珍しい人からのメールだった。
しかも例に寄っての長文だ。
十月に入っての最初の土曜日の午後、僕は区立図書館にいた。
読むのが途絶えていた山岡荘八の「徳川家康」を読みにきたのだが、第十三巻の茶色表紙を机の
上に置いて、目は片手に持ったスマホの小さな画面に集中させた。
メールの発信者は奥多摩の尼僧の綾子だった。
(お元気ですか?また突然の勝手なメールですみません。親子以上にも歳の離れているあなたが、
どうしてなのか自分でもよくわからないのですが、日々折々に気になっています。曲がりなりにも
剃髪得度式を終え、俗世から離脱した身で、このような不埒不遜な思慕に浸ることすらが、仏門に
対しても畏れ多いことですが、若過ぎるあなたのことが、どうしてもこの身体と心から消し去るこ
とができずにいます…)
ここまで読みかけて、これは完全なラブレターじゃないのかと思い、気が重くなったので、気が
向きそうな内容だけを抽出しようと、画面をスクロールしていたら、綾子の妹の栄子の名前が頻繁
に出てくる画面が出てきたので、スクロールを逆方向に戻して、途中から読み出した。
概ねのシチュエーションは、借金問題で逃げ廻っていた夫との離婚問題もカタがつき、思いがけ
ない人からの援助もあって、元の場所で元の商売に戻れた妹が、姉の綾子の住む寺へ、自分の現況
報告も兼ねて訪問してきた前後の話を、綾子はまた、あの長文日記風に、段落も整理して書き記し
ていたのだ。
読み出してすぐに、僕は椅子から立ち上がり、借りた本を書棚に戻して、いそいそと芝生公園の、
桜の木の下のベンチに腰を下ろし、大きく深呼吸してからスマホ画面に目を落とした。
…え?と、私は思わず自分の耳を疑い、妹の栄子の顔を凝視した。
「だからまだ、もう少し先の話だけど、姉ちゃんの教え子の野川、野川洋介と再婚するかもってこ
と」
「あ、あの野川君って、あなたとは年齢が…」
「十八も年下よ。悪い?」
「わ、悪いなんて…」
「そうよね、お姉ちゃんも、野川よりもっと若い、あの雄一君とかいう可愛い少年と仲良くなっ
てるものね」
「そ、それは…」
「私も、あの子好きよ。いい目してたもの」
夫の遺影のある八畳間だった。
床が二う並べて敷かれていて、その内の一つの布団の上に、私と栄子はいた。
栄子の布団にくるようにいわれ、私が従ったのだ。
妹の栄子の手が布団の中で、私の乳房の片側を蛇の頭のように這い廻っていた。
私の長襦袢の帯紐はすでに栄子の手で解かれ、両方の肩と乳房が露わにされている。
仰向けになった私の顔の真上に、栄子の妖しげな笑みを称えた顔があった。
栄子から唐突に電話があったのは、今日の午前のことだった。
「ちょっと報告したいこともあるし、それに姉ちゃんの肌にも、もう十日以上も触れてないし」
七時頃に行く、といって電話は一方的に切れた。
事情があって昭子さんの家に、妹の栄子と一緒に泊めてもらい、そこで事の経緯は兎も角も、私は
栄子と初めて、身体と身体で情を通じ合った。
それが姦計に寄るものだとわかった時には、雄一さんが私の身体の上にいた。
そして私は得度剃髪を終えた仏門の身でありながら、またしても情欲の世界に溺れ込んだ。
その後、二度、栄子とあった。
当時の栄子の夫の、借金問題の解決処理での対面だったが、そのいずれもの時、私は実の妹である
栄子に、女として身体を求められ、女である彼女に抱かれ、恥ずかしく身悶えさせられた。
何故か最初の時から、栄子は妹でありながら、姉の私を凌駕して優位な、というより、上の位置に
いた。
姉の私のほうが妹に責められる側にいたのだ。
それは今も続いていて、栄子が七時過ぎにここへ来て、この家の主である私のほうが、いつの間に
か私のほうがひれ伏す側に置かれるのだった。
夕食を終え、私が台所で洗い物をしている時、音もなく私の背後に立ってきて、
「お姉ちゃんのおマンコ見せて」
ととんでもないことをいい出してきたのですが、一言二言の言葉のやり取りで、私は流し台を背に
して、自らの手で法衣の裾を高く目繰り上げ、膝を曲げて座り込んでいる栄子の前で、足の付け根ま
でを恥ずかしく開示させられた。
栄子の手の指が、突然、私の股間の漆黒の下を掬う触れてきて、
「もう、ちょっと濡れてるよ」
と冷やかすようにいってもきた。
「お姉ちゃん、お風呂一緒に入りましょ。後で入ってきて」
そんな言葉を一方的に残して、栄子はすたすたと廊下を歩いていっても、どうしてか、拒絶の言葉
が出ないのでした。
湯気の立つ浴室に入ると、栄子は二人がゆっくり入れる広さの浴槽に、とっぷりと身体を沈めてい
