結局、私が湯川に死ぬと思うくらいにつらぬかれ、死ぬと思うくらいの絶頂を
極めさせられた、汗や匂いも含めた愛欲の形跡もまだ生々しい布団で、教え子の
野川君と二人で寝ることになった。
竹野と湯川の二人は缶ビール何本かを持って、早々に別の間へ引き払っていっ
た。
「私、お風呂にも入ってないし、このお布団も汚れているし、野川君、嫌でし
ょ?」
と声をかけた私に、
「今夜は、僕はもういいです。さっきの先生の、あんな激しいの見ちゃって…
もうあれで降参しましたよ。…それより、先生と昔の話がしたいんですけど、い
いですか?」
「わ、私のほうこそ、教え子のあなたの前で、あんな恥ずかしいところばかり
見せてしまって…ほんと、穴があったら入りたいくらいなのよ」
私の年齢が三十五歳で、結婚はまだしていない時、その中学校で三年生になった
野川君の担任だった。
成績も中くらいで、おとなしく目立たない生徒という印象くらいしか私にはなか
ったのだが、野川君のほうは私のことをよく覚えていてくれて、私自身も思い当た
るエピソードを幾つか、懐かしそうな目で話してくれた。
「一つだけ、先生に確認したいことがあるんですけど…」
言葉の最後を濁すようにして、野川君が私の目を見つめてきた。
私の頭の中で、ピンと何かが響いた。
もういいです、と野川君が自分からいい出したことを、引っ込めようとしたので、
「…あの時の私に出た噂のこと?」
と私から聞き直した。
布団の中で片手だけを握り合いながら、親と子が寄り添うように枕を並べていた
二人だったが、
「あなたがどの程度知っているのかしらないけれど、あの噂は全部、本当のこと
よ。さっきの私の恥ずかしいとこ見られてて、あなたに嘘の上塗りはできないわ。
聞きたい?」
私の横で、野川君が喉をごくりと鳴らして、首だけ頷かせていた。
枕元のスタンド一つの灯りだけで、薄暗い天井に目を向けて、私は大きな息を一
つ吐いて口を切った。
野川君が三年の時の、夏休みだった。
日直で私が学校の職員室にいる時、私宛の一本の電話が入った。
担任しているクラスの女子生徒からだった。
「どうしたの?」
と普段通りの声で問い返すと、
「せ、先生、助けてっ」
といきなり切羽詰まったような声が聞こえてきた。
女子生徒の名前は金井美紀といって、生徒会の副会長をしているくらいに活発で、
学校の成績も優秀な生徒だった。
背も他の女子生徒より高く細身で、目鼻立ちがくっきりしていて、少し大人びた
ような美人顔をしている。
その金井美紀が夏休み前の六月初旬頃、私に相談があると思い詰めたような顔で
クラス担任の私の前に立ってきた。
いいにくい話だというので、私は彼女を私の住むアパートに呼んで話を聞いた。
同じ中学校で森岡剛という男子生徒がいた。
私の担任するクラスの隣のクラスで、私が受け持つ国語の授業では、いつも机に
突っ伏して寝ている生徒だ。
その男子生徒にある日、突然、交際を申し込まれ、それを断ると、今でいうスト
ーカーのように付きまとわれて困っているということだった。
私もその森岡剛という不良生徒の乱暴狼藉ぶりは耳にしていた。
生徒間だけでなく、教職員の間でも有名になっている不良番長で、大人以上のが
っしりとした体格と粗野な性格で、暴力行為で警察にも何度か補導歴のある問題児
だった。
金井美紀のその話を聞いて、私は最初にその生徒の担任教師に相談を持ちかけた
のだが五十代半ばの担任教師は、相手が名うての不良生徒ということで、何も処断
できないまま、日にちだけが無駄に過ぎた。
金井美紀へのストーカー行為は相変わらず続き、活発だった彼女の表情も日増し
に暗くなっていたので、私が直接、不良生徒の森岡剛に会って面談することにした。
学校内での面談と考えていたのだが、森岡剛のほうから、話を真面目に聞くから
