「ううっ…むむっ…」
私の唇を強引に塞いできた、今はもう悪魔にしか見えない竹野の口の中に、あ
る限りの声量を振り絞って、拒絶の固い意思を告げようとするのだが、体型は小
柄でも四十代半ばの男の力に、体重四十キロそこそこの女の私が勝てる道理はな
かった。
食べ物の残骸がまだ残っていそうな、竹野の粘い感触の舌が、狭い口の中で、
獲物である私の舌を求めて縦横無尽に暴れ廻っていて、ほどないうちに私の小さ
な舌は捕獲の憂き目にあった。
竹野の煙草の臭いと、何にも例えようのない口臭を含んだ粘っとした唾液が私
の舌を伝って、喉奥深くに流れ落ちる感触があった。
私の細い首の中で、ごくりと喉の鳴る音がした。
顔をどれだけ動かせても、竹野の狡猾な舌は、まるで執念深い蛇の鎌首のよう
に私の舌を追い求めてきた。
もう一つ、私の気持ちを動揺させている事象があった。
屋根の梁から吊るされた縄に括られた、二本の手首に喰い込む縄目の痛さの刺
激が、私の頭の隅のどこかから遠い過去の事象を、まるで映画のフラッシュバッ
クのような速さで思い起こさせにきていたのだ。
小学校六年の時、ほとんど面識のなかった大学生に、田舎の山の洞穴で縄で縛
られて、何もよくわからないままに犯され、処女を喪失したことや、亡くなって
いる夫との密やかな緊縛の夫婦生活が、その時の私の頭の中に、自分の意思から
ではなく勝手に想起してきていたのだ。
現実に男に襲われ、犯されていることと、遠い過去の縄の幻影が重なり、起き
てはならない漫ろな気持ちに包まれそうになっている自分に気づき、慌ててそれ
を振り切ろうとするのだが、尚まだ続く下腹部への快感を伴った刺激と、口の中
で舌を自在に弄ばれている、茫漠とした官能の疼きが、私の残されている理性を、
虫が草の葉を啄むように、じわりじわりと消滅させようとしてきているのだった。
小学校六年の時の、ある部分の記憶が、ふいに私の頭の隅を過った。
大学生に犯された後も、まだ育ちかけで固さの残る乳房を弄られ、蕾になりか
けの乳首を執拗なくらいに舌で弄ばれている時だった。
「き、気持ちいいのかい?」
少し驚いた顔をして、私の目を見つめてきた大学生に、
「うん…」
とだけ短く応え、その後、ひどく興奮したような顔をして、私の唇を塞いでき
た口の中で、自分から相手の舌に差し出していたことを、その時どうしてか思い
出していたのだ。
竹野の唇が離れた。
下腹部へのつらぬきは、飽くことなく続けられている。
「ああっ…あ」
細首をのけ反らせるようにして、私は咆哮の声を徐に挙げた。
竹野の片方の手が、私の右側の乳房をわし掴んできたのだ。
裸電球一つだけで、埃臭い小屋の中に私の咆哮は響いた。
しかし私のその声にはもう、竹野への憤怒や憎悪の思いが、ほぼ完璧に失せ去
ってしまっているのが、当事者である私にも朧にわかった。
私の口から出たその声には、トライアングルを叩いた後に残る長い余韻が鮮明
に出ていたのだ。
吊るされた手首に喰い込む縄目の痛さで、意識をどうにか持たせながらも、私
の心の中に浮かんだのは、屈服と観念の言葉だった。
「すげえ顔の汗だな…おっぱいもこんなに汗だくだ。下のほうもずぶずぶだぜ」
黄色い味噌っ歯を目一杯見せて、竹野は下卑た言葉を躊躇う素振りもなく吐いて
きてきた。
竹野のその下品な言葉すらが、私の身体のどこかにぐさりとした刺激を与える。
もっと罵ってほしいという恥ずかしい連想が、身体か心のどこかに湧いた。
「ああっ…も、もっと犯してっ」
