あくる日の朝の盆の初日の午前。
僕は一応洗い立てで、祖母がアイロンしてくれた白のポロシャツに紺のズ
ボンという玄関に立った。
後から出てきた祖母を見て、僕はかなり驚いた。
普通の洋装だと思っていた祖母が、眩しいような浴衣姿だったのだ。
小柄で華奢な身体包んでいるのは、白地に紺の花柄模様の入った涼しげな
浴衣で、濃い朱色の帯が目立たないように目立っていて、ボア風の少し短め
の髪も奇麗に櫛で解かれているようだった。
つんとかたちよく尖った鼻と、奇麗な輪郭をさらに際立たせるような赤い
唇が、ほとんど日焼けのない色白の顔から、さりげなく浮き立っていて、孫
である僕も少しどぎまぎする姿だった。
六十四歳という祖母の年齢を、すっかり忘れたかのように、
「わあ…」
と思わず見直したような、感嘆の声を挙げていた。
「お祖父ちゃんがね、とても気にいってくれてた浴衣なの」
と祖母は恥ずかしそうな笑みを浮かべて、玄関横のバケツの水にに活けて
あった墓花を新聞紙に包んだ。
祖父の眠る墓は、高明寺の本堂の裏側の平地の墓地にあった。
僕たち以外にも、三組ほどの参拝者がいた。
浴衣姿の祖母が、墓の掃除やら線香を焚いたり墓花を供えたりして、僕はた
だ手を合わせ、神妙な顔をして拝むだけだった。
墓地の周辺を何気に見回すと、山の斜面を少し登ったところに台地があって、
奥のほうに古い小屋のようなものが建っていた。
その小屋の朽ちかけの屋根を見て、僕はハタと気づいた。
ここで…ここで祖母はあの竹野に襲われ犯されたのだ。
目の前で墓花を未練そうに弄っている、祖母の浴衣の後ろ姿に僕は目を向けた。
不埒なことだったが、僕の下半身のズボンの中が、小さくむずっと動くのに気
づき、僕は少し狼狽えてしまっていた。
墓地から本堂の前の砂利道に出たところで、尼僧姿の、女性にしては背の高い、
ほっそりとした体形の人に出会った。
白の袖頭巾に、法衣の上に薄紫の羽織り姿は、以前に会った時のままで、薄化
粧をした顔は、目鼻立ちがくっきりとしていて祖母と同じくらいに白かった。
と、祖母のほうから、背の高い尼僧のほうへ歩み寄っていくのを見て、僕はまた
少し驚いていた。
二人とも旧来の知己にでも会ったように、親しげな笑みを浮かべて暫し話し込ん
でいた。
祖母と尼僧の背丈は二十センチほどあった。
「孫ですの」
急に思い出したように、祖母が僕を紹介してきたので、
僕は頭を軽く下げて挨拶した。
すると、尼僧のほうも後ろを向いて、傍にいた白の法衣に水色の袴姿の男を紹介
してきたのだ。
「私の妹の亭主で、今応援に来てもらっていますの」
と尼僧はさりげなくいうのだったが、
「あ、あのお守り役の方は?」
と祖母は明らかに訝りの表情で聞き返していた。
「あ、ああ、あの人はちょっと、田舎のほうで不幸がありまして…」
と尼僧は平然とした顔でいって、では、という言葉を残して去っていった。
祖母は一瞬その場に立ち尽くし、怪訝な表情を浮かべていたが、すぐに割り切
ったようにまた歩き出した。
前のお守り役のことを、自分から知ったかぶりして、いわなくてよかったと僕は
思っていた。
尼僧が、妹の亭主とさりげない口調で紹介した、代理のお守り役のことを、僕は
少し考えていた。
まだ三十代半ばのような年代に見えたが、短い角刈りの頭で、身長は僕よりも十
センチくらい低かったが、身体つきは筋肉質でがっしりしていた。
僕が気になったのは、尼僧と祖母が話し込んでいる間も、何か面倒臭そうな態度
で、挨拶も妙に不貞腐れたような、高校生の僕がいうのも変だったが、不遜そうな
感じがしたからだった。
お守り役というのが、不満でならないというような態度に見えたのだ。
帰路の間中、祖母はやはり浮かない顔をずっとし続けていた。
「婆ちゃん、どうしたの?」
と僕が何も知らないふりをして聞くと、
「ううん、何でもないの」
と生返事に近い、力のない声を返してくるだけだった。
執拗な追及は、僕もしたくなかったので、そのまま家に帰り、服を着替え、畳に
寝転がった。
祖母は室に入ってから、一時間以上も出てきていないようだった。
こういう時の、人への対処の仕方を、僕はまだ知らないでいた…。
続く
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