吉野氏の私小説をここまで読み終えて何気に時計を見ると、十一時を少し過ぎ
ていた。
生け花師匠の白黒ショーの件りを、読んでみたい気持ちもあったが、寺に出か
けているという祖母が、もう帰ってくるかも知れないと思ったのと、台所のほう
で突然、食器の割れる音がしたので、パソコンを畳み、立ち上がって室を出た。
台所に行くと栄子さんが流し台の前に座り込み、割れた食器を手で摘まむよう
にして拾い上げていた。
「大丈夫ですか?」
そういって僕が傍に近づくと、
「ご、ごめんなさい。手が滑っちゃってお皿を…」
と栄子さんは申し訳なさそうな顔で僕を見てきた。
朝食の時に見た顔と少し違って見えたので、目を凝らすと、丸さの目立つ顔に
化粧をしていたのだった。
口紅を赤く引いた、少し肉厚な感じの唇が、奇妙に僕の心の中を騒がせた。
「あっ…」
栄子さんがそういって、自分の人差し指を口に咥えた。
咄嗟に僕の手が彼女の丸っとした手首を掴み取っていて、そのことに気づいた
僕は慌ててその手を放した。
「だ、大丈夫ですか?」
同じ言葉をもう一度いって、照れ隠しのような顔をして、僕は屈めていた身体
を立ち上がらせた。
「優しいのね、雄一さんって」
朝方に見せた奇妙な笑みを、赤く口紅を引いた唇の端に浮かべて、
「キスしてくれる?」
と突拍子もないことを突然いい出した。
昨夜の僕と祖母の密かな睦みごとの声を、彼女が完全に聞いていると僕は頭の
中で素早く確信した。
夏休みからのこの一ヶ月の、性の嵐のような体験が僕を知らぬ間に大胆にして
いた。
キスしてもいいか?ではなしに、
「キスして欲しいのか?」
と僕は栄子さんの、もう潤みかけている丸い目を凝視していった。
流し台の横で、僕は少し乱暴な動きで栄子さんの丸っぽい身体を抱き寄せて、
唇を唇で塞ぎにいった。
栄子さんの熱く燃え上ったような吐息が、僕の口の中に充満した。
数分後、栄子さんが両手で流し台の縁をしっかりと掴み、剥き出しになった白
くて丸い臀部を、彼女の背後にいる僕に突き出していた。
背丈の違いもあって、僕は足の膝を曲げた窮屈な態勢だったが、屹立しきった
僕の者は、確実に彼女の胎内深くに埋没していた。
その証が、まだ会って一日目でしかない栄子さんが、淫靡な声で漏らし続ける
喘ぎと悶えの声の激しさに出ていた。
「あ、ああっ…き、気持ちいい」
「す、すごいわっ」
「も、もっと激しく突いてっ。わ、私を滅茶苦茶にして」
矢もすると外まで漏れ聞こえそうになるくらいの声を、彼女は続けざまに吐く
のだった。
ここへ祖母が帰ってきたらどうなるだろうと、僕は英子さんの丸くて柔らかな
臀部に時折、平手打ちを見舞いながら、ふと思ったが、この何日間かで目と耳と
身体に刻まれた目まぐるしい体験は、その時はその時だというクソ度胸のような
ものを、知らぬ間に培養してくれていた。
「どうだ、感じてるのか?このスベタ」
こんな言葉も苦も無く出た。
「あっ…ああ、いいっ…こ、こんなの」
「こんなのがどうした?」
「こ、、こんなに気持ちいいの…は、初めてっ」
「よっぽど飢えてたみたいだな、あんた」
「は、はい…う、飢えてました…ああっ、ほんとすごく感じるっ」
「どこがだ?スベタ女」
「わ、私の…お、おマンコが…」
「そうだな、ぐしょ濡れみたいだな?」
「ご、ごめんなさい。…わ、私…ゆ、昨夜の」
「やっぱり、声を聞いてたのか?」
「そ、そんなつもりでは…ああっ」
同じ体位を保ったまま、僕はほんとにまだ会って一日も経ってない英子さんを、
