「ふふ、でもおかしいわよね」
奥多摩からの帰りの列車の中だった。
俶子が何かを思い出したように、薄笑いをしていった。
「何がだよ」
窓外の景色に目を向けながら、僕が問い返すと、
「高校教師とその教え子…と教え子の祖母って、ちょっと想像つかないわよね」
俶子は昨夜のことをいっているようだった。
「不思議なんだけど、あれだけのことして、私、ちっとも罪悪感なんて感じてない」
昨夜、僕が思ったことと同じ感想を、俶子もいみじくもいったが、敢えて同調のの意見
はいわず、
「もういいよ、その話は」
と逆に話を途絶えさせた。
「好きなあなたと一緒だったからかな?…でも、あなたのお婆様って、ほんと素敵なか
たね。私、一ぺんで大好きになっちゃった」
「婆ちゃんも俺に同じこといってた」
「今度はあなた抜きで行ってみよっと。あ、そうそう、あなたにいわなきゃって思って
て、つい忘れてたわ。一昨日だったかな、教頭のところへ、大手芸能プロダクションの取
締役が来てね。あなたの彼女の、村山紀子さん、テレビのCMタレントとして使いたいので、
インタビューとか撮影のお願いに来たみたいよ」
「へええ、あいつをね。物好きなプロダクションもあるもんだな」
俶子が名前を出したそのプロダクションは、芸能オンチの僕でも名前を知っている大手
プロダクションで、男女を含めて何人ものアイドルグループをかかえているところだった。
この前の高校総体で、陸上の記録より、マスクとスタイルの良さで、俄然注目されるよ
うになったとのことだ。
「彼氏として何かご感想は?」
俶子が茶化すような口調で聞いてきたので、
「俺には沢村俶子っていう、ちょこっと歳繰ってるけど、可愛い彼女いるから、何も」
と返してやったら、
「年上の女相手に、そういうことを臆面もなしにいえるあなたが、憎らしいけど好き」
馴染みの駅に着いて、俶子と別れる寸前に僕のスマホが鳴った。
画面を見て僕がすぐにスマホをポケットに仕舞うと、
「噂の人?」
とホームを並んで歩いていた俶子が、また冷やかすようにいってきたので、
「もっといい人だよ。じゃあな」
といって、僕は俶子に手を振って別れた。
専用の公衆電話ボックスまで来て、僕はスマホのボタンを押して、
「何だよ?」
と開口一番にいった。
「愛想のない声ね。もう切ろかな」
「お前が電話してきたんだろ?」
「恋人にはもう少し優しくしないと、逃げられるよ」
「誰が恋人なん?」
「紀子」
「いつから?」
「もういい。福島行きの予定組めたから教えてあげようって思ってたのに」
「あ、そう。教えて」
「私たちが泊まるの、宮城の仙台にした」
「福島じゃないの?」
「福島は私だけ行くの。あなたは半日、一人になるのよ」
「なんじゃそりゃ」
「両親と祖父に紹介して、その後、二人で一泊旅行っておかしいでしょ」
「恋人同士ならいいじゃん」
「バカ。私は真剣なのに、もう嫌い」
そこで紀子を本当に怒らせてしまい、電話を切られた。
折り返してかけ直そうと思ったが、またくどくどといわれそうなので止めた。
その日の晩飯は、作った母親のせいではなく、不味くて味気なかった…。
続く
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