自宅まで来てほしいと少し殊勝な連絡が入ったので、日曜日の午後に、私は彼の家
を訪ねたのだ。
住宅地に建つマンションの三階が、彼が母親と二人で暮らす住家だった。
母親は何年か前に離婚しているのだが、女性の身ながらどこかの不動産会社の役
員をしているとかで、そのマンションも少し高級な感じの内装だった。
私がそこを訪ね、玄関を上がった時、森岡剛はジャージの上下の身なりで、母親
が会社の仕事で出張しているのでといって、大きな手で麦茶を私の前に出してくれ
た。
そして、私の意識はそこで間もなく途絶えたのだ。
気づくと、私はどこかのベッドの上に横たわっていた。
全裸だというのがすぐにわかった。
仰向けになった私の真上に、森岡剛のほくそ笑んだ顔があった。
咄嗟に動こうとした私の、身体の真上の森岡剛のがっしりとした身体が、突き上
げるように動いた時、
「ああっ」
と私の口から予期しない声が漏れ出た。
下腹部のほうに奇妙な違和感があった。
森岡剛のものが、すでに私の身体の中深くに押し入ってきていることを、そこで
初めて私は知らされた。
両腕が森岡剛の両手で強く抑え込まれていて、全裸の身の私にできる抗いは何一
つなかった。
そしてそれどころではない、驚きの感情が私の胎内のどこかから、止めようもなく
湧き出てきていることを知らされ、狼狽と戸惑いと動揺の三つの大波の中に引き込ま
れる寸前にいたのだ。
自分の思考の整理が、私の頭の中でまだつかないでいるところに、森岡剛の下から
の突き上げが止まることなく続いていた。
気持ちいい、というはしたなく信じ難い言葉が、私の身体と心の中に浮かび出てい
た。
異性との身体の接触の行為は、結婚もしておらず恋人もいない私自身、この何年間
かは一度もなかった。
しかし正直いって、女としての身体の疼きのようなものを感じることは、何回もあり、
密やかに自分で出来る範囲での処理はしてきていた。
恥ずかしいことを密かに妄想し、つつましくする自慰行為だ。
それが何の予告もなく、また意に染む染まないでなく、一気に自分の身に、今、降り
かかってきているのだ。
相手は二十前後も年
下の若者だ。
「ああっ…」
身体の下のほうからの、男からの間断のない突き上げに、私の身体のどこかが順応し
始めていた。
若者か大人かわからないような森岡剛の顔が、私の顔の間近に見えた。
「ううっ…むむっ」
森岡剛の唇で私の唇は塞がれた。
力を込めて閉じようとした私の歯は、彼の分厚い舌で苦も無くこじ開けられた。
上からも下からも、私自身、ほとんど経験したことのない、女としての愉悦が私の全
身と心を責め立ててきていて、ここを訪ねてきた目的すらがどこかに消えそうに、いや、
もう消え失せていた。
ああ、私は今、犯されている。
自分より二十も年下の、中学生の男子につらぬかれている。
それでも、私は…私の身体は、気持ちとは裏腹にはしたなく感じてきてしまっている。
自分で自分の理性が立ち消えていくのがわかる。
この唐突に湧き上がった官能の渦の中に、このまま身を沈めたいと、私の心のどこか
が思っていた。
唇が離れた時、大きな吐息と一緒に、
「も、もっと激しく突いてっ…」
と私は叫ぶようにいって、森岡剛の太い首に両腕を巻き付けていった。
「ふふ、おばさん先生よ、二度目になると反応早いな」
思いがけない彼の言葉は、私をひどく動揺させた。
私が意識を失くしている時に、森岡剛にすでに私の身体は餌食になってしまっていた
のだ。
さらに彼は日寝た口調で、
「最初におばさん先生のおっぱい揉んでたらよ、いい声すぐに出してきてな。それで
パンティ触ったら、もう湿ってやんの。あんた、よっぽど飢えてたんだね」
と追い打ちをかけるようなことを、半ば呆れ顔でいってきたのだ。
「い、いやっ…い、いわないで」
主導権はハナから十五歳の中学生の森岡剛にあった。
