祭壇の両側にある燭台に刺された蝋燭の火が、風のない夏の夜なのに、ゆらゆ
らと頼りなげに揺れているのが見えた。
その祭壇の奥にある夫の遺影だけが、何故か私の目に霞んで見えるのは、自分
が今置かれている、屈辱の状況のせいなのかも知れないと思った。
祭壇の前の座布団のすぐ真後ろの畳の上に、私は仰向けにされていた。
四つん這いという恥ずかしい体位で、かなりの長い時間、私は義弟の浩二から
のつらぬきを受けた。
涙を流して拒絶の声を幾度挙げ続けても、浩二の背後からのつらぬきは止まる
ことはなく、逆に淫虐の時間が空しく経過するにつれ、私の女の身体に思いもし
ていなかった兆候が現れ出て、私から抗いや拒絶の気持ちを失せさせ、残ってい
た理性まで奪われてしまったのだ。
あるところで私は声を挙げていた。
だがそれはもう、明らかに拒絶の声の響きではなかった。
無体な四つん這いにされ、間断のないつらぬきを受けていたどこかで、私の五
十五歳の女の身体は、男への屈服と迎合の表明を示していたのだった。
夫の遺影のある祭壇の前で、仰向けにされた私の喪服は、今はもう元のかたち
がないくらいに乱れきっていた。
襟は大きくはだけられ、両方の乳房が剥き出され、裾のほうは帯の辺りまでた
くし上げられていた。
その帯もすでに危うい状態に解けかかっている。
浩二の赤鬼のような顔が、私の露呈された乳房の膨らみを圧し潰すようにして
埋まっていた。
「あっ…ああ」
浩二の歯と舌が私の乳首を乱暴に弄ぶごとに、私の喉奥から女としての恥ずか
しい喘ぎの声が、止めようとしても漏れ出るのだった。
祭壇の上の遺影のほうに顔が向くと、やはり私の目には法衣姿の夫の笑顔はぼ
やけたままにしか見えなかった。
義弟の浩二のそれが癖なのか、女の身体の一か所ごとを丹念に時間をかけて責
め立ててくる執拗な性技に、愚かな私は、もうここが夫の遺影のある神聖な場所
ということも忘れ、乳房へのねっとりとした愛撫に、ただの女として反応してい
くのだった。
浩二の汗の噴き出た顔が、私の顔の前にきた。
分厚い鱈子のような唇が、間髪置くことなく、私の唇を塞ぎにきた。
酒と煙草の入り混じったような、長い間嗅ぐことのなかった男の口臭が、私
の口の中に充満する。
もうそれだけで、私は淫靡な陶酔の心地に堕ちていた。
何の躊躇いもなく私の両腕が、義弟の浩二の太い首に強く巻き付いていった。
お互いがお互いを貪り合うという、そんな状景だったのだと思う。
「ああっ…いいっ…いいわっ」
夫の遺影のある祭壇を真横にして、再び浩二の獣のようなつらぬき受けた時、
私のほうも飢えた牝犬に堕ちていた。
「ああっ…ほ、ほんとにいいわっ」
「す、好きよ…こ、浩二さんっ」
「た、たまらない…ああっ」
夫の遺影の前だということも、今日の昼間の法要で、寺の墓の前に深く額づ
き、両手を重ねた時のこともすべて忘れ、私はこれまで一度も出したことのな
い、思いつく限りの淫猥な言葉を本能のまま、口から吐き続けたのだった。
私の絶頂の時の顔は、夫の遺影を正面に見てのことだった。
祭壇に両足を投げ出すようにして、義弟の浩二が畳に仰向けになっていた。
喪服の帯も解け全裸にされた私が、義弟の剥き出しになっている下腹部に跨
って座り臀部を深く沈めるのだ。
私の胎内深くに、義弟の固く屹立したものが突き刺さる。
突き刺された状態で、私が身体を上下させる。
目を開けるとすぐ前に、法衣姿で笑顔の夫の顔があった。
数分も経たない内に、私の背筋をつらぬき通すような快感が押し寄せてきた。
夫に見られている。
為さぬ男に恥ずかしく虐げられ、胎内深くを突き刺されている。
女として、また僧侶の妻として恥ずかしく悶え、喘いだりしてはいけない。
理性の思いが私を支え励まそうとするのだが、自分の身体が男の剥き出しの
腰の上で上下するたびに、その理性の牙城が、波を受けた砂山のように脆く崩
れ去っていくのが、自分でわかるのだった。
私の身体の中の浩二のものの、熱く石のように固い感触に衰えの気配は微塵
もない。
「あっ…あなたっ…わ、私…い、逝くわ…も、もうだめっ」
喉の奥を槌き毟りたいような、例えようのない快感が私のほうに、一気に攻
め押し寄せてきた。
「ああっ…あなた。み、見てっ、わ、私を…ああっ」
