十二月二十二日
この村の駅から三つ下ったところの街のレンタカー会社から、竹野が車を借りてき
たのは、五日前の午後だった。
その三日前の夜、私は竹野の住む棟の六畳間にいた。
隣室との間仕切りの鴨居に、私は両手首を縄で括られ万歳をするかたちで吊るされ
ていた。
法衣は襦袢とともに脱がされていて、頭の袖頭巾と白足袋だけが残され、そして剥
き出された腰には、真っ赤な褌をされているのだった。
剥き出しにされている私の乳房の、膨らみの下のほうには、洗濯鋏が左右に二個ず
つ、柔肉を挟み込んでいた。
床の間を背にして竹野も白の褌姿で、座卓の前で胡坐をかいて座り込んでいる。
エアコンの暖房目盛りが強になっているのか、あまり弾む会話のない室にモーター
音が耳に憑いたが、少し前に竹野の口から出た言葉に、私はもっと強烈な驚きを感じ、
怖れ慄いていた。
私をこの村から外に連れ出し、見ず知らずの他人の前で被虐の身を晒させるという
淫猥な企てを、竹野は自分勝手にもくろんだのだった。
竹野がこの村の、この寺にお守り役として流れ込んでくる前の何年か、働いていた
電子部品工場だかの専務という男性に、十日ほど前、買い物に出かけた街で偶然会い、
当時から気の合っていたこともあり、電話やメール交換するうちに、共にSMの世界に
興味があることがわかり、竹野が尼僧である私との関係を話し、そこから瞬く間に企
てが進展し、竹野の知人が信頼できるSM嗜好者何人かを集め、密かなパーティーを開
こうというはしたない目論見を、今夜、竹野が私に話しているのだ。
当然に、私は拒否の気持ちを強く訴えた。
その結果が、室の鴨居に赤い褌だけの無様な姿で吊り下げられるという今の事態だ
った。
「俺が勝手に決めたのは申し訳ないと思うが、お前の内心はどこかでゾクゾクして
るんじゃないのか?」
「そ、そんなことはっ…」
私が強い憤怒の目で竹野を睨みつけていうと、竹野はやおらその場から立ち上がっ
てきて、私の前に歩み寄ってきた。
竹野の手に数個の洗濯鋏が握られているのに気づいた私の目には、おそらく恐怖と
怯えの表情が走ったと思う。
洗濯鋏による乳房へのこの責めが、私には何よりの苦痛だということを、当然に竹
野は知っている。
何よりも乳首への洗濯鋏の激痛は、数日の間、痛みが残り、着ているものの布地が、
乳首に触れるだけで、身体の動きが止まってしまうのだった。
竹野の身体が間近に来た時、私の頭の中に、これまでの堪えがたかった激痛感が蘇
ってきて、
「は、はい…わ、わかりましたっ」
と絞り出すような声で悲しく応えていた。
そして満足そうな笑みを浮かべる、竹野の強いつらぬきを、私は鴨居から両手首を
吊るされた状態で、両足を抱え込まれながら、突き上げるような怒張のつらぬきを受
けたのだった。
竹野の運転する車の助手席に、私は白の袖頭巾、白の法衣に薄紫の羽織りという尼
僧姿で乗り込んだ。
村の細い県道から国道に出て、車はどうやら栃木方面に向かっているようだったが、
竹野に行き先を尋ねても、はっきりとした場所はいわなかった。
車のカーナビをしきりに見ながら、竹野の車は日光街道に入り、山の方角に向けて
ひたすらに走り続けた。
山に向かうジグザグ道の途中で、車は細い脇道に入った。
杉木立ちが鬱蒼と繁り、林道のような狭い道を車はさらに登った。
舗装が途中で切れ、地道になって十数分山に上がったところに、一本の狭い脇道が
出てきて、竹野の車がその脇道に入り、暫く走ると行き止まりのようになっていて、
突き当りの平地に、少し大きなログハウス風の建物が見えた。
建物の前の敷地も広く、車が三台、先着で止まっていた。
竹野も敷地の隅のほうに車を止めて、フロントガラス越しに建物の玄関のほうを窺
い見てると、その玄関からダウンコートを着込んだ、五十年配の細身の男が小走るよ
うに出てきてこちらに向かってきた。
奇麗に分けた白髪と縁の太い眼鏡が特徴的だったが、無論、私には初めて見る顔だ
った。
竹野の顔が安心したように綻んだので、多分、この人が元上司の専務なのだろうと
いうのがわかった。
男の人は私のほうに目を向けてきて、少し驚いたような顔になったが、すぐに竹野