私の意思がいわせた言葉かどうかは、もうわからなかった。
「も、もっと…わ、私を虐めてっ」
さらに下卑た言葉を叫ぶように吐いた私に、竹野が反応してきた。
「お前のおマンコ、ぶっ壊してやろうか?」
「こ、壊してっ…私の…お、おマンコ」
私の理性の線がどこで切れ、どこで壊れたのか、私自身にもわからなかった。
「あ、あなたの…お、おチンポで、私を…も、もっと滅茶苦茶にしてっ」
「おチンポなんて、そんな上品なものは俺は持ってねえよ」
「チンポ…あ、あなたのチンポで」
竹野の獣のような怒涛が始まったのは、それから間もなくのことだった。
改めて私の両足を、二本の腕で強く抱え込み、腰の前後の律動に、これまで以上の
力を込めて激しく私を突き刺してきたのだ。
「ううっ…む、むむっ…い、逝くぞっ」
私の両足を抱える竹野の手に、一層の力が込められ、低く重い呻き声が小屋の中に
木霊のように響いた。
「ああっ…あ、あなたっ…わ、私もっ」
私も断末魔に近い方向の声を挙げて、汗の噴き出た顔を大きくのけ反らせて、淫靡
な絶頂の渦の中に沈み堕ちた。
私は気を失っていたのだと思う。
茫漠とした目と気持ちのまま意識を覚ますと、縄吊りから解放されていて、いつの
間に敷かれていたのか、毛布のような柔らかい生地の上に、全裸の身を横たわらせて
いた。
私のすぐ真横に、竹野が添い寝するように横たわり、口に煙草を咥え、満足げな顔で
煙をくゆらせていた。
贅肉のない首筋と額に、まだ汗の残りが滲み出ているようだった。
仰向けにされた自分の細い肩が、まだ残っている息苦しさを整えようとして、小刻み
に揺れているのがわかった。
竹野と目が合った。
言葉が何一つ出ないまま、私の顔と首筋だけが、意思のあるように赤らんでいるのを、
内心で私は感じていた。
このまま身体を起こして、裸でもいいから脱兎のごとく逃げ去ろうかと、出来もしな
いことを茫洋と考えていたら、
「昭子っていうんだよな、名前?」
と竹野が煙草を咥えたまま、口籠った声で聴いてきた。
つい今しがたには、この場から逃げようと思っていた、私の口から出た言葉は、
「はい…」
という従順な声だった。
「これからそう呼ぶ」
「はい…」
同じ思いの返事を、私は二つ返していた。
全身の息苦しさは多少は解消されていたが、竹野と激しく絡んだ時の熱は、私
の身体のあちこちに燻るようにして、まだ残っていたのだ。
煙草を頭の上の灰皿に揉み消して、竹野は満足そうな表情で、私に顔を近づけ
てきた。
仰向けの私の顔が自然に浮き上がり、竹野の唇を求めにいった。
唇が重なり、竹野の煙草の臭いと混じったあの口臭が、また私の口の中を覆っ
たが、最初の時の吐きそうなくらいの嫌悪感は、どこかに消えていた。
私の細い両腕が、竹野の首に自然な動きで巻き付いていた。
そこで、私は完璧な敗北を知った。
私の敗北感に、輪をかけるように、
「お前の身体は、縄が好きなんだな」
と竹野がいってきた。
「………」
「手首を縛りつけた時にな、俺は気づいたんだよ。お前が縄を恋しがる女だ
って」
「………」
「二本目の手を縛った時、お前は気づいてないだろうけど、うっとりと…そ
うだな。自己陶酔してる目だったぜ」
私の無言を無視して、竹野はまるで一人芝居でもしているかのように、饒舌
に喋り続けた。
「俺も好きだからよ。これから精一杯楽しもうぜ」
私は心の隅で、そのことを危惧していた。
これから私はこの人のいいなりになる。
この狭い村で、それは果たして無事に済むことだろうか?
