茶色のコート姿の女は、国語教師の沢村俶子だった。
僕は言葉も何も、駅舎を出たところで、氷結人間のように全身が固まってしまい、足の一歩
も動かせず、唖然呆然とした顔で、前から歩いてくる俶子を見つめていた。
「やあ、ごめんね、驚かせちゃって」
気軽な所作で片手を上げて近づいてきた俶子は、眼鏡の奥の目と口元を明るく緩ませて、嬉
しそうに笑みの表情を浮かべていた。
「あ、ああ…」
顔を変に歪めて、僕はそれだけの言葉を返すのがやっとだった。
横にいた祖母は当然に僕の異変に気付いて、訝しげな眼差しで僕を見て、茶色のコート姿の
女性に目を向けていた。
俶子は僕の前に立って、眼鏡の顔は祖母のほうに向いていた。
「こんにちは。すみません、突然に現れて。私、上野雄一君の通う高校で、国語を教えてい
ます、沢村俶子と申します。あの、上野君のおばあ様で?」
にこやかな笑みを浮かべたまま、さすがに高校教師然とした澱みのない口調で、俶子は祖母
に頭を軽く下げて挨拶した。
何かをいわなければと思った僕だったが、まるで予期していなかった急な場面展開に、僕の
若い脳みそが全く付いていけないでいた。
「あの、先日もこの上野君とこちらの高明寺さんでしたか、そこの尼僧さんをお訪ねしまし
て、そのお寺に纏わる平家の落人伝説の件でお邪魔してるんです。その時にも、上野君とお婆
様の家に寄る予定でいたんですけど、生憎、列車の時刻が迫っていて、失礼をしました。今日
も本当は、その落人伝説の再調査で、彼と一緒に来る予定でいたんですけど、彼が何か所用が
あるとかだったので、私一人でお寺を訪ねての帰りなんです」
俶子は前もって用意していたかのように、一度も詰まることなく、これまでの事情も含めて、
祖母に丁寧に説明していた。
「それはそれは、何かと孫がお世話になりありがとうございます」
概ねの事情を察した祖母は、どうにか緊張から脱したように顔を和らげ、恐縮至極の体で何
度も国語教師に頭を下げていた。
俶子の、僕への手助け的な言葉もあって、どうにか正常に戻った僕が、彼女に向けて声をか
けようとした時、
「あの、先生は今からもうお帰りですか?もし、よろしかったら、古くてむさ苦しい田舎家
ですけど、お寄りになって、何もございませんですけど、お食事でも」
と祖母が、僕にしたらいわずもがなのことを、真顔で持ちかけていた。
このまま俶子をここで見送ったほうが、完全に無難な策だと思っていた僕の思いを砕くよう
なことを、祖母は祖母なりに、孫が日頃何かと世話になっている教師への、せめてもの気配り
の思いから発したのだと思うと、僕はただ口を噤むしかなかった。
この駅からの最終列車は八時四十二分だから、それまではどうにか持ち応えようと僕は覚悟
して、俶子に向けて複雑混じりの笑みを送った。
祖母は僕と神聖な聖職者である、国語教師の俶子との関係を知らない。
俶子は僕とは血縁の極めて深い、祖母との関係を知らない。
この狭間で、一人懊悩しているのは僕だけだった。
そんな関係の中で、三人での夕食の味気なさは、多分、体験者の僕以外には誰もわからない
と思う。
しかし、祖母と俶子のほうはあに図らんや、初対面の緊張が取れると、お互いのどこが気に
入ったのか、二人同士の会話と笑顔が、風船が膨らむように弾み、僕だけ除け者にして際限な
く続き、挙句の果てに、俶子がここに泊っていくという、僕には極めて面白くない事態に進展
質ったのだった。
総じて僕が思ったのは、国語教師らしく語彙力の優れた俶子が巧みな筋立てで、何事にも控
えめな祖母の気持ちを和らげたり、楽な気分にさせているという感じだった。
女同士二人の天下は、しかし長くは続かなかった。
夜遅くに僕は、男一人で奮起奮闘した。
三人が三つの室に分かれて寝た。
布団に潜り込んでいた僕は、午前零時に起き上がり、最初に俶子の室に向かった。
戸を開けた時、スタンドの灯りが点いたままになっていたことで、僕は俶子が起きていること
を半分以上確信した。
俶子は祖母から借りた寝巻姿で、忍び入った僕に背中を見せるようにして横たわっていた。
俶子の背中に自分の胸を突き当てるように、僕は身体を寄せていった。
女特有の匂いが僕の鼻孔を強く刺激してきていた。
腕を俶子の胸に廻し、素早く寝巻の襟の中に潜らせると、彼女が短く小さな鼻声を漏らした。
