「で、竹野っていう男とのその後は？」
「そ、その後って…」
「約束か、決め事ってしたんじゃないの？」
「つ、月に二回程度って…」
「竹野みたいな奴が、それで納得したの？」
「せ、狭い村だし、噂になったりすると…」
「婆ちゃん、そう一々言葉に詰まったり、途切れたりしてたら、夜が明けちゃ
うよ。さっき僕に竹野とのこと、詳しく話してくれたように、ちゃんと話してく
れないと」
「も、もう婆ちゃん、さっきの話で疲れちゃて…あ、あんな恥ずかしいことま
で…そ、それに…」
「それに、何だよ？」
ここら辺りで僕の気色が変わってきていた。
何か奥歯にものの挟まったような、祖母の口ぶりは、この室に入った最初の時
から、僕は気がかりになっていたのだ。
「あ、あの人とのそれからの、は、話は…もう、あなた知ってるんでしょ？」
意を決したような祖母の切り出し口調に、僕は目を少し大きく開けて、
「はぁっ？」
と首を傾げて聞き返した。
「あ、あなた…婆ちゃんのスマホ見てるんでしょ？」
化粧の顔を青白くした、祖母の口から出た言葉に、僕は愕然として、逆に自分
のほうが言葉に詰まってしまったのだ。
「そ、それって…」
それだけいうのがやっとだったが、視線だけは祖母から逸らさないでいた。
「会話の様子やメールのやり取りまで、全部知っているんでしょ？」
瞬時に僕は思った。
誰かが介在している。
昔から機械音痴で器具音痴の祖母のことは、家族の中でもつとに評判になって
いるくらいの祖母に、僕が無断で祖母のスマホを弄って、会話録音とかの操作を
したことを、六十四歳の祖母が知ることは絶対にないのだ、という確信めいたも
のが僕にはあった。
それは誰か？
第一に浮かぶ容疑者は、今は行方知れずとなっている竹野だ。
祖母は竹野の奴隷のような立場にいる。
命令には絶対服従だ。
スマホの中身を見せろといわれたら、もしかしたら見せるかもしれない。
会話録音の設定について祖母に尋ねたら、そこで露呈する。
メールの確認については、証拠は先ず見出せないはずだ。
僕には竹野以外に、思いつく人物は浮かんではこなかった。
「そ、それは…さ、最初に、僕はいたずら心で覗き見しただけで…そ、
そのことは謝るよ。ごめんなさい」
少し以上にバツの悪い思いだったが、僕は取り敢えず素直に詫びた。
詫びたすぐ後で、
「でも、最初から婆ちゃんと、竹野のことを疑って見たんじゃないよ」
と補足の言い訳はした。
それからが攻守ところを変えた、僕の追及の時間だった。
「それで？」
と平然とした顔で切り出した。
「婆ちゃんは、今、行方不明になってる竹野とは、連絡は取ってないんだよ
ね？」
「そう、何も」
祖母の長い睫毛の下の目が、ほんの僅かだが戸惑いか、狼狽のような表情を
見せたのを、僕は見逃さなかった。
何かを知っていそうな感じだったが、僕は敢えてその話を引っ張らずに、竹
野との話に戻した。
「竹野って、婆ちゃんにとってどんな人だったの？」
「どんなって…さっきあなたに話した通りの感じよ」
「婆ちゃんをこんな風にしたからっていうんじゃないんだけどね。僕の好み
でいうと、あんまり好きじゃないんだけどね」
正直な自分の気持ちを、僕は祖母の顔から目を反らしていった。
これだけの深い関係になっていることで、もし、祖母が少しでも竹野という男
に、何らかの気持ちを抱いているようだったら、ちょっと申し訳ないな、という
思いがあったからだ。
「…こ、こんな私がいうのも何だけどね。まだ高校生の雄ちゃんに向かって話
すことじゃないけど、男と女って理屈じゃないところあるから…好きか嫌いかっ
ていうと、好きでもなくて嫌いでもないってことかしら。答えになってないね」
そういって祖母は自嘲的な表情を浮かべながら、白い歯を少しだけ見せて笑み
を浮かべた。
「ま、また聞きにくいこと聞くけど、そんな人とのセックスっていいの？」
「あなたも思春期の真っ最中だから、そんなことばかり聞いてくるのね、おか
しい」
そういって祖母は声は出さなかったが、歯を前よりも少し大きく見せて笑顔を
僕に向けてきた。
「ね、婆ちゃんって、まだ魅力ある？」
祖母の突然の問いかけに、僕は少し戸惑いながら、
「あ、あるんじゃない？これだけ人が群がるんだから。あの雑貨屋の叔父さん
もいってたよ。村一番のべっぴんだって」
取り敢えずそう答えておいた。
「ふふ、この村の人口って、何人だと思ってるの？」
「あ、そうか」
と僕も笑って答えた。
お互いが白い歯を見せて笑い合ったのはこの辺りまでだった。
「古村さんって人いるよね？」
僕のこの問いかけで祖母の表情が一変したのだ。
「え？…だ、誰？」
祖母の声が、急にどぎまぎし出したのがわかった…。
続く
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