(祖母・昭子 番外編)
野川幸雄は遠大な計画を立てた。
二十年前の中学校の時の恩師だった、今は奥多摩の小さな寺の尼僧の身となっている、
坂井綾子、いや現在は真野綾子になっている女性との結婚を、彼は夢に描いたのだ。
綾子の年齢は確か五十五歳で、幸雄は二十歳年下の三十五歳だ。
この年齢差は、しかし幸雄にとっては、何の障害もなかった。
さらにいえば、文子は数年前に夫と死別していて、幸雄自身は堂々とした独身である。
幸雄のほうから、中学時代からの長年の思慕の思いを訴えて、熱心に真心を込めて求
愛すれば、心の優しい綾子はきっと、自分の夢を叶えてくれるだろうという推測は、彼
自身の気持ちの中にもあったと思われるのだが、彼は何故かその道筋を選択しなかった。
好きな女性に好きな思いを訴える、ということが、容易くできるような性格の持ち主
では、幸雄ではなかったのだ。
幼い頃からずっと、人の上に立たず、人より極端に下がることもなく、温和に目立た
なく生きるという、中庸の人生観を貫いてきた幸雄に、何より不足していたのは、勇気
と積極性だった。
二十年ぶりに、予期も予想もまるでしていなかった異様な場所での再会があって以降、
幸雄の人生の主目的は、完全に尼僧の綾子が主軸になったのだ。
この九月の一ヶ月間で、尼僧の綾子への思慕に関連することで、幸雄の周囲で予期せ
ぬ変遷があった。
それは早くに死別した母の、目に見えない導きのようなものだった。
母の高校時代の部活の後輩で、坂井栄子という女性がいた。
母とは無二の親友で、幼い頃の幸雄との交流もある女性で、母の危篤の時にも病院の
ベッドの横にいてくれて、幼少の幸雄の手を強く握ってくれた人だ。
八月の下旬頃、幸雄は会社の仕事で、群馬県のある街に出張した。
駅を降りて一つの訪問先を訪ね歩いていて、一軒の小さな青果店に、目的地への道を
尋ねるために飛び込んだ。
健康的に日焼けした、少しふっくらとした体型の中年女性がいた。
目を合わした時、最初に大きな驚きの声を挙げたのは、くりっとした目の中年女性の
ほうだった。
「ゆ、幸雄君じゃない?」
明るそうな笑みを満面に浮かべて、その女性は幸雄のほうへにじり寄ってきた。
女性の顔を見て、幸雄のほうにも、うっすらとした記憶があった。
二十年前に死別した母の親友だった坂井栄子だった。
「大きくなって。でも叔母さん、すぐわかったわよ」
二十年ぶりの再会を喜び合った後、店に奥の畳の室へ通され、二人はもう一度お互い
をしげしげと見つめ合った。
栄子の少し丸みを帯びた顔は、笑い泣きしているように見えた。
今日は一泊の予定でこの街に来てる、と幸雄が話すと、ぜひここに泊っていけと強く
誘われた幸雄は、栄子の言葉に甘えることにした。
小学生の子供が一人いて、三人での夕食の時、幸雄が当然のように、この場にいない
栄子の夫のことを尋ねると、途端に彼女の顔が暗く沈んだので、その話はそこで途絶え
た。
夜になり子供が寝付いた時、二人は居間の座卓で向き合いながら、ビールを何本か酌
み交わしていた。
栄子が次第に酔い出してきて、ここにいない夫のことを怒りを交えて話してきた。
何年か前から夫がギャンブルに来るってしまい、挙句に多額の借金んを抱え込み、家
族を捨てて知らないところに逃げ廻っていると、半泣きになって、幸雄に訴えるように
話した。
座卓で最初は正面で向かい合っていたのが、冷蔵庫から何本目かのビールを取り出し
てきた栄子が、いつの間にか幸雄の斜め前に寄っていた。
栄子の襟の広く空いた花柄のブラウスから、丸く膨らんだ乳房が覗き見え、幸雄は少
し狼狽えたが、栄子のほうはまだ喋り足りないのか、
「幸雄君はもう結婚してるんでしょ?」
と絡むような口調でいってきたので、
「三十五のこの歳で、まだ独り身ですよ」
と返すと、
「あら、そうなの?…あなたのお母さんに私、約束してたことがあって。あなたのお
嫁さんになってあげるって。ふふ、あの頃は私も若かったからね」
とまた絡みついてきた。
幸雄は話題を変えて、
「旦那さんは帰ってくるんですか?」
「今日は見なかったけど、この辺をね、借金の取り立て屋が何人もうろついてたりし
てるから、帰ってこれるもんですか。あ、私たちもね、ここにいるのが怖いから、二、
三日うちには姉の住む奥多摩へ、暫くの間、逃げるのよ」
「お姉さんいるんだ」
「あら、あなたにいってなかったっけ?…若い頃は中学校の教師してたんだけどね。
今は尼さんになってるの」
