母親が編んだセーターを奥多摩の祖母に届けるのに、三千円の運搬費をせしめた僕は、前から
食べたいと思っていて、値段が高く手が出なかったマックのエビフィレオを駅前で買って、山手
線に乗り込んだ。
その間に三度ほど、スマホがメール着信の振動を伝えてきていたが、奥多摩行きの列車に乗り
換えてから見ることにして、相手が誰かも見ずに無視を決め込んだ。
発信者が誰なのかわかっていて、奥多摩行きの列車に乗り換えて、スマホの画面を覗いたら案
の定、今日の約束を急遽キャンセルした益美からだった。
(ほんとに学校なの?)
(せっかくシャワー浴 びて奇麗な身体にしたのに)
(もう二度と会ってやらない)
普段は絶対に喰えないエビフィレオを、コーラで頬張りながら、僕はスマホのメール画面に二
度ほど頭を下げた。
もう一本僕が気づかなかった着信があったが、あの口煩い紀子からだったので、僕は無視を決
めた。
このローカル列車の、窓外の景色の移り変わりが、意外にも僕は好きだった。
超高層の建物がひしめき合うように建ち並ぶ景色から、緑の濃い山や田園地帯が広がってきて、
最後には数戸単位の家屋が点在するだけの景色が、時代を逆行するような感じで、いつ見ても飽
きることはなかった。
前に紀子と奥多摩からの帰りの列車に乗った時、紀子が窓外の景色を見て、僕とは逆の感想を
いってたこと思い出していたら、場内アナウンスののんびりした声が、僕の下車する駅名を告げ
てきた。
今日の青天の空のように、雑貨屋の叔父さんは今日も元気そうで、駅の無人改札を出た僕を見
つけると、
「やあ、兄ちゃん、久しぶりだな。連休は婆ちゃんとこかい?」
と明るい声で話かけてきた。
「あ、こんにちは。いつもの水ください」
僕も笑顔で返して、ミネラルウォーターを買うため店に足を向けた。
祖母にはまだ連絡してないから、家の冷蔵庫にミネラルウオーターは置いてないだろうと思い、
予算も母親からの宅配代があったので二本買って、家への坂道を登った。
いきなり玄関戸を開けて、驚かせてやろうと思っていた僕の目論見は崩れたが、働き者の祖母
がこんな好天の日の昼間に、家にいるわけもないと僕は得心し、買ってきた水を冷蔵庫に入れ、
担いできたバッグを居間に置いて、もう一度靴を履き直して外に出た。
多分、祖母は椎茸小屋か畑だろうと僕は確信し、そこに向かう道を小走るように駆け出した。
椎茸の収穫は冬から春にかけてが最盛期で、秋の椎茸は加工用で「秋子」とか呼ばれていると
いう知識は以前に祖母に聞いた記憶があった。
祖母の昭子という名前と、秋の椎茸が秋子が同じだったので、僕がたたまたま憶えていたとい
うだけだ。
古びた椎茸小屋が見えてきた。
小屋の前が野菜畑の横の草地で、幅の広い日除け帽に、紺地の野良着姿の祖母の小さな身体が、
細い背中をこちらに向けて、鍬で畑の畝を掘っているようだった。
五十メートルもない距離まで来て、僕が婆ちゃんと声をかけて呼ぼうとした時、祖母の身体の
動きが急に止まって、こちらを振り返ってきた。
太陽が祖母の向こう側にあったので、振り返った顔の表情は陰になってよくわからなかったが、
白い歯だけはっきり見えたので、僕は手を大きく振って、
「婆ちゃん!」
と声を張り上げてやった。
手に持っていた鍬を放り投げて、祖母が若い小娘のように手を振り返して、こちらに向かって
駆け出してきていた。
信じられないという表情を満面に浮かべて、
「雄ちゃん、どうして?」
と張り上げるような声でいって、僕の両腕を掴み取ってきた。
日除け帽の下の額に汗を滲ませて、僕の腕を掴んでも、まだ信じられないという顔だった。
「朝起きたら、急に婆ちゃんの顔が見たくなって…来ちゃったよ」
僕は小さな嘘をついて、祖母に精一杯の笑顔を返した。
「電話くらいしてくれたらよかったのに」
「婆ちゃんを驚かせたかったから」
「まぁ、そしたらこんなところまでこなくてよかったのに」
女性の人の匂いで一番好きな匂いが、僕の鼻孔と、身体のもう一カ所に懐かしいような刺激を
与えてきて、若い僕は少なからず慌てたが、