に目を戻し、親しげな笑顔を浮かべながら、車の運転席のドアの前に立った。
「やあ、どうも」
「すみません、遅くなって」
とフロントガラスを開け、二人は対面の挨拶を交わして、竹野が私に手を向けて、
名前を告げて紹介した。
「もう皆さん来ててね。今、食事してもらってる。君たちは?」
「ああ、途中のコンビニでおにぎり買って食ってきましたから」
竹野は軽い槌をいって応えた。
「今日はね。君たち二人を入れて、男女三人ずつの六人だ。他の人は全部、僕の知
り合いばかりで、信用のおける人たちばかりだから…あ、それからこの建物だけど、
うちの会社が社員の保養施設として、間もなく買い上げる予定でいる建物だから、遠
慮はいらないよ」
竹野の元上司は私に語り掛けるように目を向けてきて、
「奇麗なお方だ。あ、申し遅れましたが、湯川といいます。竹野君とは元同僚です」
と如才のなく自己紹介をしてきた。
湯川という男に連れられるようにして、竹野と私は建物の玄関を入った。
入るとそこは、少し広いホールのようになっていて、四人掛けのテーブルが三つ、
壁に面して配列されていて、喫茶店のような雰囲気があった。
ホールの奥の窓側が長い廊下になっていて、いくつかわからなかったが個室が配さ
れているようだった。
三十代前半のジーンズとジャンパー姿で、細身で長髪の男と、四十代半ばくらいの目
の少し細い男が二人でテーブルに向かい合っていた。
茶色に染めた髪を肩の下辺りまで伸ばした、私より背丈も身体つきも少し小さい感じ
の、三十代後半の女性と、私と同年代くらいの、少しふっくらとした体形で、ウイッグ
でもしているように髪の多い、化粧の濃い女性の二人も、別のテーブルで向かい合って
いた。
柔和そうな丸顔の六十代の男が、一人でぽつねんとテーブルに座り、コーヒーを美味
しそうに啜っていた。
玄関を入った時、その全員の目が竹野と私の二人に集中してきたが、声をかけてくる
のは誰もなかった。
全員が揃ったところで、今日の世話役的な立場の湯川がホールの中央に立ち、
「本日は皆さん、遠いところをご苦労様でございます…」
と挨拶の言葉をいって、今日の決め事のようなものを話し出した。
「…でありますので、くれぐれもプライバシーを侵害、または詮索するような行為や
言動にご注意をされまして、冬の夜のひと時を楽しんでいただければと思います」
続いて全員の名前の紹介があった。
一人一人がその場に立って、名前の上だけをいうのだった。
竹野もこういう機会は初めてなのか、私と同じでほとんど言葉は発さなかった。
この後、全員が湯川の案内で、廊下の突き当りの右側のドアを開けた室に通されたの
だが、私はあることに気づいて、内心で妙に気持ちをどぎまぎさせていた。
私を見る強い視線を全身に感じていたのだ。
確かに私の尼僧姿は、誰の目にも奇異に映ったと思うのですが、全員との最初の顔合
わせの時から、今の今までずっと、私を刺すように見る強い視線は消えてはいなかった。
それは、このメンバーの中で、一番若そうなジーンズとジャンパー姿の男の視線だっ
た。
確か名前は野川と名乗っていた。
しかし自分のほうからその男の視線に合わせていく勇気は、私には当然なかった。
全員が通されたその室もホールのような広さで、中央に間仕切りがあり、畳の間が十
畳以上の広さであって、八畳くらいの板間と続いている。
室の暖房もほどよく効いていた。
十畳間の畳には布団が四つ交互に並べて敷かれていた。
何ともなしに、板間のほうに固まっていた全員に向けて、湯川が声を出した。
「さ、皆さん。どなたがどなたを選んでも結構ですから、本能の赴くまま、自由にお
相手を選んでいただいて、この室のどこでもいいですから、大いに楽しんでください。
SMショーは皆さんが、肉体的にも、そして精神的にも一段落してから、始めたいと思っ
ています。但し、皆様、譲り合いの精神というのもまた発揮していただいて、仲良くお
願いします」
湯川のその言葉が終わらないうちに、板間の隅で狼狽えの表情でいた私の前に、一人の
男が緊張した顔で立ち尽くしていた。
狼狽えと驚きの気持ちでいた私は、目の前に立っている男の顔を見て、さらに驚愕の表
情を大きくした。