若い力に任せてひたすらつらぬき続け、やがて昂まりの極致に達し、彼女の胎内
に激しい飛沫を浴びせた。
流し台の前に身体を丸めるように蹲った彼女を、僕は立ったまま強引に引き起
こした。
絶頂を済ませた僕だったが、この時にはどこかにまだ余力が残っているような気
がしていた。
茫洋とした栄子さんの顔の前に、僕は飛沫の飛散を終えて萎えている自分のもの
を突き出した。
彼女の両手が静かに動き、僕の萎えて垂れ下がったものに、ゆっくりと触れてき
た。
自然な流れのように彼女の口が、まだ萎えたままの僕のものを口の中に含み入れ
た。
汗の滴り出た彼女の顔が、僕のものを含み入れたまま、前後にゆっくり動き出し
ていた。
上から強引に、彼女のポロシャツを剥ぎ取るように脱がした。
ブラジャーをしていない彼女の乳房が、丸い餅のように零れ出た。
身体を屈めて上から、零れ出た乳房を乱暴に掴み取ると、膨らみも柔らかさも充
分な刺激を、僕の手に伝えてきていた。
英子さんに咥えさせて、立ったままでいる僕の身体のどこかに小さな電流のよう
なものが走った気がした。
彼女の口の中にいるもう一人の僕にも、その電流が走ったようで、見る間に硬度
が増してきているのがわかった。
下腹部のものが完全に息を吹き返した時、僕は彼女に、
「ここへ尻を載せろ」
と流し台の横の調理台を指さしていった。
彼女の片足だけを抱えて、僕は復活した自分のものを、剥き出しになった彼女の
その部分に下から狙いを定めて突き刺した。
「ああっ…」
栄子さんの一際高い咆哮の声が、周囲の静寂を破るような大きさで聞こえてきた。
彼女のぽっちゃりとした両腕が、僕の首にがっしりとしがみついてきていた。
「こ、こんなとこで…ほ、ほんと初めてよ」
「そうか、俺もだよ」
「ああ、いいっ…す、好きにしてっ」
やがて僕は態勢を買えた。
台所のカーペットの上に、会ってまだ一日目の栄子さんを四つん這いにして、背
後から激しく長く責め立てた。
台所の流し台の下に、僕と栄子さんは肩を並べるようにして座り込んでいた。
栄子さんはジャージとポロシャツを、僕はジーンズを穿き直していて、二人とも
声も出せず惚けた顔をしていたが、
「ご、ごめんなさいね、ほんとに。私、自分がこんな大変な時に…」
「こちらこそすみません」
「私、どうかしてるんです」
「子供さんもいるそうですのに怖いですよね。追ってきているのは、やっぱり暴
力団関係の人たちなんですか?」
「そ、そうだと思うんですけど詳しくは知らなくて。桐生市内の村井組とか…」
と丸い顔を深く俯けて、栄子さんが萎れきった声でいってきた。
「僕もまだ詳しくは聞いてないんですけど、ご主人はどこにいるのかわからな
いんですか?」
「もう、あんなの夫でも何でもないわ」
「…そうですよねえ。家族を放っていくなんて、あなたには申し訳ないけど、
随分と勝手な人みたいですね」
「あの人…わ、私の姉とも」
「えっ?お姉さんって、あの尼僧さん?」
「そう…こんなこと初対面の、しかも歳の若いあなたに聞かせる話じゃないん
ですけどね。だから私、姉も大嫌い」
「まあでも、姉妹なんだから…ゆっくり時間かけて話し合えば」
と、その時、玄関の外のほうで足音が聞こえてきたので、僕は慌てて立ち上が
り、栄子さんに軽く会釈だけして、祖母の室に戻った。
「雄ちゃん、ごめんね。お寺で住職さんとの話、長くなって。朝ごはんちゃん
と食べた?」
ハンカチで額の汗をぬぐいながら、室に入ってきた。
祖母のその汗の匂いなのか、柔らかで気持ちを変にそそらせるような匂いが、