「婆ちゃんのこの匂いが嗅ぎたくなって来たんだよ」
とこれは正直な気持ちをいった。
「まぁ、嬉しいこと。あ、あなたお昼はどうしたの?」
「列車でハンバーガー食ってきたけど、ちょっと腹減ってる」
「お弁当でお握り持ってきてるから、一緒に食べましょ」
椎茸小屋の横の、枝が広く茂る木の下で祖母と並んで座って、二個の小さな握り飯を分け合っ
て、大根の漬物を摘まんでの昼食は、朝のエビフィレオよりはるかに旨かった。
「これじゃ、足りないわね。家に帰ってご飯用意しましょうか?」
祖母が水筒のお茶を僕に渡しながらいってきた時、
「婆ちゃんの…いや、昭子の身体が今すぐ食べたい」
と僕は自分でも思ってもいなかった台詞を、青い空に目を向けていって、自分がいってしまっ
たその言葉の恥ずかしさにすぐに気づき、勝手に顔を赤らめていた。
祖母のほうも僕の口から零れ出た、爽やかな空と自然の緑の風をぶち壊すような、不埒不遜な
発言に大きく目を見開いて反応し、汗の滲み残る顔を赤く染めていた。
まずいことをいってしまったと顔をしょげさせた僕に、
「私も…この頃、雄ちゃんの夢しか見ていない」
とかたちのいい唇に柔和な笑みを浮かべて、優しくいってきた。
それかれ暫くして、椎茸小屋の隅にある、畳二畳ほどの板間の茣蓙の上でで、僕は祖母と向か
い合っていた。
誰が誘ったわけでもなく、祖母と僕の二人は肩を寄せ合うようにして、そこに足を進めていた
のだ。
祖母が着ていた野良着の襟が、僕の慌てふためいた手で大きくはだけられ、片方の肩の白い肌
が露わになっていた。
抱き合って重なり合っていた唇が離れた時、
「汗臭くてごめんなさい」
と祖母は僕の胸に顔を埋めながら、本当に申し訳なさそうに小さな声でいった。
「昭子の何もかもが好きだからいいんだよ」
むさ苦しい板間のせいもあってか、僕の鼻孔への祖母から発酵されている、女性の香しい匂いは
殊更に強まっていて、若い僕の身体の中心に、どこかで熱く沸騰させられてきた、多量の血液を絶
え間なく送り届けにきていた。
「ああっ…」
祖母の身体の弱点である左側の乳房の膨らみに、手の指の五本を全部使って摘まみ取るように掴
んでやると、祖母は忽ち、切なげな声を挙げて小柄な身体をうち震わせてきた。
若くて鈍感で空気の読めない場違いな一言が、思わぬ事態にまでなったが、これはこれで、椎茸
小屋まで来た時に、僕の頭のどこかに願望としてあったことなので、僕は男子の本能の赴くままに、
祖母の肌理の細かい白い肌にのめり込むことにした。
寒くないかい?
身体、痛くないかい?
そんないたわりの言葉を吐きながらも、すでに沸点近くになりかけていた僕は急くようにジーン
ズとトランクスを足首から脱ぎ外し、いつの間にか僕が全裸の身にしてしまっていた、祖母の小さな
身体に覆い被さっていた。
陽の差さない、薄暗くて狭い板間のささくれだった茣蓙の上で、滾った血がそのまま凝固したよう
な自分のものの先端を、祖母の剥き出しになった、股間の裂け目に添え当てた時、
「ああっ…ゆ、雄一さんが…あ、あなたが入ってくる!」
祖母が両腕で僕の腕を強く掴み取ってきて、喘ぐようにいってきた。
祖母のその部分への愛撫もしていなかった僕だが、少しだけ彼女の胎内に沈み込んだ僕のものの先
端は、柔らかな滴りと心地のいい圧迫を、充分過ぎるほどにはっきりと感じていた。
「昭子、ほ、ほんとにいい!」
「ああ、こ、こんな…ゆ、夢みたい」
「ここに、ここに間違いなく、俺がいる」
そういって腰の律動に少し力を入れてやると、祖母は感極まったような顔を大きくのけ反らせて、
絶え間ない喘ぎを繰り返していた。
祖母を抱いている時いつも思うことだったが、女性には年齢の衰えとかというものはあまり関係
がなくて、愛情のある人の前なら、自然に理性と本能が優しく融和して、そこには若きも老いもな
いのだと、たかだか十六の未熟な頭ながらに考えている。
そう思わせるほどに、祖母の小柄で小鹿のように華奢な身体は、僕にはかけがえのないものにな
ってきているのかも知れなかった。
