「この条件が槌めないんだったら、帰っていいわよ。それだからって、可愛い姪の恋人
のあなたを、嫌いになったりなんかしないから安心して」
益美の邸宅の広い応接間の、高価そうなソファで、僕は益美さんと対峙していた。
益美さんは、白地に真っ赤なバラの模様の入ったワンピース姿で、衿が丸く開いていて、
胸の隆起の谷間がはっきりと見えていた。
腰が細く括れているせいもあって、胸の隆起は相当に目立っていた。
髪はボア風で艶やかな栗毛色が上品さを醸し出していて、小ぶりの顔に細い金のフレー
ムの眼鏡がよく似合って見えた。
濃いめの化粧に見えるが、それは益美さんの彫りの深い顔立ちのせいで、化粧の濃さで
はないのは明確だった。
少しだけ口紅は濃いかな、という印象で僕は見ていたが、唇の輪郭がはっきりしている
のは、奥多摩の祖母と一緒だなとも思った。
ここに着いて四十分ほどが経っていた。
僕の斜め前に座っている益美さんの、極薄の紫っぽい色の入った眼鏡の奥の目は、姪の
恋人を歓待するという優しい眼差しではなかった。
詰まりそうになっている喉を、ごくりと小さく鳴らしてから、
「わかりました。あなたのいう通りにさせてもらいます」
と益美さんの目を睨みつけるようにして、僕はきっぱりとした口調で応えた。
今からここへ男が一人来る。
私が目をかけているという、舞台俳優の若い男だ。
その男は私を抱くために来る。
私がその男に抱かれる様をあなたが自分の目で観る。
これが私の望む、あなたへのテストだ。
ここまで僕に聞かせるために、益美さんは時間をかけて饒舌に喋った。
田園調布の駅前のケーキ店で、礼儀的に普段なら絶対に買わないショートケーキを奮発し
てここを訪ねたのだが、和やかでにこやかな雰囲気の時間は僅かだった。
「あなたにね、私自身が非常に興味を持ったの。まだ何回かしか言葉も交わしていないけ
ど、私の胸にすごく響くものを感じたの」
益美さんはいきなり真顔になって、僕の目を凝視しながらいってきたのだ。
姪の紀子を絶対に呼ぶな、といわれていたことで、僕にもある程度の予測はついていた。
僕の性格分析をしたいと、益美さんはいった。
僕の性格というか性分を、彼女は少ない接触の間に看破していたということだ。
自分がそう望んで生まれてきたわけではないのに、表浦の明確にある僕の性格を知って、彼
女はどうするのかまでは、僕にはわからなかった。
今からここへ益美さんを抱くために男が来ると、彼女は直球勝負で僕に話してきて、僕は驚
きの表情も見せず、首だけを普通に頷かせた。
益美さんの真の目論見はわからなかったが、こちらはこれほどの美女が男に抱かれ身悶える
ところを観れるのだから、何の不足も注文もあるわけはなかった。
もっけの幸いだという感想しかない。
でもその場面を見るって、どうするんだろうと思っていたら、
「もう、そろそろ来る頃だから、ちょっとこちらへきて」
と応接間から違う場所に連れていかれた。
奇麗にされたダイニングの、流し台の反対側の壁の端に、幅の狭い木製のドアがあった。
普段は閉められたままなのか、彼女はいつの間にか手に持っていた小さな鍵を差し込んで、そ
のドアを開けた。
狭く細長い室で、調度品は何も置かれておらず、天井からの照明もなかった。
壁の一面に、一メートルくらいの透明の硝子が嵌められていて、そこから前の室の全容が見え
た。
硝子は当然、マジックミラーになっているはずだった。
白を基調にした寝室のようで、白いシーツの掛けられた大きなベッドが、白い壁に接していた。
覗き部屋だ。
アダルトビデオか何かで見たことがあるが、本物は僕も初めてだった。
益美さんは細かな説明は何もせず、
「ここで待機していて」
とだけいって、室を出ていった。
間もなくして玄関のチャイムが鳴ったので、僕は急いでその覗き部屋に駆け込んだ。
益美さんが長髪で、ひょろりとした体型の男を誘うようにして室に入ってきたのは、僕が覗き
部屋に入ってから、五分ほどしてからだった。
寝室風のその室の、ドアの閉まる音が聞こえてきたので、集音機器も設置されているようだっ
た。
ワンピース姿の益美さんが、故意的になのか、自分の身体の正面をマジックミラー向けて、背