「えっ?中学校の教師って?」
栄子は億尾もなく、幸雄が卒業した中学校の名前をいった。
「な、名前は、坂井綾子っていうんじゃ?」
「そうだよ」
「ぼ、僕、その先生に教えてもらってた」
「あらまぁ、とんでもない偶然ね。今度姉に話してみるわ」
自分が栄子の姉の、その恩師に思慕の思いを強く持っているとか、また日光のログハ
ウスでの驚愕の行状については、今のこの栄子には、絶対に話してはいけないと幸雄は
思った。
栄子からのまるで予期していなかった情報は、上にも行かず下にも落ちずの中庸の精
神一筋だった幸雄に、これまで皆無に近かった勇気と積極性を、瞬く間に呼び起こして
いた。
決意とか決断という、これまでほとんど思い浮かべることもなかった言葉が、幸雄の
身体と心に発芽したのがこの時だった。
栄子のほうは相当に酩酊していて、幸雄が便所に立って戻ってきた時、彼女は座卓の
横のカーペットの上で意識を失くしていた。
傍に寄って、少し丸みを帯びた肩を揺すっても、何一つも反応はなかった。
そうだ、この人も女なのだ、という、これまでの幸雄の人生では考えにも至らなかっ
た妖しい思考に幸雄は捉われていた。
栄子の肩に置いていた手を下にずらし、ブラウスの布越しに乳房の膨らみに置いた。
柔らかな、女の乳房の感触が、幸雄の何故か急に昂まり出した気持ちに油を注いだ。
忽ち幸雄の動きは大胆になった。
栄子のブラウスのボタンを、上から順番に外していった。
薄いピンク色のブラジャーの大半が見えた。
そのブラジャーの中に指を差し入れると、肉の柔らかさが指先に直に伝わってきた。
栄子の意識はないままだった。
乳首を幸雄の指先が捉えて摘まんだ。
ううん、と栄子の口から小さな声が、漏れ出たが身体に動きはなかった。剥いていた。
これまでの三十数年間の、中庸の気持ちを全否定するかのように、幸雄の手は大胆
に動き、栄子のブラウスを袖から脱がし取り、ブラジャーのホックも外し取って、彼
女の上半身を裸に剥いていた。
幸雄は休むことなく動いた。
栄子のスカートのホックを外し、下に向けて下した。
ブラジャーと対の色をしたショーツが、悩ましげに幸雄の目に飛び込んできた。
指二本をショーツの中心に当てた。
薄い布地のショーツから、微かに透けて見える繊毛の感触が、幸雄の気持ちをまた
奮い立たせた。
ショーツの上に置いた指に、力を込めて押してみた。
そこで栄子の身体が動いて、無防備の乳房が横にだらりと揺れた。
栄子の上半身が動いた時、同時に両足が無意識に横に開いていた、
ショーツの上の幸雄の指二本が、栄子の股間のさらに奥に滑り落ちた。
剥き出された乳房の片方に、幸雄は大胆に唇を這わしにいった。
やがて栄子の女の反応が、ショーツに置いた幸雄の指先に現れ出た。
薄いピンク色のショーツに、湿りか滴りのような症状が出てきていた。
乳首を幸雄が歯で軽く噛んでやると、栄子の身体がまた左右に揺れ動いた。
栄子の顔に顔を近づけ、そのまま唇に唇を当てていった時、栄子の両腕がいきなり、
幸雄の首に巻き付いてきた。
塞いだ唇の中で栄子の歯は抵抗なく開いた。
どこかのところで、栄子は自分が今、どうされているのかに気づいていたようだっ
た。
口の中で栄子の舌が待っていたかのように反応し、幸雄の下に激しく絡みついてき
た。
幸雄の中庸の精神は、どこかに雲散霧消していて、決断と決意が頭をもたげ、湧き
出てきた性欲が、下半身の一部をこれまでにないくらいに固形化してきていた。
「いいの?…こんな叔母さんで」
唇が離れた時、栄子が窺見るような目で、少し恥ずかしそうな声でいってきた。
「だって、叔母さん、僕の母親に約束したんだろ?…僕と結婚してくれるって」
「あ、あれは…」
「口から出まかせだった?」
「ううん、そんなんじゃないけど。あなたとは歳が…」
「恋愛にも結婚にも年齢差は関係ない」
昨日までの自分なら、絶対に出てこない台詞が、次々に出てくる自分自身に驚きな
がら、幸雄は英子の目を真剣に見つめて、
「これからもっと栄子に好きになってもらえるよう努力するつもりだよ。栄子を一
杯愛したいし、それから…恥ずかしいことも一杯してやりたい」
と言葉を続けて、もう一度真剣な眼差しを栄子の目に向けた。
栄子のその目の向こうに、僕だけにしか見えない、彼女の姉の綾子の白い顔がはっ
きりと見えていた…。
続く
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