…いつまでも、三人の身体と心の中に残り、乾いた蔕になって消えることはなかったのだ。
ある一人の人間の悪意のある言動で、ワイヤの切れたエレベーターに載せられたように、
一気に人間として奈落へ落とし込まれた、三人家族の深い傷は、例え相手からの攻撃が急に
止んだからといって、何もかもが元へ戻るということはなかった。
ある日、三人は居間のソファで真摯に話し合った。
「…私たち家族の不始末や不手際で、こんなひどい泥沼に落ちたのじゃないわ。これまで
のことは急な嵐か竜巻に遭ったと思って、三人が心を合わせて忘れ去るしかないと思うの」
と多鶴子は娘と義理の息子の親らしく、冷静な口調で諭すように二人の子の前で口火を切
って話した。
娘の由美と婿の茂夫は、お互いに顔を見合わせて、同じタイミングで神妙に頭を頷かせた。
そして家族の話し合いは、母の、また義理の母の檄の言葉を聞いただけで、僅か数分で終
わった。
それはしかし、表面上の不安や怖れが消滅しただけのことで、各々が身体と心に受けた傷
は、まだ粘い湿りを残して膿んでいたのだ。
それからの数日間、多鶴子はそれとなく娘の由美と、婿の茂夫を親としての目で、牢番の
ように監視するというのではなく、さりげない気持ちで見つめ続けた。
無論、多鶴子は自分自身も被害者であることを認識して、自らの気持ちも強い理性心で律
し、つい邪悪な行為に溺れ浸った過去の邪念を抑制した上での発言だった。
数日後のある日、娘の由美がいないところで、多鶴子は婿の茂夫と二人だけで、居間のソ
ファで向かい合った。
「茂夫さん、あなた、まだ何かを引き摺っているようね。この二、三日を見ていても、電
話の音にひどく過敏に反応したり、雨の降る日に庭先まで出て、電話で小さな声で話したり
して…まだ何か隠してることがあるの?」
ほんの少し前には、義理の母親ではなく、一人の性に飢えた女として自分にしがみついて
きていた、多鶴子の毅然とした眼差しに、如何にも温和で温厚な性格の、婿養子然とした茂
夫は、一溜りもなく屈し、ガラステーブルに手をつき、頭を深く下げ謝罪の意を示してきた。
茂夫はまだ今も、男である自分を犯した暴力団組員に纏わりつかれ、つい二日ほど前にも、
その男に駅前のビジネスホテルに呼び出され、屈辱の辱めを受けたと告白した。
事態がきっちりと収束していないことを知った多鶴子は、気丈にすぐに組長に直接電話す
ると憤慨した。
気弱な茂夫は、それが相手の男に知れると、また何をされるかわからないと、色白の顔面
を蒼白にして、それだけはやめて欲しいと懇願してくるのだった。
それよりも茂夫の義理の母である、多鶴子自身の口から、その男の親分との約束を話して
説得してもらったほうが、効果は大きいかも、と苦しげに声を詰まらせながら話す茂夫に、
根負けしたように、多鶴子は不承不承の表情で納得し、男と会う日時を婿の茂夫に委ねた。
翌日の午後二時に、駅前のビジネスホテルのツインルームで会うことが決まり、職場を早
退してきた茂夫と二人で、指定された室の重厚そうなドアをノックした。
派手なシャツを無造作に着込んだ、背の高い痩身の三十代くらいの男が小さな丸いテーブ
ルの前の椅子にだぶついたズボンの足を、これ見よがしに組んで座っていた。
薄いサングラスの奥の狐目と、薄い唇の端に薄気味の悪い笑みを浮かべて、男は多鶴子と
茂夫の二人を迎えた。
風体のだらしなさと、見るからに品性のなさげな男の表情を見て、多鶴子はここに長居は
無用と即座に判断し、
「あ、あなた方の親分から、今後は一切私たち家族には干渉しないと、私は直接聞いてい
ます。これ以上息子に纏わりつくなら、私のほうから親分に抗議しますから、そのつもりで
いて下さい。さ、茂夫さん、帰りましょ」
と毅然とした声でいって、声も出さずにやけた表情のままの男に、踵を返して立ち去ろう