後に立っている男に向けて、
「外して」
と妖艶な声でいうのが、僕の耳にはっきり聞こえた。
彼女は薄紫色の入った眼鏡をしたままだった。
男が益美さんの背中ににじり寄り、ワンピースのファスナーに手をかけ、下へ引き下ろすよう
な動作が見えた。
ワンピースの丸い襟がだらりと緩み、益美さんのやや骨ばった白い両肩が現れ見えた。
ワンピースはそのまま足元に落ち、ワインレッド色のブラジャーが、白い肌の上で煽情的に見
えた。
男の両手が、益美さんの両脇から伸びてきて、ブラジャーの上から膨らみの豊かな乳房を包み
込むように掴んできた。
乳房を抑え込んでいる男の手に、益美さんの赤いマニキュアの手が重なり、顔が横に向き、そ
こへ男の顔が迫った。
軽く唇と唇が触れ合ったようだ。
「あ、あん…」
益美さんの口から小さな声が漏れたようだ。
この辺りで男の顔がはっきり見え出し、僕は目を少し瞬かせた。
男はテレビドラマやワイドショーなどに、最近よく出ている顔で、ニヒルで個性的な俳優だった。
名前はよく知らなかったが、アイドル歌手の結婚と離婚で、週刊誌もよく賑わせていたことがあ
ったような気がする。
男の片方の手が、益美さんの括れた腰からもっと下に這うように伸びると、彼女の手もそれを追
うように下に這った。
「益美、奇麗だよ。早く君のすべてが欲しい」
ドラマの台詞をいっている感じで、男が益美さんの耳の辺りに、唇を這わしながら囁くようにい
うのが聞こえてきた。
二人の唇は、お互いの身体のどこかが動くたびに、重なっては離れ、離れては重なり合ったりして
いた。
益美さんの括れた腰の下は、上のブラジャーと対になっている、ワインレッド色のショーツだった。
男の手が、そのショーツの中に潜り込んでいた。
小刻みに喘ぎ出している益美さんの、余韻の残る声が長く続く。
若い僕の下腹部の下は、益美さんの口から漏れ出る余韻のある声に、俊敏に反応し始めていた。
男に長く塞がれていた唇が離れた刹那、益美さんの目がマジックミラーを、強い視線で凝視し
てきた。
その視線が僕と合ったような気がした時、彼女は抱かれている男に気づかれないように、切れ
長の目と、輪郭のはっきりした唇の端に妖艶な笑みを、ミラー越しに僕の目に向かって送ってき
ていた。
「益美、またこの前のように、汚い言葉をいって罵ってほしいか?」
男が本物の舞台俳優だとわかっているからそう聞こえるのか、男の発する声が全部、芝居がか
って僕には聞こえた。
「いや、そんな…」
「いって欲しいとっていってごらん」
「は、恥ずかしい…」
「でないと、僕は帰っちゃうよ」
「い、いや」
「さあ」
「わ、私を辱めて…」
「益美のどこを?」
「い、いえない」
「いわなきゃわからないよ」
「あ、あそこ…」
「あそこって?」
「ま、益美の…お、おマンコ…あぁ」
「いやらしい女だ、益美は」
「あ、あなたがいえって」
「どうしようもない、スベタ女」
「は、早く入れて」
「何を?」
「あ、あなたの…」
「俺の何j?」
「お、おチンポっ」
「こんな上品な奥様が、よくいうよ」
会話の間に、益美のショーツは脱が荒れていて、男も衣服の全てを脱いでいた。
二人の身体は重なり合うようにして、ベッドの白いシーツの上にいた。
「あっ…そ、そんなとこ」
「益美の一番好きなところで、一番スケベなとこ」
「ああっ…いいっ」
「僕に舐められているここ、何ていうんだっけ?」
「お、おマンコです…あぁ」
益美さんの両足が男の手で高く持ち上げられて、男の顔が彼女の開かれた付け根辺りに埋
まり込んでいた。
男が顔を上げたりすると、ミラー越しに、益美さんの漆黒の茂みと、薄く黒ずんだ肉襞ま
でがはっきりと見えた。
間もなくして男の上体が前のめりのようになって、お互いの身体と身体の部分が密着した
感じになった。
男の背中に益美さんの白い手が巻き付いてきていた。
男の腰の律動に合わせるようにして、彼女の喘ぎと悶えの声が、僕のいる覗き部屋にはっ
きりと聞こえてきていた。
益美さんの白い足が、男の腕に抱えられて天井に向けて高く上げられている。
下半身の興奮に堪えながら、僕はそれでも頭のどこかを冷静にさせて、彼女が自ら演ずる