て、湯を肩にかけていた私に、早く湯に入れと手招きしてきた。
いう通りにすると、すぐに私の顔に顔を寄せてきて、有無をいわせずに私の唇を塞いできた。
栄子の舌が露骨な動きで、私の口の中に押し入ってきて舌を捉えにくる。
栄子の片方の手が、湯の中で私の乳房の片側を掴んできた。
抗いの素振り一つ見せず、されるがままの私でいろ、と栄子は二度目に肌を触れ合わせた時、私の
乳房を千切れるくらいの強さで掴み取りながら、詰め寄ってきて、私は痛さもあって、はい、と頷い
てしまっていた。
その時、栄子は借金で逃亡した夫が、ひどく嗜虐性に満ちた男で、彼女の身体をベルトで叩いたり、
身体に熱い蝋燭の蝋を垂らされたりしたのが、嫌で仕方がなかったと顔をしかめて吐露していました。
浴槽での抱擁の後、栄子は立ち上がり、その浴槽の縁に臀部を載せ、片足を折り曲げて、自分の下
腹部の漆黒を、私の顔の前に晒してきた。
何もいわれない内に、私は彼女の濡れた漆黒の下に顔を寄せ、舌を差し出すと、その舌の先端に柔
らかな肉襞の感触があった。
「ああっ!」
私の顔の上から、栄子の短い喘ぎ声が聞こえてきた。
自分の身体がのぼせそうになるくらいまで、栄子のその部分への私の愛撫は続いた。
そのことへの返礼のように、湯船から洗い場に出て、石鹸で身体を洗い出した私の背後にいた栄子
の両手が、脇の下を潜って私の両方の乳房を包み込むようにして揉みしだいてきていた。
そうして布団に入るまでも、妹である栄子に隷従の姿勢をとり、八畳間に入っていたのだった。
二人ともに、すでに全裸の身だった。
布団のシーツの乱れや、辺りに散らかった襦袢や寝巻の乱れで、それまでの二人の女同士での、身
体と身体のせめぎ合いの激しさが窺い見える感じだった。
「お姉ちゃんの肌って、ほんと白くて滑らかね。同じ姉妹でも私は父親似で浅黒い肌で、体型まで
父親と同じ小太り。中学校の時、それがモロに出て、私、ひどく姉ちゃんを恨んだことあった」
私の乳房の上に顔を載せながら、妹らしい声で栄子は呟くようにいった。
「ううん、あなたは全然小太りなんかじゃないし、肌も病気じみた私よりずっと健康的で羨ましか
ったわ」
少しは姉らしいいたわりの言葉を返した私だったが、栄子が最初に報告した内容がひどく気になっ
ていたので、
「え、栄ちゃん、あ、あなたが、あの野川君と再婚って、どういう話なの?」
と改めて聞き直した。
「ああ、そのこと。実はね、野川洋介の母親と私、同じ女子高の部活の先輩後輩の間柄なの」
「ああ、バスケットだっけ?」
「そう、私が一年の時、先輩は三年で、部活の交流は一年しかなかったんだけど、何故か妙に気が
合って、先輩が卒業してからも、交流は長く続いたの。ちょっと余談だけど、今の私たちみたいに、
レズっぽい関係にも、少しの間だったけどなってた」
「そうなんだ」
相槌を打ちながら、私は胸の中に小さな不安を抱いていた。
「その先輩、若い頃に大恋愛して、早くに子供産んで、その子が洋介君ってわけ」
「そ、それがどうして、あなたと結婚なんてことになるの?」
「その先輩、洋介君を生んで間もなく、離婚したのよ。それからは女手一つで育ててたんだけどね、
あの子が中学一年の時、乳癌で亡くなっちゃって、幸いいい叔母さんがいて、あの子の親代わりにな
って育ててくれて。その先輩が亡くなる少し前に、自分が死んだら子供のことを頼むっていうから、
私、洋介君に結婚相手見つからなかったら、私が結婚してあげるって、その子がいる前で約束しちゃ
ったの」
「まあ…」
「私もそうは約束したけど、まさかと思ってたから、あの借金野郎と結婚したでしょ。そして最近
私が離婚したってこと、どこで聞いたのか知らないんだけど、私にいきなり会いに来て、母との約束、
守ってくださいって、しつこくいってきてたのよ。…で、まあ、何回か会ってたんだけど、僕の気持
ちは変わらないっていうもんだから」
それから先は、私は妹に対して言葉は挟めなかった。
勿論、野川君は私が栄子の姉と、知っていての行動だというのが、朧にわかった。
そして、彼は私との変異な場所での身体の交渉については、おそらく妹の栄子には話していないと
思う。
少し気弱で温和な性格の、何かを思い詰めている時の、野川君の顔を私は思い返していた。
私のことが本当に好きだいってくれた、真剣な眼差しも私は忘れてはいない。
湯川という男と一緒にこの寺へも尋ねてきたことがある。
あの時は、私が湯川という男の、異常なくらいの巧みさの姓技の前に屈し、女の官能のすべてを晒