私は自分の敗北と、十五歳の少年に屈服の証の声を挙げ、ベッドの上で四つん這いさ
れた時も従順な態度で応じ、女としての悦びの声を、長く室の中に響かせ続けていた。
「金井美紀のことは、あんたの顔、じゃない、ここを立ててすっぱり諦めてやるよ。
その代わり、あんたは今日から俺の奴隷だ、わかったか?」
黙りこくったまま剥ぎ取られた衣服を身に付けていた私に、森岡剛は煙草の煙を吐き
散らしながら平然とした顔でいってきた。
私はやはり黙ったままで、首をこくりと頷かせるだけだった。
それからは二日か三日に一度のペースで、私は森岡剛に抱かれ続けた。
学校の理科実験室に来いといわれ、昼の休憩時間の間にスカートを捲られつらぬかれ
たり、放課後の部室でマットに這わされて犯されたりと、自由自在に私は弄ばれた。
このことが学校内の噂になるのに、長い時間はかからなかった。
その噂に私は何の答弁もしないまま、教師の職を辞した。
十五歳の森岡剛を、私はいつか一人の男性として愛してしまっていたのだ。
私の発言で、まだ若い彼の将来を踏みにじりたくはないと思った。
私が退職してからも、森岡剛は私を捨てはしなかった。
頻度は月に一、二回程度に減ったが、私の身体を乱暴に抱いてくれた。
若過ぎる彼がどこでどうして手に入れてくるのか、私が見たこともないような性具や
縄を持ってきて、お前の身体は虐げられて燃える身体だ、といって私を虐め尽くしてく
るのだった。
そして森岡剛との別れは唐突に来た。
彼が無免許でオートバイを乗り廻していて、国道で大きなダンプカーと朱面衝突をし
てあっけなく即死してしまったのだ。
無論、私は彼の葬儀には出ることはできなかったが、何もない平日のある日に、私は
一人で花を手向けにいった。
「色々大変だったんだね、先生も」
「先生なんてもう呼ばないで。死にたくなっちゃうわ…」
尼僧の日記はそこで終わっていた。
時計を見ると四時半を過ぎていて、スマホに母からのメールが届いていた。
(母、急な残業で遅くなります。お父さんも急な出張で大阪一泊って。何か食べといて)
放任主義もここまで来ると…。
尼僧の長文日記を読んだ後で、吉野氏の私小説は少し重いので、祖母か国語教師か悩んで、
祖母の番号をスマホ画面に出す。
三回ほどのコールで祖母は出た。
すぐに泣きそうな声。
両親に見捨てられ夕食もないと僕がぼやくと、
「可哀想…」
また半泣きの声。
「昭子」
僕が急に声の調子を変えてそう呼ぶと、祖母は少しの間黙ったが、
「はい…」
と従順な声を返してきた。
僕の心に燻り潜んでいる嗜虐の油に火が点き、祖母を言葉で嬲りたい気になった。
「俺がいないと、昭子は寂しいだろ?」
「は、はい」
「寂しい時はどうしてる?」
「え…あ、あの」
「正直にいえよ」
「…あ、あなたの…し、下着を」
「俺の下着?…下着って何だよ?」
「あなたの下着を一枚残しておいてあるの…」
「何だいそれ?」
「あ、あなたが、私の下着で…何かしてたでしょ?」
祖母の声を聞いて僕は大いに狼狽えた。
「それに箪笥の抽斗…」
「し、知ってたの?」
「せ、洗濯機に私が置いた場所が違ってたから…」
「うーん。…で、俺の下着がどうだって?」
「あなたの匂いを…嗅いで寝ています…」
「ま、まるで変態だな」
いいながら、自分のことは棚に上げてることに気づいた。
「今度の連休楽しみにしてろ」
「いい話、聞かせてやる」
尼僧との妖しいレズ関係を念頭において、僕は祖母に謎を残して電話を切った。
もう少し恥ずかしく虐めるつもりだったのが、何か相撲技のうっちゃりを喰わさ
れた感じになってしまい、面白くない思いで、僕は台所に行き、今夜の食料を探し
た…。
続く
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