月が替わって一週目の、祝日を挟んだ連休の初日の朝、遅い朝食を済ませた僕は、
昨夜にちょこっとだけ思った、紀子の叔母の益美に、ショートメールを送信してみ
た。
(昨夜、益美を夢に見て、抱きたくなったけどいるか?)
十六という自分の年齢を忘れたかのような、大人びた文面にした。
ダメ元という気持ちも多分にあったので、大してアテにもしていなかったのだが、
(何時に?)
という短い文字がすぐに返信されてきた。
(この前のクリームシチュー美味しかったから、昼で)
(了解)
田園豆腐までは電車でに十分くらいだから、一時間ほどの猶予があったので、机の抽
斗から何げにふいと思いついた青色のUSBメモリーを取り出し、ノートパソコンに差し込
んだ。
故吉野氏の私小説風の、文字だらけの画面を出し、あちこちにスクロールして探すと、
サブタイトルで「再会」という作文があり、書かれた時期はよくわからなかったが、祖母
の名前がよく出ていたので、僕はそこに目を集中させた。
(再会)
古村の携帯にあの竹野から連絡が入って、この前の埋め合わせをしたいといってきた。
何日か前に、面白い白黒ショー見学があるのでどうか、と竹野からの誘いがあって、私
は古村と二人で、指定された料亭の一室に出かけたのだが、病を抱える私のその時の体調
か気分が悪かったせいもあったのか、ショー自体に面白味がなかったのか、途中で気持ち
が失せて、最後まで観ることなく退散したことがあった。
そのことの埋め合わせとのことだったが、古村が私にいった、
「吉野さんが以前に、僕に身元を調べて欲しいといってました、ほら、あの奥多摩の古
い寺で、竹野に抱かれていた女性が来るらしいですよ」
の言葉に、私はうんもすんもなく了解していた。
妻を交通事故で亡くし、仕事も辞め、自堕落な生活を続けていた私の目と心に、強く大
きな衝撃を与えてくれた女性に、また会えるのです。
色白の小ぶりの顔に、目も鼻も唇もすべてが理想的な位置にあり、しかもすべてのかた
ちが美しく整っている、とでも表現したらいいのか、まだ名前も知らない彼女だが、私の
人生の中では、亡くなった妻との初対面の時よりも、もしかしたら衝撃は強かったのかも
知れないほど、私は心を揺さぶられていた。
そんな魅力的な人がどうして、見るからに狡猾で品位も品格もなさそうな、あんな竹野
みたいな人間と組しているのかが、私には非常な不満だったが、その竹野から、今回は特
別のサービスとかで、私と彼女の二人きりにしてくれるという、思いがけない条件だった
ので、私はある程度、また騙されるのを覚悟して、古村君に事情を話して、一人で奥多摩
の古い寺に出かけた。
竹野は彼独特の嗅覚で私の足元を見たのか、五万円という金額を吹っかけてきたが、私
の彼女に会いたい一心は強く、前払いで金を彼に渡してあった。
玄関チャイムを押したら彼女が出てくる、と竹野がいっていた通り、その女性は楚々と
した身のこなしで、静かに私を出迎えてくれ、居間に通してくれた。
玄関を入った時からそうだったが、小柄で華奢な体型の彼女の身体から発酵されてくる、
化粧だけではない芳醇な匂いが、もうすでに私の身体か心の、どこかの神経を微妙に揺さ
ぶってきていた。
彼女は薄い黄色のポロシャツにジーンズ姿で、特に着飾った衣装ではなかったが、それ
が違和感なく私の目に入り、それが私の気持ちを少し和ませていた。
「吉野です」
これという会話もないまま、座卓の上にお茶を出してくれた彼女に、私は自分から先に
名前を名乗った。
「あの、昭子です」
一呼吸おいてから、彼女は切れ長の目を伏せて応えてくれた。
こういうところでの、根掘り葉掘りの話はがさつになるのは、私も何となく心得ていた
ので、口数も少なめで彼女の顔の表情や仕草を見ていたのだが、
「あ、あまり、そういう風に見られると…恥ずかしいです」
と彼女が色白の顔を赤らめながらいってきたので、
「や、こ、これは申し訳ない」
と今度はこちらが、耳朶を赤くするという、まるで見合いの席のような、妙な雰囲気に
なっってしまっていた。
「あの、お風呂よかったら沸いてますのでぞうぞ」
そんな妙な雰囲気を掻き消すように、昭子さんはやはり視線を避けたままで、唐突にい
ってきた。
ユニットバス風の浴槽は、足を伸ばしては入れない狭さで、洗い場もそれほど広くはな
いスペースだった。
私が身体を洗って浴槽に浸かった時、浴室のドアが突然開いて、真っ白な裸身の昭子さ
んが何の予告もなしに入ってきた。
こちらからかける言葉が思い浮かばず、私は少年のように目をあちこちにうろつかせて
いたのだが、昭子さんからも言葉はなく、湯気の立ち上がる狭い室で、大の大人二人が目