とした時、室の入り口近くの浴室と洗面のドアが、カチッという金属音を出して開いた。
中からもう一人の坊主頭の、屈強そうな体格をした男がのっそりと現れ出てきた。
多鶴子は思わず全身を硬直させ、たじろぐ素振りを見せたが、すぐに気を取り直して、横
で身を竦めていた茂夫に目配せをして、入口のほうに歩きかけた。
多鶴子の眼前に、肩幅の広い坊主頭の男が通せんぼをするように立ちはだかってきた。
「ど、どいて下さい!」
毅然とした態度を崩さず、臆することなく、多鶴子は前に立ちはだかった男に憤怒の視線
を投げていった時、
「おい、叔母さんよ、あんた、今、自分がどんな位置にいるのかわかってんのか?俺はま
だ親分からそんな命令は聞いてないぜ。いいかい、あんたは、今からここで俺に抱かれるん
だよ」
横柄な姿勢で椅子に座っていた男が立ち上がってきて、多鶴子のすぐ近くまでにじり寄っ
てきて、煙草臭い息を吐いていってきた。
身の危険を察知した多鶴子は、それでも前で岩のように立ちはだかる、坊主頭の男の脇を
通り抜けようとしたが、
「あんた、息子一人を置いてけぼりして逃げるんかい?」
といってきたサングラスの男のほうを振り返ると、今にも泣き出しそうな顔をしている、
婿の茂夫の首に男の腕が締め付けるように巻き付いていた。
「は、放しなさい!でないと、人を呼ぶわよ」
その場で地団駄を踏むような顔をして、それでも気丈に声を荒げる多鶴子だったが、それ
以上の動きは何一つとれなかった。
「おい、入れ替わりだ」
とサングラスの男が坊主頭に声をかけると、坊主頭がいきなり多鶴子の背中を押してきて、
続いてサングラスの男が、怯えきっている茂夫を坊主頭に向けて突き出してきた。
前につんのめりそうになりながら、多鶴子はサングラスの男の前に突き出され、男の細長
い腕にすっぽりと抱き竦められてしまった。
そのまま引き摺られるようにして、多鶴子はベッドの一つに押し倒された。
「時間はたっぷりあるから、じっくりと楽しませてもらうぜ、叔母さん」
男はベッドの横に立って、サングラスを外し、派手なシャツのボタンをゆっくりとした動
作で外しにかかっていた。
気丈に男たちに立ち向かっていた多鶴子だったが、事ここに至って心にあるのは汚辱され
ることへの恐怖とおぞましさだけだった。
慄きの表情を濃くした多鶴子の目の端に、横のベッドに押し倒され、坊主頭の男に覆い被
さられ、荒々しく唇を塞がれている茂夫の、目を大きく見開いた顔が見えた。
犯される、という恐怖とおぞましさが多鶴子の頭の中を席巻していた。
暴力団組長の春日の言葉を鵜槌みにして、のこのことこんなところへ出かけてきた自分の
軽率さを悔いた多鶴子だったが、すでに彼女の前で、トランクス一枚になっている男の浅黒
く引き締まった身体を見て、逃れる術がどこにもないことを思い知らされ、愕然とした気持
ちに陥っていた。
「こ、来ないでっ、わ、私に近づかないで!」
恐怖の眼差しで、下卑た笑みを浮かべながら、にじり寄ってくる相手を睨みつけて、多鶴
子はベッドで後退りして、精一杯の虚勢の声を張り上げた。
男は多鶴子の張り上げる声を、まるで聞こえていないように無視して、身体を覆い被せて
きた。
多鶴子の身体に跨って、男はツーピースの上着を脱がし、ブラウスのボタンを上から順に
外しにきていた。
多鶴子も両手をばたつかせ、抗いの仕草を必死に見せるのだが、男を身体の上に載せての
抵抗はそれほどの効果もなく、ブラウスは両肩から滑り落とされ、スキャンティとブラジャ
ーが晒し出され、肌の露出も大きくなっていた。
その少し前に、多鶴子は自分の身体の中に、妙な違和感のようなものを感じ出していた。
それは、抗いの藻槌きを続けている時に、自分を襲ってきている男の体臭が鼻孔をついて
きて、それを意識し出した頃くらいからだった。
