しがたの涙の顔を忘れたかのような、無邪気な祖母の声に、僕は益々気が
引け出して、
「あ、いいよ。な、何でもない」
と苦笑いしながら、首を横に振った。
「何よ?いいなさい」
掴んでいた僕の首筋を何度も揺すりながら、祖母が諦めずにいってくるので、
「キ、キスさせてほしい…」
と顔をまた赤らめて小さな声でいった。
自分でも何か、祖母の弱みを突くような気がしていたので、ダメ元の気持ち
だった。
「いいわ…」
と祖母が真顔の表情で返答してきたので、逆に僕のほうが驚いて、祖母の顔
を見返していたのだ。
「雄ちゃんも、私の馬鹿な行いのせいもあって、大変な経験したものね」
「い、いや、そんな意味じゃないんだけど…」
「わかってるわよ。思春期真っ盛りなんだものね」
祖母はにこやかな顔でそういうと、自分の顔を僕の耳元に寄せてきて、
「熟れた女が教えてあげる」
と半分、冗談口調で囁いてきた。
「女の人との経験ってあるの?」
続けざまに祖母が聞いてきた。
首を横に振って、僕は答えた。
それから僕に真正面に顔を向け直して、
「あなたのお祖父ちゃんの、隠れた自慢はね。十五歳で童貞をなくしたって
ことだったのよ」
白い歯を大きく見せて、祖母は戸惑いと緊張の中にいる僕の顔に笑いかける
ようにいった。
「今からね、雄ちゃん、私のこと婆ちゃんって呼ばないで」
「え?…な、何て呼べば?」
狼狽をあからさまにして、僕が問い返すと、
「ふふ、十六の子にお前って呼ばれるのもね。いいわよ、名前で」
「あ、昭子さん…」
「バカ、さんはいらないの」
布団に横たわる祖母と僕は、もうほとんど密着状態だった。
お互いの手がお互いの背中に廻り合っていて、胸と胸が押しつけ合うように
密着していて、祖母の着ているパジャマの生地と、僕のTシャツを通り抜けて、
祖母の乳房の柔らかな膨らみの感触が、僕の胸を優しく押してきてきているの
がわかる。
顔の辺りで鼻先と鼻先が触れたり、軽く擦れ合ったりしている。
祖母の吐く息が桃の実のように爽やかに匂ってきていた。
目と目が合った時、祖母の唇が、僕の震え気味の唇に触れてきた。
滑るような柔らかな感覚だった。
桃の実のような甘い匂いが、また僕の鼻先をかすめた。
静かに流れるような動きで、祖母の舌の先端が、僕の歯と歯の間を割ってゆっ
くりと侵入してくる気配が僕にもわかった。
ああ、これが大人同士のキスか、と僕はふいと思った。
リードされているのは間違いなく僕のほうで、狭い口の中での舌と舌の絡み合
いでも、祖母の小さな舌の動きに、僕はただ委ねているだけだった。
唇と唇が離れた時、僕もだったが、祖母のほうも深呼吸のような大きな息を息
を吐いた。
僕の頬の辺りに当たった祖母の息が、ほっこりと熱っぽくなっているような気
がした。
「これで眠れるでしょ?」
額に汗を少し滲ませ、気恥ずかしそうな眼差しで、僕の目を見て祖母は静かな
声でいってきた。
僕が祖母に返した言葉は、
「もっとしたい」
だった。
理性の上での気持ちは納得していた。
自分たちは他人同士ではない。
血の濃く繋がる祖母と孫の関係なのだ。
何があっても、そしてどんな事情があっても、この一線は超えることはできな
い。
それでも僕の口から出た言葉は、
「婆ちゃんをもっと愛したい」
だった。
祖母の顔が忽ち、悲しみに歪むのが見えた。
「だめなの…わかって」
今にも涙が出そうな目をして、祖母がいってくる。
「僕は自分の気持ちに、正直に生きたい」
理屈も道理も通らないことを、自分は今いっているのはわかっている。
しかし、若過ぎる血潮が沸騰したこの欲情は、自分の意志や理性の力では、も
う抑制できないところまできてしまっているのだ。
祖母の女の匂いが濃く漂うこの室では、自分の理性の抑制力はまるで功を奏さ
ない。
この室を出ていく以外に、自分の滾った血潮を冷やし、覚ます手段がないのな
ら、この布団から起き上がり、自分の寝室に引き下がるしか手段はない。
咄嗟な判断で、僕はここである賭けに出てみた。
姑息といえばそうなのかも知れないが、僕は祖母の優しく甘い心根に賭けたの
である。
「いけないこととわかっていても、どうしようもないことってあると思う。僕
が今、婆ちゃんに縋っていることがそうなんだ。これからのことは自分がしっか
りとさえしていれば、世間の誰に迷惑をかけることではない。そう思うんだ、僕
は…」
祖母の悲しそうな目を見て、僕は思いの丈を、自分なりの能力で出来るだけ真
摯な気持ちで哀訴した。
柱時計の秒針が、刻々と時を刻むのがもどかしいほど、長く感じたが、祖母は
布団に片方の頬をつけながら、目を固く閉じたまま微動だにしていなかった。
僕も長い台詞をいってからは、何の言葉も発さなかった。
我慢比べがかなり長く続き、先に動いたのは僕だった。
布団から徐に起き上がり、そのまま立ち止まることなく襖戸に足を進めた。
この戸を開けて、室を出たら自分の負けだと思った。
そして、僕が戸を開けたのと、祖母からの声が出たのと、ほぼ同時だった。
「雄ちゃん…こっちへ来て」
振り返ると、祖母が布団の上で、か細い両肩を寂しげに落として、顔も俯けた
まま力なく座り込んでいた。
「も、も一度だけ…は、話合いましょ」
相当な熟考の上の、それでもまだ自分の気持ちが決していない、というような
重い表情の、蒼白な祖母の顔を目にして、僕のほうも気持ちがかなり揺らいだ。
僕はゆっくりとした動作で、パジャマ姿を余計に小さく見せて、視線もなかな
か合わせてこなかった。
祖母の小さな背中が、観念の思いを僕に伝えているように見えた…。
続く
だが、僕自身も想像していなかったのだが、ある時点で、唐突に攻守ところが
代わっていた。
抱き合っていた身体の向きを、僕が何げに変えようとしたのかどうかわからな
いのだが、無意識に自分の手を、密着している胸と胸の間に滑り込ませようとし
た時だった。
僕の片手が祖母の乳房の右側を、何かのはずみでか、がっしりとわし掴んでし
まっていたのだ。
柔らかでまだ張りのある、祖母の乳房の膨らみを、手に心地のいい感触だと思
う前に、祖母が突然唇を離してきて、
「ああっ…そ、そこはだめっ」
と雄叫びのような高い声を挙げて、顔を激しくのけ反らせてきたのだ。
僕が意図して祖母の乳房を責めたのではなく、偶発の事態の発生だった。
戸惑いの渦中にいた僕だったが、祖母からの告白を聞いた時、右側の乳房が最も
感じてしまう箇所だといっていたのを思い出したのだ。
これほどに、祖母の右の乳房は、鋭敏な感性を持っているのか、と僕はわけもわ
からないまま途方に暮れたのだが、どうしてかその乳房から手を放さないままいた。
わし掴んだ乳房の手の指を、僕が少し動かすだけで、
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