僕の鼻孔をついてきた。
「今、台所で栄子さん、見たんだけど、変に萎れた顔してたんだけど、何か
あったのかしら?」
「ああ、お皿を一枚割ってしまって、指を切ったとかで」
これはいわなくていい言葉だと、僕は胸の中でひどく反省した。
「そう、大したことじゃなかったのかしら?」
客の栄子さんを気遣う声を漏らしながら、僕のほうに目を向けてきた祖母の
小さな白い顔に、何かを訝るような表情が見えたのは、少し後ろめたい気持ち
のある僕の思い過ごしだろうと思って、祖母から何げに視線を逸らした。
女の勘の鋭さは、たかだか十六の僕のそれとは、とても比較にならないのだ
ろうなと、僕は背筋を少し寒くした。
三人での、微妙な空気感の中での昼食を済ませて、僕と祖母は駅に向かい、
あの吉野氏の住む隣村へ向かう列車に乗り込んだ。
昼前に途中まで読んだ、吉野氏の私小説の中味をぼんやりと思い起こしなが
ら、僕は窓の外に流れゆく景色に目を向けていた。
「どうしたの?浮かない顔して。嫌だったら駅で待ってていいのよ」
向かい合わせの席で、僕の前に座った祖母が声をかけてきた。
「そんなんじゃないよ。吉野さんの書いた文章、昼前に読んでて、ひどく可
哀想に思っただけだよ」
「あなたに同情されたら、吉野さん、喜ぶかも」
「えっ?婆ちゃん、吉野さんに僕のこと話してるの?」
「あら、いけなかった?」
「別に、いけなくはないけど…私の一番大好きな孫っていってるわ」
「ま、まさか二人のことも?」
「バカ、いうわけないじゃない」
「…だ、だよなあ。ところで、婆ちゃんにはっきり聞いてなかったけど、二
人は再婚するの?」
「何をいい出すの、この子は」
「婆ちゃんの気持ち、はっきり聞いてなかったから…」
「そんなことは大人の社会の話だからいいの」
「もう、立派な大人だよ」
「またお祖父ちゃんとそっくりな顔する。不貞腐れると同じ顔になる」
結局話をはぐらかされて隣村の駅に着くと、ロータリー付近で待っていてく
れた、見覚えのある古村氏がすぐに手を上げて近づいてきた。
古村氏の運転する車に乗せられて、山のほうに向かって走った。
車の中で、古村氏が、
「昭子さんが今から来るって聞いたら、吉野さん、すごく喜びましてね。昨
夜は八度近くあった熱が、今朝計ったら六度九分ですよ。愛の力って凄いです
ね。おっと、お孫さん見えてましたか、失敬」
と冗談交じりで話しかけてきたが、僕のほうは車の後部座席から彼のスーツ
姿の両肩に目を向けながら、あの夏休みの寺での盗み見の時の、祖母と古村氏
が深く熱く身体を重ね合わせた光景を、不埒ながら思い起こしていた。
あれは祖母が、古村氏の丹念な愛撫や抱擁に、本心から女を曝け出している
構図だったと僕は今でも確信している。
古村氏の身体の全てに、心酔しきったかのような祖母の顔の表情だった。
そんな古村氏が、どうして祖母と吉野氏の愛のサポート役として、こうして
忠実に尽くしているのかも、僕にはわからないことだったが、古村氏の吉野氏
への献身を、誰よりもよく知っている、祖母の気持ちもどうなのだろうかと、
拙い思いを巡らせていたら、少し小高い山の麓に建つ、木造二階建ての一軒家
に車は着いた。
玄関前も広く、奥のほうに目を向けると、家の廊下に沿って瀟洒な庭園があ
るのが見えた。
古村氏の案内で玄関口に入ると、家政婦らしい七十代くらいの背の高い女性
が、客三人の上履きを用意してくれていた。
高校生の僕から見ても立派な内装で、壁や建具も高級感に満ちている。