淫猥なこの光景を、何故、まだ知り合って日も浅く、しかも十六の高校生の自分に見せよう
としているのかを考えていた。
僕に興味を持ったと益美さんはいった。
自分のどこに、こんな美しい熟女に興味を持たせる面があるのか、若過ぎる十六の僕には
僕には理解不能の難題だった。
もう一人の自分が、眼前のマジックミラーに目を凝らしている、僕の耳元に何かを囁きか
けてきた。
この熟れた女性の隠れた狙いは、君に抱かれたいってことだよ。
大人の顔をして四の五のと小理屈をいってきても、究極は君という人間のどこかに魅力を
感じたということだから、相手の希望に添ってやるのが、男子としての君の責務だ、と勝手
に考え、勝手に納得して、ミラーに向けた目をもう一度擦り直した。
いつの間にかミラーに映る益美さんと、男の態勢が変わっていて、彼女はベッドに四つん
這いにされていて、二人の身体の向きが、覗き部屋にいる僕の真正面に向かい合っていた。
益美さんの背後で膝立ちをして、彼女を責め立てている男の顔には、征服感に浸っている
ような満足感が露骨に出ていた。
その前で喘ぎ悶えの顔をこちら側に見せて、益美さんは首を四方にうち振って快楽を貪っ
ているようだったが、時折、眼鏡をかけたままの切れ長でやや窪み加減の目に、憎い男を睨
みつけるような真剣さを交えて、ミラーの中にいる僕の目を凝視してきたりしていた。
負けずに僕が睨み返すように、ミラーに強い視線を向けてやると、彼女がまるで僕が見え
ているかのように、顔を俯けさせたり、自分から視線を逸らせたりするのが見えたりしてき
ていた。
益美さんの、年齢の衰えを知らないようなしなやかな裸身と、艶やかな肌を征服したと、
勝ち誇ったような表情をしていた男の顔が、少し歪み出してきてきていた。
そこから俄然、男の動きが忙しなく激しくなり出した。
「ま、益美っ…い、逝くぞ」
益美さんの白い尻肉を、がっしりと掴み込んでいた男の、二の腕辺りの筋肉が震えるのが
見えた。
男の腰の律動が、馬車馬のように早まっていた。
益美さんの乱れた髪も激しく揺れ動き、引き締まった背骨が大きく波打っていた。
彼女の眼鏡の奥の目が、ミラーの向こうにいる僕の視線と、また合致した。
男の犬の遠吠えのような呻き声に、少し遅れて、益美さんの余韻の残る悶え声が、こちら
側にもはっきりと届いていた。
ベッドに立てていた益美さんの膝が崩れ、その背中の上に男の細身の身体が、覆い被さる
ように倒れ込んでいた。
やがて二人はベッドから身体を起こし、男はあちこちに散乱した二人分の衣服を拾い集め、
そそくさと自分だけ服を着込んでいた。
ほんの少し前の、あの勝者の顔の面影はどこにもなかった。
益美さんはまだ裸のまま座り込んでいたが、ベッドの横の棚に手を伸ばし、封筒のような
ものを手に取ると、それを無造作に男に渡していた。
幾らかは知らないが、お金が入っているようだった。
男が申し訳なさそうな顔で、益美さんに頭を下げると、
「悪いけど、もう少ししたらお客さんが来るの」
と完全に素に戻ったような声で男にいうと、男のほうはもう一度彼女に頭を下げて、声も
出さずに室を出ていった。
どのタイミングで出ていったらいいのか、わからずにいた僕は、壁のブラケットの灯りの
中で、ぽつねんと立っていたのだが、ドアの向こうから益美さんの呼ぶ声がしたので、蓑虫
が巣から這い出すように、広いダイニングに出た。
益美さんは濃い紫のバスローブ姿だった。
自然に目が合ったが、彼女からの言葉は何もなく、僕も無言を通し、視線だけは相手の目
から逸らさなかった。
「やっぱり、怖い目…」
短くそういって、益美さんは僕に背中を向けて、
「シャワー浴びてくるわ。どこでもいいからいて」
といい残して、ダイニングから出ていこうとしていたところへ、
「きちんと身体奇麗にして、俺の前に来い」
とさりげない声でいってやった。
益美さんの足が、一瞬その場で止まったが、すぐにまた華奢ではないが、細い肩を揺らす
ようにして僕から離れていった。
僕のいった言葉は、前もって用意していた言葉ではなく、自然に口から出た言葉だった…。
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