はっきりといえることは、今、こうして奥多摩の山裾の粗末な小屋の中で、祖母を女性としてと
して抱き、つらぬいていている自分に、僕は何一つの不浄さも背徳感も感じてはいないということ
だ。
「ゆ、雄一さん…わ、私、も、もう…」
僕の顔の真下で何かを訴えるような表情で、祖母が白い歯を震わせてきていた。
「お、俺もだよ、昭子」
普段とは違う状況が興奮の度合いを、増幅させているのかどうかわからなかったが、祖母をつら
ぬいている僕にも我慢の限界が近づいてきていた。
そして古びた小屋の中の、椎茸の培養菌が驚きそうなほどの、咆哮の声を二人でほぼ同時に挙げ
て、絶頂の深い渦の中に沈み込んでいった。
迸りの心地のいい放出感を、これほどに感じたのは、僕も久しぶりのような気がしていた。
全身に気だるいような、気持ちのいいような疲労感みたいなものを感じながら、僕は祖母と二人
で緩い足取りで歩いていた。
「今さらだけど、雄ちゃん、何か用があってここに来たの?」
収穫した野菜を入れた小さな竹籠を、背中に抱えながら、祖母が僕に笑顔を見せて尋ねてきた。
「あ、う、うん。こ、この夏休みに世話になった、お寺の尼僧さんに、また頼みたいことあって」
とほとんどが嘘の答えをいって、顔を横に向けた。
「そう…あ、そういえば、その尼僧さんって、多分、今いないわよ」
「えっ、そうなの?」
「何日か前に、お寺の本堂の前で蹲ってるのを、誰かお墓参り来た人が見つけてね。隣村の病院に
入院してるって。婆ちゃんも、昨日の夕方雑貨屋の叔父さんに聞いただけで、まだ詳しくは知らない
んだけど」
「ああ、そうなんだ」
「大した病気じゃなかったらいいんだけどね。今日の夕方、買い物行くから叔父さんに聞いてみる
わ」
「うん、夏休みに僕も世話になったから、長い入院になるんだったら、僕も見舞いに行かないとい
けないかな?」
「もし、そうなら明日、二人で行ってこようかしらね」
尼僧の綾子の顔を、僕は久し振りに思い出していた。
平家伝説のレポートの件で世話になったのは勿論だが、祖母には話すことのできない秘密が、綾子
と僕の間には歴然とあった。
「うん、わかった」
神妙そうな顔で祖母には、取り敢えずそう応えておいた。
高校の同学年の紀子から唐突な電話が入ったのは、タイミングがよかったというか、祖母が雑貨屋
へ買い物に出かけている時だった。
「この頃、連絡も何もちっともしてくれないわね」
のっけから小言だった。
「何いってんだよ。そっちこそ学校で会っても無視してたじゃないか」
売り言葉に買い言葉で返すと、次は、
「今朝から電話しても出ないし、そっちこそ無視じゃない。で、今、奥多摩ですって?」
「お前、誰に?」
「あなたのお母様ですよ」
「チェッ、で、洋二は何だよ?」
「明日、私もそっちへ行く。東北行きの話とか一杯あるんだから」
紀子からの突然のいい出しに、
「え?えっ、な、何でだよ?いきなり」
と僕は思わず、驚きと狼狽えの声を挙げていた。
「平家伝説か何かの、お勉強のために行ってるんでしょ?だったら私も行って手伝ってあげるわ。
それとも何かやましいことしてる?」
「い、いいよ、来てもらわなくたって」
「もう、決めたの。明日の十時頃に着くように行くから、駅に迎えに来てて」
それだけいって、相手は一方的に電話を切ってきた。
口でいい合って勝てる相手ではないことを思い知らされて、居間で一人ふてくされていたら、祖
母が買い物袋を提げて帰ってきた。
村の物知りの雑貨屋の叔父さんの話で、尼僧の綾子の様子は急性の腸炎とかで、明日に二度目の
精密検査をするとかのことのようだったが、一度目の検査では癌とか悪性の兆候はないと聞いて、
僕は内心で少し胸を撫で下ろしていた。
僕の突然の来訪を喜んでくれた祖母は、夕食に好物のすき焼きを奮発してくれた。
その夜、いつもの僕の寝室に布団はなく、祖母の寝室に二人分の床が延べられていた…。
続く
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