を避け合うようにして狼狽えていた。
「入っていいですか?」
昭子さんが申し訳なさげな顔で、私にいってきた。
「あ、ああ、狭いですけどいいですか?」
昭子さんが小柄な身体のせいもあって、狭い浴槽にどうにか二人の身体は座ることはで
きたが、肌と肌の接触は否応なしに避けがたく、手、腕、足のどこかが触れ合うかたちと
なり、何よりもお互いの顔と顔が数十センチの近さにあるのが、私の気持ちを大いに動揺
させ、戸惑わせた。
不思議というか、思ってもいなかった事態が、私の身体に生じていた。
妻を亡くしてからの数年、何人かの女性にも接し、卑猥な画像を見ても、一度も勃起す
ることのなかった私の下腹部のものが、自分でもわかるくらいに脈々と波を打ち出してき
ていたのだ。
この信じ難い事態に私は内心で大いに驚いていた。
目の前の、もう六十は過ぎているという昭子さんよりも、歳も若く見るからにセクシー
な身体つきをした女性との、こういった交流をしてきて、一度として然したる反応を見せ
なかった自分のものが、これほどの躍動状態になったことは、私にとっては奇跡以外の何
ものでもなかったのだ。
その奇跡の興奮は、六十代半ばを過ぎた私の心にまで伝播してきていて、自分から数十
センチ前の昭子さんの、湯気で少し上気してきている色白の顔に、私は顔を近づけていっ
た。
彼女と少しの間だけ視線が合った。
私の顔がさらに近づき、唇に唇が触れ合う少し前に、その目は閉じられた。
代わりに私の唇に心地よい感触が伝わってきた。
今までそういうことは一度もしたことのない私だったが、薔薇か百合の花びらに唇をつ
けたら、きっとこういう感触なのかと思えるくらいの、気持ちの良さを私は感じていた。
唇の柔らかな皮膚を割って、舌先を歯に当てると、小さな隙間ができた。
私は自分の舌をさらに口の中へ差し込むと、昭子さんの濡れそぼった舌が、まるでそれ
を待っていたかのように、優しげに絡みついてきた。
狭い浴槽の中で、二人の顔と顔が、唇を重ね合ったまま右左に揺れ動いた。
私の手が自然に、昭子さの身体の下に下りていき、乳房の膨らみを捉えると、閉じられ
た口の中で、彼女が何かを感じたように、ううっと小さく呻いたのがわかった。
「あなたにお会いするの二度目です」
唇を離してすぐにそういうと、
「え、ええ…」
と小さな声で短くいって、すっかり汗の滲み出た顔を、恥ずかしそうに俯けて、
「お、お恥ずかしいところを…」
そういってまた黙ってしまった。
「湯が熱いのか、気持ちが熱くなってきているのか、上せそうになってきました」
私が冗談口調でいうと、
「お背中でもお流ししましょうか?」
私が浴槽から立ち上がった時、彼女は顔を上げてそういってきたのだが、自分の目の前
にいきなり現れ出た、私の下腹部のものに少し驚いたように目を見張り、暫し身体の動き
を止めていた。
私の下腹部のものは、自分自身でも驚くほどの硬度を露呈していた。
長く知ることのなかった屹立感に、私は思わず昭子さんの頭に手を置いて、あることを
暗黙に指示していた。
昭子さんの手の細い指が、私の何年振りかの屹立にゆっくりと添えられてきた。
彼女の小さな口の中に、私のものはゆっくりと含み入れられ、忽ち私は立ったままで有
頂天の気持ちになった。
ああ、この人に会ってよかった、と私はしみじみと思った。
妻との結婚当初の時に、彼女の身体を抱いていつも思った、あの恐悦的な感覚と全く同
じだと、私は心密かに思っていた。
もうここで、昭子さんの身体を思いきり抱き締めて、奇跡の回復を成し遂げた自分のも
のを刺しつらぬきたいと、私は心底に思ったが、何年振りかのこの心地いい気分に、もう
少し浸りたいとも思った。
だが昭子さんをこのまま、熱い湯の中に座らせておくのもと思い、後顧の憂いを少し残
す思いで洗い場に片足を置いた。
彼女が浴槽から立ち上がって、また恥ずかしそうに顔を俯けて、徐にいってきた。
「あの、お、お願いがあります…」
「はい?」
といって私が彼女のほうに振り返ると、
「わ、私の…し、下のほうの毛を…剃ってもらえません?」
と突飛もないことをいってきた。
「えっ?」
と私は思わず聞き返していたが、男の私の目は自然に彼女の股間の漆黒に向いていた。
これはもしかしたら、あの竹野から命令されていることなのだろうと、頭の中では理解
していたが、そこまでする必要はないという厳とした正義感よりも、その時の私には、男
として再起復活した浮かれた悦びのほうが大きくあり、不埒な邪念のほうに気持ちが傾倒
してしまい、彼女からの申し出を私は受諾していた。