寝巻の襟の中へ潜り込んだ僕の手が、俶子の乳房の膨らみを掴み取っていた。
そこで俶子の身体が動き、閉じていた目が開いた。
「来てくれて嬉しい」
そういって俶子は、僕の首に腕を巻き付けてきて、自分から唇を僕の唇に重ねてきた。
「もっといいことさせてやる」
そういって僕は俶子の寝巻の襟を、肩まで見えるくらいにはだけて、柔らかな膨らみに顔を
埋め込んだ。
舌で俶子の乳首を舐めてやると、もうそこは固くし凝り出していた。
僕の来ることを密かに待っていた、俶子の身体はもうどことなく熱っぽかった。
「いいか、今から、そうだな、二十分か三十分くらいしたら、あき、いや、俺の婆ちゃんの
寝てる室に来い」
僕のその声に、俶子は思わず口を開け、目を大きく見張らせた。
「そういうことだ。一緒に抱いてやる」
唇に唇を軽く重ねてやって、僕は俶子の布団から離れた。
祖母の室の戸を、僕は静かに開けた。
灯りは天井からの小さな豆電球だけだ。
布団に姿勢よく仰向けになって、祖母は僕の侵入もまるで気づいていないようだった。
朝から墓の建立式やら、弁護士相手の小難しい話の中に巻き込まれたりして、小柄で華奢な
身体は、相当に疲れているのかも知れないと思いながら、俶子の時と同じように、僕は祖母の
布団の中に身体を滑り込ませた。
俶子とは少し違ったが、女の身体の匂いが僕の鼻先をつき、下腹部に刺激と興奮の火種を送
ってきた。
祖母は薄緑一色のパジャマ姿だった。
つんと尖って上を向いた、祖母の小さな鼻の穴から、安らかな寝息が漏れていた。
僕は手をいきなり祖母の胸の上に置いた。
ブラジャーをしていなくて、パジャマの布越しに、柔らかな膨らみの感触が僕の手に伝わっ
てきた。
祖母の髪に隠された耳の辺りに、ふっと息を吐いてやり、胸に置いた手に少し力を込めてや
ると、切れ長の目の端が震えるように動いたかと思うと、その目がぱちりと唐突に開いた。
顔を横に向けた祖母の目と僕の目が合った。
色白で小ぶりの顔に、驚きの表情が出ていた。
自分の手を、胸に置かれている僕の手に強く重ねてきて、
「だ、だめよ…き、今日は」
細い首を激しく振って、祖母は拒絶の仕草を見せた。
かまわずに僕は顔を起こし、祖母の唇を強引に塞ぎにいった。
声を出そうとしていた祖母の歯は開いていて、僕の舌は容易く口の中に押し入った。
甘酸っぱいような匂いと空気が、僕の口の中に広がった。
長い間、僕は塞いだ唇を離さないでいた。
狭い口の中で逃げ惑う祖母の小さな舌を、僕は鬼ごっこの鬼のように追い回し弄んだ。
ふいの来客がいることで、声も出せず、僕にされるがままでいた、祖母の身体から力が抜け
ていく感じがあった。
それを機に僕はそそくさと、祖母のパジャマの上下を脱がし、ショーツの小さな布地も剥ぎ
取り、自分も急いた動作で素っ裸になった。
祖母の両足を割り開き、その間に僕は自分の身体を置いた。
肌理が細かく、どこを触っても滑らかさのある祖母の肌は、すでに僕の下腹部へいきり立つ
ほどの興奮と刺激を送り続けてきていた。
祖母の身体の攻略の奥の手を、僕は早くも駆使し始めていた。
もう間もなくここに来る俶子のこともあったので、祖母を全裸にして間もない頃から、僕は
彼女の左の乳房への愛撫を、ひたすら丹念に繰り返していた。
そこが祖母の身体の、どこよりも敏感で、女として弱い部分だったのだ。
もっというと、左の乳房の上の、膨らみ部分にある小さな黒子を舌で舐めてやると、祖母は
理性も分別も何もかも失くして、悶え喘いでしまうのだった。
「ああっ…ど、どうして、そこばかり」
声を噛み殺して、祖母は恨めしげな視線を僕に投げつけてきていた。
腰を少し動かすと、僕のいきり立った怒張の先端が、すぐに目標物を捉えた。
迷うことなく僕は腰を真っ直ぐにおし進めた。
忽ちにして湿潤とともに、何もかもを溶かしてきそうな心地のいい圧迫が僕のものを、幕を
張るように包み込んできた。
口元を手で強く抑え込んで、祖母は自分の口から出そうになる、喘ぎと悶えの声を防いでい
た。
僕が祖母の乳房から顔を上げ、ゆっくりだった腰の動きを早めようとし出した時、寝室の戸
が音もなく開いて、寝巻姿の俶子が静かに入ってきた。
戸を背にした、俶子の目が大きく見張らいていた。
