(祖母・昭子 番外編)
多鶴子が暴力団組長の春日に犯され、その後組員の男たちの何人かの凌辱を受けて、深い
慙愧と悔恨と打ちひしがれ、悲嘆の思いで帰宅したあの日から、五日の日が過ぎた。
二日ほど、多鶴子は体調が悪いといって寝込んだ。
娘の由美には風邪を引いたのかも知れないと、当然のように嘘をついた。
母親から娘に噛んで砕いて、あの日の夜の煉獄の修羅場の経緯など、如何なることがあっ
ても話せるわけがなかった。
父が中学校の教師で、母は地方公務員という家庭の一人娘として生まれ、短期大学を卒業
して、母と同じように自分も地方公務員の道を目指し、四十年近く奉職してきた自らのつつ
がない人生を、立った一夜の過ち、それも自らの意思では毛頭なく、悪魔の手先のような男
たちの淫猥な姦計に嵌り、不覚にも身を汚してしまったことは、慙愧と悔恨以外の何もので
もないと、寝込んだ一日二日は、誰にも話すことのできない、落胆と悲嘆の思いの中で多鶴
子は悄然とした時を過ごした。
三日目ぐらいにはどうにか起き上がり、簡易な家事仕事はこなせるようになったのだが、
多鶴子の心の中に、自分自身も思ってもいなかった新たな苦悩が、心だけでなく身体にまで
巣食うようになったのだ。
床に伏せていても、台所で食器の洗い物をしている時でも、予想もしていなかった苦悩が、
何の前触れもなしに、突如として湧き出てくるのだった。
それはあの日の夜の、淫猥極まりない出来事だった。
ある日の夜、寝室で布団の中に入り、いつものように十数分ほどの読書を終え、スタンド
の灯りを消して間もない頃、何げに自分の手を胸に置いた時、ふいに頭の中に小さな稲妻の
ようなものが過った。
胸に意思もなく置いた手が、パジャマの布越しに、自分の乳房の膨らみを五本の指で挟み
込むように捉えていた。
乳房からの小さな刺激が稲妻になって、多鶴子の全身を異常な速さで駆け巡っていた。
多鶴子の脳裏に浮かんだのは、あの煉獄の修羅場にいた春日の顔だった。
多鶴子の意識の中に、これは何かの錯覚だという気持ちがあったが、自分の乳房を掴んで
きている手が、どこの時からか春日の手になっていた。
憎悪と嫌悪しかないはずの、春日のサングラスをしたあの顔が、多鶴子の脳裏に浮かんだ
時、彼女の喉の奥がくんと小さく鳴り、熱を帯びたような吐息が閉じていた口から漏れ出た。
忽ち、多鶴子の全身が火のように熱くなった。
胸に置いた手に、多鶴子はさらに力を込めていた。
自分の意思がそうさせているのかどうかが、希薄になりかけていた。
続いて、自然な動きのように多鶴子の手が、自分の着ているパジャマの前ボタンにかかっ
ていた。
多鶴子の心のどこかが制御するのを振り切るように、彼女は手に握ったボタンを上から順に
外していった。
ブラジャーをつけていない、膨らみの豊かな乳房が、灯りの消えた暗闇の中で露わになった。
自分の手を直接、乳房の肌に触れさせた予期、
「あ、あん…」
と言葉にならない声が、多鶴子の口から漏れた。
どこからかわからない熱情が、多鶴子のややふっくらとした全身を、何かの幕を張るように
包み込んできていた。
こういう感情の湧き出しは、六十年を女性として生きてきた多鶴子には初めての体験だった。
多鶴子は、結婚は二十三歳の時に、中学校の教師だった父の取り持ちで、やはり教師をして
いた男性としていて、処女の身を夫となる人に捧げた。
多鶴子が知っている男性は夫一人だった。
由美という娘も生まれ、それだけで充分な人生を過ごしてきた多鶴子に、自分で自分の身体
を慰めるという行為などは、元より知る由もなかったし、知らなくても何の支障も弊害もなか
ったのだ。
昨今どこにでもある、男女の乱れた遊興の世界とは、まるで無縁な位置にいた多鶴子を、暴
力団組長の春日の磨き抜かれた手練手管は、一夜にして艶めかしい女として、目覚めさせてし
まっていたのだ。
多鶴子は最早、歯止めが利かなくなった牝犬のようになりつつあった。
頭に浮かび出るのは、あの冷徹そうな細い顎をした春日の、サングラスをした顔だけだった。
衣服を剥ぎ取られ、下半身を恥ずかしく露呈され、いきなりのつらぬきを受けたあの時の衝
撃と、その後にどこから湧き出てきたのかわからない、生まれて初めて感じたといってもいい、
女としての官能の悶えが、布団の中で自らの手で、自分の乳房を卑猥に揉みしだく多鶴子の理
性を踏みにじり、踏み消そうとしてきているのだった。
やがて多鶴子の片方の手が、自分の下腹部に這うように伸びていった。
手はパジャマのズボンとショーツをいきなり通り越して、漆黒の下に潜り込んでいた。
いつ湧き出たか知らない、そこからの滴りが多鶴子の指をすぐに濡れそぼらせた。
「ああっ…」
枕の上で多鶴子の、襲い来る喜悦を打ち消そうと必死の顔が、幾度となくのけ反り、そのた
びに口から喘ぎ悶えの声が、室から漏れそうなくらいに大きくなり出していた。
この辺りはもう、多鶴子も自分が自分でなくなっていることにうすうす気づいているようだ
ったが、それを制御する、六十という年齢を重ねた理性の力の衰退は明白になっていた。
手と足を使って、多鶴子はパジャマの下とショートを脱ぎ下ろしていた。
いつの間にか、上半身のパジャマは布団の外で、原型をなくして包まっていた。
暗闇の中で、多鶴子は掛け布団を跳ね除け、全裸の身で乳房と下腹部への自慰行為を飽くこ
となく繰り返していた。
ここに誰か男の人がいて欲しいと思った。
それが、あの春日なら嬉しいとさえ、多鶴子は本心から思うようになっていた。
自分を一方的に凌辱したはずの、あの春日が恋しいと、布団の上で身を焼き焦がしながら、
多鶴子はめくるめく思いで全身を蛇のようにのたうち回らせていた。
多鶴子は闇の中で、四つん這いになっていた。
自分の両手で臀部の柔肉を掴み、
「あっ…だ、誰か、こ、ここへ入れて!」
とくぐもったような声でいって、尻肉の裂け目を闇の中に思いきり晒した。
燃え残った木が燻って、いつまでも煙を出し続けるようなジレンマのような思いを残して、
多鶴子は長く眠れないまま夜を明かした。
内心で待ち望んでいた、春日から思いがけない電話が入ったのは、その日の午後だった。
「お前のむっちりとした身体が欲しくなった。今夜、八時に来れるか?」
その声を聞いて、多鶴子は自分なりの体面を考えた。
私はこの春日に犯され、奴隷になると誓わせられた。
これに逆らい抗うことは、また娘夫婦によからぬ危害を及ぼす。
子の親たる自分が身を挺すればいい。
昨夜の恥ずかしい身悶えは、一時の気の緩みと迷いだったのだ。
自分が毅然とさえしていれば。
諸々と小理屈か屁理屈を頭に浮かべたが、多鶴子の正直な身体の中は、焚き出した湯のよ
うに赤く沸々としていた…。
続く
※元投稿はこちら >>