勝手に自分の身体のどこかから、薄気味の悪い微熱のようなものが、湧き出てきている感
じだった。
男の手が剥き出しにされた肩に触れてきた時、多鶴子は背筋の辺りに、電流か何かが走っ
たような気持ちにさせられたのだ。
卑猥な画像のようなものが、頭の中にフラッシュバックのように浮かび流れ出てきていた。
本能的に多鶴子は自分自身に、危険を感じ出していた。
頭に浮かび出た画像が、カメラのピントを合わすように鮮明になってきて、多鶴子は心の
中を激しく狼狽させていた。
暴力団組長の春日に、いきなり平手打ちをくわされ、犯された時の衝撃が俯瞰的な画像と
なって、多鶴子の頭の中に浮かんだ。
続いて鮮明に現れ出た画像は、今、多鶴子の真横のベッドで男に襲われている、婿の茂夫
に抱かれて激しく喘いでいる自分自身の顔だった。
頭と首を何度も振り、勝手に現れ出てきている卑猥な画像を、多鶴子は必至になって打ち
消そうとする顔の真上に、狐目の男の浅黒い顔が見えた。
あっ、と声を挙げようとした多鶴子の唇が、素早い早さで男の唇で塞がれた。
多鶴子は目を大きく見開いて驚きを露わにして、男の唇から逃れようと藻槌いた。
口の中に男の煙草臭い息が充満してきて、鼻孔には男の、言葉では例えようのない体臭が
まだ強く残っていて、それだけで多鶴子は目が眩みそうになっていた。
呻き声のような声を幾度も挙げ、足をばたつかせたりして抗うのだったが、夫の死後長く
忘れていた女の官能の悦びを、図らずもあの暴力団組長に犯され、その後に婿の茂夫との背
徳の行為で呼び覚まされた身体は、男への抵抗の気持ちを削ぐようになってきていることを、
薄々ながらに多鶴子は気づき出していた。
こんなところで、こんな男に抱かれて、女の情欲を燃え上らせられるのは、多少なりとも
気位高く生きてきた多鶴子にとって、堪えがたい屈辱であり恥辱だった。
理性の限りを奮い立たせて多鶴子は、気持ちを強く持とうとして歯を食いしばるのだった
が、そう思えば思うほど、身体は逆に熱く淫猥に燃え上ってくるのだった。
長く塞いでいた男の唇が離れた時、多鶴子は息苦しさに堪えるだけで何もできないでいた
が、男の手は休むことなく動き、スキャンティとブラジャーを取り剥がし、スカートを脱が
してきていた。
男の顔が多鶴子の剥き出された乳房に、噛みつくように食らいついてきた。
「ああっ…」
すでに身体のどこもかしこもが、過敏になり出していた多鶴子は、乳房へのいきなりの刺
激に、堪え切れないように声を熱く喘がせていた。
多鶴子の手が、乳房に顔を埋めている男の肩と頭に置かれていたが、それは男の身体を払
い除けようとするものではなく、添え置かれているという感じだった。
「ああっ…だ、だめっ」
また多鶴子の口から声が漏れた。
男の手が唐突に、多鶴子の剥き出しになっている下腹部の、ショーツの中に潜り込んでき
たのだ。
男の顔に薄笑みが浮かんで、
「何だ、もうしっかり濡れてんじゃねえか」
と蔑むような声でいってきた。
男に抱きつかれて、多鶴子が自分の身体のどこかが、奇妙に熱っぽくなったと感じた頃に、
下腹部のその部分に、じゅんと小水を漏らしたような感覚があった。
多鶴子のその恥ずかしい兆候に触発されたのか、男の動きが急に忙しなくなってきて、シ
ョーツを脱がされると、男はすぐに多鶴子の股間を大きく割り開いてきた。
「ああっ…」
多鶴子の声だった。
男のものが何の予告もなく、多鶴子の開かされた下肢の付け根を抉り刺すようにつらぬい
てきたのだ。
全身に、また強い電流のようなものが走り廻った。
「おう、歳の割にはよく締まるマンコだな」
男は征服感に満ちた声を出して、いきなり腰の律動を早めてきた。
多鶴子の驚愕のままの目は、自分の真上にいる男の顔しか見えなくなっていたが、横のベ