祖母は目を閉じたまま、自分の声を抑えるのに必死で、まだ俶子の侵入には気づいていない
ようだった。
僕は俶子のほうに顔を向け、寝巻を脱いでこっちへ来いと目で誘った。
俶子はいわれた通りに、その場で寝巻を脱ぎ、恐る恐るの動きで、僕の横で膝を曲げて座り
込んだ。
僕は片手で俶子の肩を掴み取って、口に当てたままの祖母の顔の上に、俶子の顔を近づけた。
祖母の目が何かに気づいたように開いた時、僕は祖母を突き刺している腰に、思いきり力を
込めて強く突き立てた。
「あっ…ああっ…な、何っ!」
祖母の目は正しく、驚愕そのものの目になっていたが、身体の下から襲い来る刺激の強さが
勝ったのか、口から言葉が出なくなっていた。
ここぞとばかりに、僕は若さに任せて、祖母の小柄な身体を激しく突きまくった。
祖母の喉の辺りで、声のようなものが出ているようだったが、それが口からの声にはなって
いない感じだった。
あるところで僕は、故意的に腰の動きを止めた。
「キスしてやれ」
信じられないものを見て、驚きに身を竦めるようにしていた俶子に、僕は命令口調でいった。
三十代半ばの俶子という女は、まさか自分でそう決めているのでもないのだろうが、僕の命
令には、いつでもどこでも絶対服従の姿勢をとっているようだった。
僕が暴力か何かで強制的にそう仕向けたというのではなく、自然な従順を貫いているという
感じだった。
今もそうだ。
自分から祖母の顔に顔を近づけていき、そのまま止まることなく、ぜいぜいと喘いでいる祖
母の唇に、自分から唇を重ねにいった。
僕の激しいつらぬきを受けた祖母に、俶子の唇から逃げる余力はほとんどなく、俶子にされ
るがままの状態で、互いの舌が妖艶に絡み合っているのが見えたりした。
俶子の手が祖母の乳房を這い、いつの間にか祖母の手も俶子の乳房を優しげに揉みしだいて
いた。
これはと思い、僕は一旦、祖母の身体から離れ、布団の横に退いた。
入れ替わるように、俶子の身体が祖母の身体に覆い被さった。
しかもお互いの頭の向きが違っていて、俶子の顔が祖母の股間に向き、祖母の顔の上に俶子
の股間が迫るという態勢で、二人はやがて、僕がいることも忘れたかのように、お互いの秘所
への愛撫に没頭していった。
祖母も俶子も、レズビアンの体験があることは、僕も知っていた。
僕は途中で立ち上がり、室の照明を明るくしたのだが、二人は最早、羞恥の心も忘れたよう
に、抱き合い求め合いして、身体だけでなく気持ちまでも深く通じ合わせていったようだった。
この妖しげな光景を、最後までじっくりと鑑賞していられるほどの我慢は、若い僕にはなか
った。
二人が激しく絡み合っている途中で、僕は祖母の身体を、俶子から引き離すように奪い取っ
て、いきり立ったままになっている僕のものを、我武者羅な動きで突き刺した。
突き刺されている祖母は四つん這いだった。
横にいた俶子が身体を起こすようにして、僕に抱きついてきて唇を思いきり強く重ねてきた。
下のほうで祖母が、僕の腰の動きに呼応して、喘ぎ声を間欠的に挙げ続けていた。
俶子の右か左かわからない乳房を、僕の手が揉みしだいていた。
祖母と俶子の身体が、同じ態勢で入れ替わった。
今度は俶子の激しい悶え声が、僕の腰の律動に呼応してきていた。
三人では狭い六畳間で、くんずほぐれつの絡み合いが果てしなく続き、最後に僕はどこで果
て終えたのかもよくわからないくらいになっていた。
煌々とした灯りの下で、一つの布団に三人が川の字になって、誰もが言葉を忘れたように黙
りこくっていたが、僕の心には不思議に、不浄感とか背徳感といった感情は何一つ湧いてはい
なかった。
多分、二人の女性たちも同じだろうと思っていた。
普通の人から見れば、この三人の神経は異常以外にないといわれるのだろうが、そんなこと
は、この三人の誰もが気にしていないことで、明日には明日の顔になって、普通に生きていく
のだろうと考えていたら、急に眠たくなってきて、僕は二人の女性たちにかまうことなく、そ
のまま深い眠りに落ちていった。
寝る寸前くらいに、顔をフグのように膨らませ、誰かに怒っている紀子の顔がちょこっとだ
け浮かんだ。
誰かというのは、おそらく僕だ…。
続く
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