私が洗い場に座り込み、昭子さんが浴槽の縁に腰を下ろして、石鹸を彼女の股間の漆黒
部分に満遍なく塗り込んで、
「いきますよ、動かないでくださいね」
と彼女に念押しして、男性用の簡易剃刀を彼女の肌に当てていった。
ぞりっという音がした時、昭子さんの顔が微妙な歪みを見せたが、私が不始末をして彼
女の肌を傷つけたというのではなかった。
長年、精密機械を弄ってきた私は、手先は器用なほうだった。
剃刀の刃を当てるのに難しい箇所もあったが、無事に作業を終えて湯で石鹸を流すと、
あるべきところにあるべきものがなくなっていて、見えなかった部分が明瞭に見えてきた
りして、六十を過ぎた男の目は多分、淫猥色の点になっていたのだと思う。
そんな私の淫猥な視線に気づいたのか、
「ああ…は、恥ずかしいわ」
昭子さんが手で口を抑えてくぐもった声を出してきた。
漆黒に覆われていた、女性の身体で最も隠したい秘所が、白日に晒されるという恥辱感
が、彼女の全身を襲ってきている感じだった。
「ああっ…だ、だめ!」
昭子さんの口から一際高い声が挙がったのは、私の顔がいきなり彼女の晒し出された秘
所に、かぶりつくように埋まっていった時だった。
私自身が自分のその行動に、少し驚いてもいたのだが、私の男子としての本能までも、
彼女の女としての妖艶な魔力は、引き出してくれていたと思ったのは後になってのことだ
った。
風呂を出て、居間の隣室の八畳間に案内されると、布団が敷かれていた。
私も昭子さんも、予め用意されていた和風旅館によくある浴衣姿だった。
布団の中に先に潜り込んでいた私の下腹部は、時間の経過もあり萎えてしまっていた。
寝化粧を終えて昭子さんが布団に入ってきた時、私の胸の中の微かな不安と危惧は、彼
女の全身から妖しく発酵されている、匂いを嗅いだ時に一掃されていた。
びくんという音が聞こえたかのように、私の下腹部に、浴室の時のような躍動と脈動が
復活し始めていたのだ。
「昭子さん、お世辞でも何でもなく、あなたに会えて私は本当に嬉しい」
私の口から自然にそんな言葉が出ていた。
それは単に、何年振りかで自身の男性復活ができたという喜びだけではなく、老齢では
あるが一人の男性として、亡くなった妻以外に初めて、ときめきというものを感じさせて
くれたことへの感謝の思いのほうが強かった。
今はもう、彼女の遍歴については詳しくは聞くまいと、私は心に念じて、手を静かに昭
子さんの胸に伸ばしていった。
浴衣の布地を通して、彼女の乳房の柔らかみが伝わってきて、それだけで私の気持ちは
少年が少女に恋してときめくような、心地のいいざわめきを覚えていた。
六十半ばという自分の年齢には、およそふさわしくない純な思いの中でも、自分の下腹
部のものが、じわじわと反応してきていることを知って、古い言葉の表現になるが、私は
欣喜雀躍した思いになっていた。
私の顔のすぐ前で、美しい表情で顔を歪める昭子さんを見て、私の男としての興奮はさ
らに増幅していた。
この人が自分には、最後の愛する人となる、という茫洋とした思いを抱きながら、私は
彼女の白過ぎる裸身に、老いた全身を沈み込ませていった。
祖母と吉野氏の純愛物語を読み終えた後、僕の頭の中からいつに間にか、紀子の叔母の
益美を訪ねるという思いが消滅してしまっていた。
単純な僕の頭の中を、入れ替わるように占拠してきたのは、当然の如く祖母の儚げな憂
いの顔だった。
益美の作ってくれるクリームシチューに多少の未練はあったが、僕の手は勝手に動きい
て、スマホの画面に益美を呼び出し、勝手に文字を打ち出していた。
(学校から文化祭の準備の件で、急な呼び出しがあった。クリームシチューと、益美の
唇はまた今度で。ごめん)
気がコロコロと変わるのが少年の特性だと、自分で自分を納得させながら、益美にませ
たメールを送信して、僕は室を出て、狭い庭先で洗濯物を干していた母親に、
「夏休みの宿題で世話になった、奥多摩の寺の住職さんから電話あって、平家伝説で新
しい資料が見つかったので、見て欲しいって連絡もらったんで行ってくるわ」
と考えてもいなかった虚言をすらすらといって、思わぬ気まぐれから出た旅行の準備の
ため、また室に戻った。
用意を終えて階下に降りると、母親が玄関に出てきて、
「婆ちゃんとこで泊ってくるんでしょ。これ、私が編んだセーターで宅配で送ろうと思
ってたんだけど、持っていって、宅配屋さん」
といって紙袋を渡してきたので、
「電車に忘れたらごめん」
といい残して家を出た。
祖母への連絡はしていないままだった…。
続く
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