乱暴狼藉のかたちで襲われ、犯されたこの人への、思いというか、愛すると
いう気持ちは、当然に私にはない。
しかし私の今の心の中で、理性がどう否定の意見をいっても、自分では抑え
きれない、女としての業というものがある。
自分の年齢が、もう六十を過ぎているとしても、女であることに変わりはな
いのだ。
竹野の手で乳房への、貪るような愛撫を受けながら、心の隅のほうで思いを
巡らせていた私だったが、その後、竹野に体を起こされ、有無をいう間もなく
身体に、新たな長い縄を這わされた時には、心の隅にあった小さな理性はどこ
かに雲散霧消してしまっていた。
手を後ろ手にされ、乳房を上下に挟むように幾重にも麻縄を廻し括られ、毛
布の上に私は正座させられていた。
「やっぱりな、俺の見立ての通りだ。お前のその白い肌には、古びた麻縄も
よく似合う」
私のすぐ前で、素っ裸で胡坐をかいて座り込んでいる竹野が、異様に目をぎ
らつかせていた。
恥ずかしい姿を見られていることの恥ずかしさが、私の顔や首筋の辺りの血
を騒がせているような気がした。
「ふふん、生娘みたいに、そうやって顔を赤らめているのも、また絵になる
な。美人は得だな」
そういいながら、竹野はその場に立ち上がった。
そのまま私に近づいてきた。
私の顔のすぐ前で、竹野の下腹部の漆黒と、半勃起状態になっている、どす
黒くくすんだものが垂れ下がっていた。
竹野の足が、さらに前に動いた。
竹野が何を求め、私が何をすればいいのかは一目瞭然だった。
私は口を開け、竹野のものを迎えた。
口の中一杯に竹野のものを含み入れると、それはまるで単体の生き物のよう
に小気味よく躍動し、硬度を一際増したようだった。
口での奉仕の行為は長く続いた。
夫とのことが思い浮かんだ。
同じ行為を夫はつとに悦んだ。
そのものの先端に舌を優しく這わしたり、そのものの下の、袋のようなもの
を口に含んでやると、また一際大きな喜悦の声を漏らすのだった。
竹野のものにも、私は同じようにした。
小さな呻き声を何度も漏らしながら、足を踏ん張らせていた竹野がまた動い
た。
私の身体をやおら、また毛布の上に仰向けにしてしてきたのだ。
竹野の両腕で、そのまま両足を高く持ち上げられる。
「ああっ…」
私の声が静寂の小屋の中に響いた。
私の剥き出しにされた下腹部の中心に、竹野の粘い舌がぶつけるようにして
這ってきたのだ。
瞬時に頭の芯にまで響く、それは快感だった。
私の、叫びに近いその声は、少しの間止むことなく続いた。
「あっ…わ、私…ど、どうにかなりそう」
縄で後ろ手にされている痛みも忘れ、私は埃臭い毛布の上でのたうち廻った。
やがて竹野の口と舌での荒々しい愛撫が終わったのだが、一息の間もなく、
私は上体を起こされ、変わるように竹野が、毛布に仰向けに寝転んだ。
仰向けに寝た竹野が、手で私を誘ってくる。
自分の身体の上に跨いで載れというのだった。
いわれる通りに私は動き、竹野の腰の上を跨いだ。
そのまま腰を下ろすと、下腹部の漆黒から天を指し突き出ているどす黒いも
のに当たる。
それが竹野の望むところだった。
私にそこで抗う気持ちはない。
「ああっ…す、すごいっ」
私の身体の中深くに、固く屹立した竹野が入ってくるのを、全身で私は実感
させられていた。
「むむっ…」
それしか声が出なかった。
足を踏ん張り、膝を立て、竹野の屹立を深く呑み込むように、全身を上下さ
せる。
背骨を伝って堪えがたい快感が、私の脳髄を襲った。
もう何年もの間、男の身体というものに接していない、私の女としての感性
が、これほどにも早く蘇るものなのかと、考える間もないくらいに官能の開花
は凄まじかった。
最早、齢六十を過ぎた、女としてはもう卒業の域を遥かに過ぎた自分が、こ
れほどまでに性を謳歌できるとは、私自身、全く思ってもいなかったのだ。
私は再び湧き出た官能の渦の中に、羞恥も狼狽も忘れ深く埋没するように、
竹野の胸の上に意識を失くして倒れたのだった…。
ここまでが僕が祖母から聞いた話を基にして、十六の未熟な少年の、勝手な
推測や妄想を寄せ混ぜて、後日に書き上げ拙文だ。
ついつい気持ちを昂ぶらせてしまい、独りよがりの解釈をしてしまっている
ところも多々あるのだろうとは思っている。
祖母の室での、二人きりの秘めた面談の長い時間は、まだ短すぎる僕の人生
でも何物にも代えがたい経験になっていると、僕は思っている。
六十四歳の祖母と弱冠十六歳の僕との、槌み合うようで噛み合わず、微妙な
表現をしなければならないところで、お互いが黙りこくってしまったりと、そ
して話も右へいったり左へ迷い込んだりと、紆余曲折は色々あったが、総じて
の僕の感想は、祖母へのたまらない愛着を強く持てたことと、もう一つは、大
人ってわからん、の一言だ。
その夜の、最後の最後の結末は、祖母と僕とが喧嘩別れみたいになってしま
うのだが…。
続く
※元投稿はこちら >>