あのジーンズとジャンパー姿の若者だったのだ。
「野川です。お願いします」
と男は緊張したような声でいって、いきなり私の肩に手を置いてきた。
どう返答して、どう動けばいいのか、まるきりわからないでいた私の唇を、若い男は何
の予告もなしにいきなり塞いできた。
板間の隅に立ったままで、なすすべもなく私は、野川という若い男に唇を重ねられ続け
た。
私にもあったが、野川という男の緊張は相当なもののようで、全身が小刻みに震えてい
るのが、重なった唇からも窺い知れた。
しかし、雰囲気もまだよくわからない、この戸惑いと狼狽の中でも、見ず知らずで初め
ての男に、承知も不承知もなくいきなり抱かれ、唇を長い時間奪われる、という自分の今
の立場をふと考えてみると、自分の身体のどこかが、ずきんと疼き出していることを私は
知らされた。
唇を重ねたままで野川の片方の手が、羽織と法衣の上から、私の右側の乳房を押さえつ
けてきた時だった。
「うっ…ううっ」
塞がれた口の中で、私は声にならない声を漏らしていた。
やがて唇が離れたかと思うと、私の身体が急に宙に浮いたようになった。
野川が私の身体を抱き上げたのだ。
お姫様抱っこのようにして、私は隣りの布団の敷いてあるところまで運ばれた。
私を布団に仰向けにして、野川は急くように自分の着ているものを脱ぐと、また唇を塞
ぎにきた。
唇を重ねたまま、慌てたような手が私の法衣をまさぐってきて、どうにかして襟の中へ
入れようとするのだが、ひどく緊張しているのか、上手くいかず、そのせいで私の法衣の
襟は大きくはだけてしまっていた。
唇が離れた時、
「お、落ち着いて…ね」
と私のほうから思わずいってしまった。
野川は首をこくりと頷かせて、私の胸に少し赤らんだ顔を埋めてきた。
この時、私も緊張の中だったので、自分の周囲は何も見えていなかった。
誰がどの人とカップルになって、何をどうしているのかもわからないままだった。
野川に乳房を慌ただしく弄ばれながら、横の布団に目を向けると、竹野がそこにいるの
がわかった。
パートナーは私と同年代の化粧の濃い人のようだった。
お互いにもう全裸状態で、竹野が彼女の少し太めの両足を、肩で担ぐようにして腰を躍
動させているのが見えた。とらえたのだ。
斜め上の布団には、六十代の紳士然とした男と、髪の長い女性が布団にお互いが身体を
伸ばして抱き合っていた。
「あうっ…」
と私はまた小さな声を漏らした。
野川のまだ慌てたような舌が、私の右側の乳首を捉えたのだ。
緊張がまだ消えていないのか、歯で強く噛んできていた。
乳房への野川の愛撫は、私が少し拍子抜けするほどあっさりとしていて、次には下半身に
身体を移して、横の布団の竹野と同じように、私の両足を持ち上げてきて、股間に顔を埋め
てきた。
私のその部分へ、野川の舌が強く押し付けるようにして触れてきて、また短く声を挙げた。
私のその部分への、舌での荒々しい愛撫は意外に執拗だった。
「あぁっ…いいっ…いいわ」
腰を左右に揺り動かせながら、私は喘ぎの声を幾度か洩らした。
詰まるところ竹野だけでなく、女としての自分は誰にでも反応し、感じてしまうのだ、と
少しだけ自嘲的な思いが、私の頭の中を過ったが間もなくしてどこかに消えた。
「ああっ…」
首と顔をのけ反らせて、私は声を挙げた。
野川が私の身体の中へ入ってきたのだ。
横の布団からも、私と同じような響きの声が聞こえてきていた。
奇しくも五十代の女二人が、同じ声を出して喘ぎ悶えているのだった。
先に声が止んだのは私のほうだった。
野川が短く呻き、叫ぶようにして果て終えたのだ。
私の身体の上に覆い被さるように、果て終えた野川が身体を落としてきた。
耳元に野川の小さな声が聞こえた。
「…せ、先生。…すみません」
嫌な予感をさせる声だった。
「え……?」
と怪訝な顔で問い返す私に、
「…中学時代に、お世話になった、野川春樹です。…すみません」
と野川はまた小さく囁くような声を返してきた。
私の記憶が一気に蘇ってきていた。
確か、三年B組だ。
間違いなく、この子は私の教え子だ…。
続く
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