鳴り響いているスマホに、手を伸ばそうとせずにいる、僕を訝るように見つめていた俶子の目
が小さく煌めいて、口元に茶化すような笑みが零れ出ていた。
片手を前に差し出してきて、出たら?ともう一度茶化すような視線を投げてきたので、僕は面
倒臭そうな貌をして、スマホを手に取った。
ボタンを押すと、すぐに邪気のない快活な声が、僕の耳に飛び込んできた。
「雄ちゃん、何してる?」
「あ、ああ、今、と、図書館だよ。着いたばかりだ」
我ながら上手い思い付きだと思った。
これなら電話も早く切れると自画自賛していたら、
「電話のできるとこ探して、電話して」
「バカか、お前。図書館にそんな場所あるわけねえだろ。それに外は雨だし。用件だけいえ」
「長くなるからいい。またにする」
「悪いな、じゃ」
僕のほうをずっと見続けていた俶子が、冷やかすような目と声で、
「村山さん?」
で聞いてきた。
僕が少しの間、返答に窮していると、
「最初の、雄ちゃんって呼ぶ声、あれ、村山さんじゃない。隠さなくたっていいわよ」
「…………」
「へぇ、あなたたち、そんな仲なの?」
「仲なんてもんじゃないよ」
「そうやってムキになるのが、余計怪しい。でも、あなたの二面性の性格の表側の彼女として
は最高の女性ね、あの子」
「何いってんだか」
「私なんか、裏側の愛人だもの。ううん、嫌味でいってるんじゃないのよ。そういう純粋なと
ころを、ちゃんと残してるあなたを私は好きなんだから」
「ジキルとハイドみたいにいうなよ」
「人間、多かれ少なかれ、誰もが二面性は持ってるのよ。その使い分けが自然にできるか、で
きないかだけよ」
「俺は褒められてるのか?」
「べた褒めよ。ね、ベッドへ行きましょ…」
眼鏡の奥の目を妖しげに潤ませて、椅子から立ちかけた俶子に、
「そこで、服を全部脱いでいけ。あ、ブラだけ残してな」
と俶子が性格分析したことを、僕は実践するように命令していた。
「はい」
俶子は短く応えて、着ていた服をブラジャー一枚だけ残して脱ぎ払って、自分の寝室へ足を向
けていった。
僕もその場で着ているものを、全部脱ぎ払った。
目の前に俶子のノートパソコンが開いたままになっていて、文字がびっしりと埋まっていた。
野中由美さん、あなたの切迫した名文は、あなたの友人の俶子と僕との起爆剤にしか、今はな
っていないようですが、いつか必ずいい方向に行くことを願っています、といい残して、僕は素
っ裸で、俶子の待つ寝室に、興奮の証を見せて入っていった。
僕の滾り立った興奮の証を見た俶子は、ブラ一枚の裸身を起こしてきて、ベッドに仁王立ちを
した僕の下腹部に、眼鏡の顔を強く押し付けてきた。
口の中深くにまで俶子は、僕のすでに固く屹立したものを含み入れて、顔を上に向けてきた。
その顔を見下ろして、
「ふん、どうみてもその顔は高校教師の面じゃねえな。ただのスベタだ」
と僕は罵りの言葉を吐いてやった。
僕の性格の裏面が一番出やすいのが、何故かこの俶子だった。
僕の祖母や尼僧の綾子ほど飛び切りの美人顔でもない、俶子になら罵りをいっても、どんなに
口汚く罵倒しても、罪悪感がそれほどには湧かないのだ。
理由は僕にもわからないのだが、僕の心のどこかに潜んでいる、嗜虐性が一番際立つのが俶子と
の行為の時だった。
俶子の友人の告白文を読んだせいもあるのか、俶子のひたすらな行為がそうさせたのか、次第に
僕の動きは、自分でもわかるくらいに、急に忙しなくなり、そのまま彼女を四つん這いにして、昂
りきった自分のものを、槍を突き刺すように僕は背後からつらぬいていった。
「ああっ…あ、あなた!…いいっ」
眼鏡をしたままの顔を大きくのけ反らせて、俶子は嗚咽のような喘ぎ声を挙げた。
「も、もっと、激しく突いて!」
「な、何をだっ?」
「あ、あなたの、その若くて…か、固い、おチンポを…ああっ」
「ど、どこにだっ?」
「わ、私の…お、おマンコに」
その後も、俶子は僕が乞いもしないのに、下品な隠語を漏らし続け、悶え狂った。
最後は海老折りのかたちになった俶子の胎内に、僕は長い五寸釘を打ち込むよう
にして、白濁の迸りを飛散させた。
昔の武士が矢弾に撃たれて死ぬ寸前のような、雄叫びに近い声を挙げて、俶子は
ベッドのシーツに突っ伏していた。
この後の、俶子が用意したミネラルウォーターの旨さといったらなかった。
喉の奥に冷え切った、ミネラルウォーターを何度も流し込みながら、僕は俶子の
いい面のもう一つを思い浮かべていた。
教え子である僕とこんな関係になっても、彼女はあっさりと割り切っていて、変
に思い詰めてきたり、僕が誰と何をしようと、妙な嫉妬感を抱いたりはしてこない
ことだった。
今風の言葉でいうと、セフレはセフレ、という割り切り方が、僕の勝手気ままな
性格にもよくマッチングしているのだ。
結局、俶子のマンションを訪問した、当初の目的の友人の困窮云々の話は、中途
半端な結果になってしまったが、勝手気儘な僕的には、身体を軽くしたような気分
になり、まだ降り続いている雨の道も、それほど苦にはならなかった。
紀子への電話は明日にしようと、僕は決めていた…。
続く
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