け出されてしまい、その恥辱の光景を、野川君は自分の目ではっきりと見ているのだ。
彼はおそらくそのことも、栄子には話してはいない。
何か遠巻きな感じだが、野川君の目には見えない、また言葉でもいい表せない重圧が、私の背中に
重い雲のようにのしかかってきそうな気がしていた…。
スマホの細かな文字は、あまり長時間かけて読むものじゃないということを、僕は改めて教えられた。
この前の吉野氏といい、尼僧の綾子の文面といい、内容的にも気持ち的に読後感は、あまりよろしく
ないと僕は思った。
公園の芝生の少し離れたところで、幼稚園児くらいの子供二人が、小さなボールを無邪気に蹴り合っ
ているのが見えた。
今の僕の周囲には、こういう無邪気さがどこにもないというのが、何故かしみじみとわかった。
都会にもこういう風が吹く時があるんだと思わせるような、乾いた初秋の風が僕の頬を撫で擦った時、
僕は奥多摩の駅近くを流れる、あの川のすすきの群生を思い出し、続いて祖母の日焼けをほとんどしな
い、白い小さな顔が思い浮かんだ。
祖母は自分のほうからは、僕には絶対に電話もメールもしてこない。
祖母なりの、僕の家族への気遣いなのだろうと思う。
しかし、僕から電話を入れると、どこにいても、どんな時でも必ず出るし、出るのも早い。
今もそうだった。
ワンコールで祖母は出た。
「婆ちゃん、元気かい?」
最初の声が、祖母はいつも遅い。
僕の声を聞くと嬉しさに、自分が声を詰まらせてしまうのだ。
「げ、元気よ」
やはり嬉しくてたまらないという声だ。
「声が聞きたくなってね、婆ちゃんの」
「何かあったの?」
心配するのだけは、誰よりも早い。
「どこにいるの?」
「畑よ。まだ暑いから雑草がよく伸びて」
「懐かしい場所だね。行きてえ」
「何か心配事あるの?
「何にもないよ。婆ちゃんを…いや、昭子の肌が恋しくなって」
大人びた口調でいって、僕は慌てて周囲を見渡したが、誰もいないので安心する。
「私も…ゆ、雄一さんに早く会いたい…」
「昭子、そこで今、おっぱい触れる?」
「えっ?…ええ」
「俺のいう通りにして」
「はい…」
僕はもう一度周囲を見渡した。
「おっぱい触って」
「はい…」
「野良着か?」
「え、ええ…」
「左側だよ、おっぱい」
「さ、触ってます」
「揉んで」
「あ…」
「もっと強く」
「は、はい……あっ」
「乳首触って」
「あっ…ああっ」
聞きたかった、少しハスキー気味の喘ぎ声だ。
「もっと乳首を強く摘まんで」
「ああ、だ、だめ…へ、変になる」
「変になっていい」
「こ、こんな…どうして?」
「昭子が変態だからだよ」
「そ、そんな…」
「嫌いになりそうだ」
「い、いやっ!…そ、そんな風に…い、いわないで」
「下、触ってみろ」
「は、はい」
風で木の葉が揺れるような音がしている。
「どうだ?」
「あ、あなたの声聞いて…」
「どうだって聞いてるんだよ」
「す、少し…濡れていました」
「どうしようもない女だ」
「お願い!…そ、そんないい方だけはしないで」
「ああ、わかった。昭子のいい声が聞けて嬉しかった」
「意地悪…今、どこにいるの?」
図書館っていってやったら、祖母は喉を引き攣らせてきたので、
「の、外だよ。誰もいない」
「驚かせないで」
「会いに行きたいなぁ」
ここで僕はあることを思い出した。
「こ、この前話したさぁ、島野さんって人」
「あ、ああ、あなたが誰かにそっくりだといってた人ね」
「古い人だから僕は名前知らない。で、その人がね、今度の三連休どうっていってきて
るんだけど、婆ちゃん、どう?」
「え?…もうこの週末じゃない。大変」
「島野さんと僕と、もう一人…の三人」
「もう一人って、この前の雄ちゃんの恋人?」
「恋人なんかじゃないって」
「そんなにムキにならなくてもいいわよ。そんな時はお祖父ちゃんと一緒で、大抵ほん
となんだから」
「で、都合はどうなの?」
「私はいいわよ。島野さんに会うの楽しみ」
「また細かな時間は、当日前後に連絡するね。一日はすき焼きにして」
「はいはい」
電話を切って、もう一度芝生のほうを見たら、高かった陽射しがほの赤い西日になって
いて、ボール遊びをしていた子供たちもいなくなっていた。
祖母と紀子の奇麗な叔母さんと僕の三人が、一つの室で布団を並べて寝る日が、後数日
に迫った。
ワクワクとした気持ちで、公園の外の道路に出た時、思い出したくない紀子の顔が浮かんだ。
あいつが同行してきたら、僕の嬉しい夢は確実に消滅する…。
続く
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