ッドでは婿の茂夫が、坊主頭の男に衣服のすべてを剥ぎ取られ、肉の膨らみのあまりない胸
に長い舌を這わされていた。
男の強い腰の律動に呼応するように、多鶴子の開いた口から休みなく喘ぎの声が出出して
いて、積み木が崩れていく感じで、心とは裏腹に身体のほうが迎合し始めていることを、多
鶴子は不覚ながらも感じさせられていた。
後悔先に立たずを絵に描いた状況で、やがて多鶴子は男の荒々しいだけのつらぬきに屈し、
男の二の腕辺りを掴み取った手の指先の爪を突き立てていた。
自分が今、どこにいて誰と向かい合っているのかもわからない状態で、あるのは女の本能
に絶え間なく打ち寄せる快感の波だけだった。
そのまま多鶴子は果て終えて意識を失くした。
多鶴子が意識を戻した時、ベッドには多鶴子一人だけで、狐目の男は丸いテーブルの前の
椅子に腰かけて、旨そうに煙草の煙を吹かしていた。
「叔母さん、お目覚めかい?あんた、何を思い出したんか知らねえけど、結構激しかった
ぜ。俺が逝く前に気ィ失ったりしてよ」
狐目の男のいったことは嘘ではなかった。
「ああっ…そ、そこばかりは…だ、だめ、許して」
男のその声に、茫然自失状態だった多鶴子の目と耳が目ざとく反応し、横のベッドに目を
向けると、素っ裸の男二人が身体を寄せ合うようにして横たわっていた。
婿の茂夫がベッドに仰向けになっていて、剥き出された股間のところに、坊主頭の男がい
かつい身体を海老のように折り曲げて、顔を埋め込んでいた。
坊主頭の男の手は、多鶴子にも記憶のはっきりとある、およそ本人の痩身な体型とは不釣
り合いな巨大で長尺のものを握り締めていて、大きく開けられた口が、そのものの先端を幾
らか含み入れていた。
茂夫のほうは色白で汗の滲み出た顔を、切なげに歪ませて、何かに堪えるように左右にうち
震わせていた。
坊主頭の男も頭から流れ出る汗が、額から鼻や頬を伝って、丸い顎から大きな水玉になって
滴り落ちていた。
「どうだったい?そいつの尻の具合は?」
狐目の男に声をかけられた坊主頭は、茂夫の股間から顔を上げると、苦し気な息を何度も吐
いて、
「あ、兄貴のいうように、こいつの尻は絶品ですね。締め付けがすごくて、俺なんか一遍に
昇天でしたよ。そ、それにしても、こ、こいつのここはでっけえ!」
狐目の男に向き直って、坊主頭は感嘆の声でいった。
「今からよ、あのビデオの再現をここでやってもらおうじゃねえか」
兄貴と呼ばれた狐目の男がそういって、
「おい、茂夫、お義母さんのいるベッドに来い」
と茂夫のほうに向かって声をかけた。
男のその声に隷従するように、茂夫がおずおずと上体を起こし、多鶴子のベッドのほうに目
を向けたが、
「い、嫌です!…そ、そんなことできませんっ」
と多鶴子は男たちへの憤怒の思いを露わにして、毅然とした声で拒絶した。
「お義母さんよ、あんたら親子が組長の家で、激しくまぐわったのを撮ったあのビデオは、
組内でも絶品と評判のシロモノなんだぜ。今、流行りのネットに流して拡散させたらどうなる
と思う?」
「ひ、卑怯な人たち!」
それだけの言葉を吐き捨てるのが、多鶴子と茂夫の親子に残された唯一の手段だった。
目を鬼のように引き攣らせ、唇を血の出るくらいまで強く噛み締め、憎悪と嫌悪の思いを深
く抱いて、多鶴子は婿の茂夫の痩身の身を自分のいるベッドに招き入れた。
だが強い憤怒の思いに血を滾らせる多鶴子だったが、この時の彼女の身体の中のもう一つの、
誰にも知られてはならない、背徳に満ちた淫猥な血流が、脈々とその温度を上昇させてきてい
ることを、内心で気づかされた多鶴子は、狼狽えの思いをひた隠すように目を強く閉じた。
茂夫に抱かれる悦びが、多鶴子の心の中に蔓延していた…。
続く
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