それが最後の声で、私は祭壇の前に意識わ失くすようにして突っ伏していた
のだ。
私が意識を覚ましたのは、それからどれくらい経ってからなのかわからなか
った。
室に敷かれた布団の上だった。
喪服の襦袢が、仰向いている私の裸の身体を包んでいた。
ふと横に目をやると、義弟の浩二の奇妙に優しげな顔と、少し毛深く厚い胸
板があった。
煙草を旨そうに吸っていた。
「あんた、相当に溜まっていたみたいだな」
私が意識を戻したのを知って、ぎょろりとした目を向けてきた。
「ふふ、やっぱり血の通った姉妹だけあって、あんたらよく似てるわ」
思い出し笑いをするように口元を緩ませて、
「俺に何回もしがみついてきたの、忘れたとはいわせねえぜ」
と義弟の浩二は勝者満々の表情でいってきていた。
飛び起きてその場から逃げ去ろうと、私が思った矢先だった。
襦袢の上を払い除けて、浩二の指の太い手が、私の乳房の右側をいきなりわし
掴んできた。
私の全身に痺れるような刺激が、電流のように走った。
顔が歪むのが自分でわかった。
夫の遺影を眼前にして、浩二の腰の上であらぬ言葉を吐き続けて、女としては
したなく絶頂に達した時のことが、私の脳裏に不意に浮かんだ。
嬲られている乳房からも、何かが込み上げてきていた。
私の身体の神経の全てが、まだあの官能の痺れを含有しているのだ。
乳房への甚振りを続けたまま、浩二の角ばったいかつそうな顔が私の顔の上に
被さるように近づいてきていた。
逃げようという気持ちとは裏腹に、私は顎を少し突き上げるようにして浩二の
分厚い唇を迎えていた。
重なった口の中で、ざらりとした厚い舌に、私の舌がまるで待ち望んでいたよ
うに絡む。
ねっとりとした浩二の唾液が、私の喉奥に流れ落ちた時、もう一度愛されたい、
という淫靡な願望が唐突に湧き上がり、
「……して」
という声になった。
それから朝方近くまで、私は自分の年齢も忘れ、義弟の浩二にひたすら抱かれ、
ひたすらに悶え狂ったのだった。
翌日の午前、
「十日に一回は…いや、俺がしたくなったら来る」
という言葉を残して帰って行った。
「はい…」
とだけ応えて、私は妹の夫を見送った。
尼僧の書いたまたしてもの長文に、僕は何度か折れそうになったが、どうにか
読み終えた。
無性にまた祖母の室の匂いが恋しくなり、僕は畳から立ち上がり目的の室に向
かった。
襖戸を開けると、祖母のあの小柄で華奢な身体から発酵し、長い年月の間、蓄
積された形容のし難い、柔らかな匂いは、このままいつまでもここに留まってい
たい、と思わせる香しさだった。
壁に朝の食事の時に着ていた、Vネックのシャツが掛かっている。
そのシャツ下に、朝には気づかなかったのだが、小さく折り畳んだ白い紙が落
ちていたので、何気に拾って拡げてみる。
それはメモ用紙の要で、電話番号のような数字と一緒に、僕の名前の雄一とい
う字が、何故か三回も殴り書きのように書かれていた。
筆跡は祖母のもののようだ。
何のことだか、意味がさっぱり分からなかった。
意味が分からない以上は考えることもできない。
さりとてこのメモを祖母の見せたら、僕が勝手にこの室に入ったことがばれる。
そのことのほうが心配なので、僕はそのメモをまた折り畳んで、祖母のVネック
のシャツの胸ポケットに入れておいた。
妙なもやもや感に捉われたので、駅裏の川の芝生広場まで僕は出かけて時間を
潰した。
夕方になって、隣村に出掛けている祖母から、僕のスマホに着信があった。
「お昼、ちゃんと食べた?」
「食べたよ」
「あ、あの、婆ちゃんね。役場でとても懐かしい人に会ってね。高校時代の同
級生なの。それで話弾んじゃって、まだ話し足りないから、どうしても止まって
いけっていうの」
「ああ、そう。僕なら平気だよ。ラーメンでも食べとく」
「ごめんね。…あ、ああ、それと…」
「それと何?」
「婆ちゃん、あなたに話あるの…」
「話って?」
「か、帰ってからでいいわ。明日はご馳走するから」
祖母のほうから通話を切ってきた。
何か妙に緊張したような祖母の声だったが、僕への話の内容というのが読めなか
ったので、また昼間と同じようなもやもや感に、僕は捉われた…。
続く
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