家はコの字型になっていて、庭園の見える広い和室が二間続きであり、奥が
吉野氏の寝室になっていた。
硝子障子戸を開けると、八畳間の中央に大きな布団が敷かれていて、その上
にパジャマに半纏姿の吉野氏が、柔和な顔を見せて座り込んでいた。
つい一月ほど前に、あの寺で盗み見した時よりも、僕でもわかるくらいに吉
野氏は痩せて見えた。
「ああ、これはこれは。色々心配かけてすみませんな。おお、この方があな
たのお孫さんですか?…お婆さんに似てなかなかハンサムだ。どうぞ、中へ」
吉野氏は少ししわがれた声で歓待の言葉をいって、嬉しそうな顔を祖母に向
けていた。
祖母は今にも泣きそうな顔をして、吉野氏の前に近づき、白く小さな手を前
に差し出していた。
その手を吉野氏の痩せた手が包み込むように掴んでいた。
暫くの歓談の後、古村氏が祖母に向けて、
「昭子さん、お願いしてた買い物のお付き合い、今からでよろしいですか?」
と徐にそういうと、
「あ、ああ、はい。雄ちゃん、あなたお留守番で吉野さんのお話し相手にな
ってあげて」
と僕に向かって思いも寄らない匙を投げてきた。
「吉野さんの下着とか、パジャマとか、秋用の着るものを買いに行くの」
とってつけたように祖母は、僕にそう付け足すようにいって、そそくさと立
ち上がっていった。
嫌も応もなく僕は取り残され、吉野氏と向き合うことになった。
「高校の二年生か。いいなあ、若いってのは」
吉野氏のほうから、しみじみとした声で話しかけられた僕は、元来が内向的
で人見知りもするほうだったが、不思議とそれほど固くなる感じはなかった。
「昭子さん、いや、君のお婆さんはとてもいい人だ」
「ありがとうございます。僕もそう思ってます」
「私のこと、どう聞いているのか知らないが、ほんとによくしてくれてね」
「あの、僕婆ちゃんから吉野さんのUSBメモリーを預かっていて、失礼なんで
すが、中味もまだ一部ですが、よ、読まさせてもらってます。すごく丁寧な文章
で、内容にも読むたびに驚かさせることばかりで…」
「そうか、お婆さんは君に託したのか。恥ずかしいことばかりで、若い君には
刺激が強過ぎるかも知れないな」
「いえ、社会勉強には持ってこいの教材だと思って、真面目に読まさせてもら
ってます。それに…」
「それに何だね?」
「いや、読まさせてもらった中で、吉野さんの会社が乗っ取り詐欺みたいなこ
とありましたけど…実は婆ちゃんの知り合いの人も、今、借金の取り立てみたい
な暴力団に追い込まれていて、その人を婆ちゃん一人で匿まっているんですけど、
年寄り一人ではちょっと心配で…」
「それは心配なことだね。お婆さんから何も聞いてないんで…で、相手は誰か
わかってるのかい?」
「いや、僕もまだ聞いたばかりの話なんですけど、桐生市の村井組とかいって
ましたけど…」
「ああ、名前は新聞で何度か見たことのある暴力団だ」
「まあ、祖母には直接の関係はないんで、大丈夫だと思うんですけど、巻き添
えってこともありますから…」
「君は優しい少年だね。お婆さんがいつものろけるはずだ」
「そんなに僕のこと話してるんですか?」
「ああ、いつも楽しそうにね。まだ子供のくせに、この頃ひどくませてきて困
ってるてね。はは」
吉野氏は嬉しそうに、初めて声を出して笑った。
祖母と古村氏がたくさんの荷物を抱えて帰ってきたのは、出かけてから三時間
後のことだった…。
続く
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