「何時の列車?」
「二時十何分…」
「荷物はまとめてあるの?」
「大体…」
「忘れ物ないようにね」
「あったら、またここに来れる」
「…………」
墓参りから帰ってからの、昼食時の祖母との会話だ。
祖母は祖母としての話しぶりで、僕は普段の十六歳のままの声だったが、祖母の
顔が時が刻々と過ぎていくたびに、段々と声とともに沈みがちになっていくのが、
高校二年生の僕の目にも、はっきりとわかった。
僕も本心的には、あまりにも激動的で激情的過ぎた、この村での約二週間前後の
ことを思うと、去りがたい気持ちは胸一杯にあったが、歳は若過ぎても自分は男だ
という気概で、淡々とした顔で夏休み最後の祖母の手料理に口と箸を動かせていた。
「あ、そうだわ」
黙々と動かせていた箸を止めて、祖母が急にその箸を置いて立ち上がった。
普段なら、食事中に僕が何かで立ち上がったりすると、行儀悪いと叱ってくるく
せに、祖母はいそいそと自分の室に入っていった。
ほどなくして、祖母は片手に黒い男物の手提げバッグのようなものを持って戻っ
てきた。
「この前、あなたにほら、ユーエス何とかっていうのが入った、小さな封筒渡し
たでしょ?」
「ああ、あの吉野さんからの?」
「そう。その時に吉野さんから一緒に、このバッグを渡されたの」
「ふーん」
「で、その時にね、これは僕のあなたへの、多分最後の贈り物だ。もし僕がこの
世の人でなくなったら、開けてみてほしいっていわれて渡されたんだけど、私、怖
いからあなたが預かってくれない?」
「遺書か何か入ってるのかな?」
「とにかくお願い」
昼食を終え、祖母から預かったバッグを手に持ち、僕は自分の室に戻った。
祖母の目が、もう少しここにいてほしいと訴えているようだったが、泣き虫にな
りかけている祖母の顔を見るのが嫌だったので、それを僕は振り切って自分の室の
畳に寝転がった。
実家に戻ったら、またあの、そこそこ口煩い母親と、適当に放任主義の父親相手
との生活が始まり、それほどには面白くもない学校生活の、ただ若さが飛び交って
いるだけの渦の中で、暮さなければいけないと思うと気が少し滅入るのだが、学校
の宿題よりも、もっと大事な宿題が僕にはあるのだと自分に言い聞かせ、怠け者の
動きで畳を転がり、窓の下のスポーツバッグの中から、祖母から預かった小さな封
筒を取り出した。
これが今の僕の最大の関心事だった。
封筒から黒い小さなUSBメモリーを取り出す。
ノートパソコンは足の下だ。
足で引き摺り寄せたパソコンの横に差し込む前に、僕はふいと手を止めた。
もう少ししたら家を出て、列車に乗らなければいけない。
懐かしの、でもない実家まで一時間ちょい。
この忙しない時間で、自分の想像では、相当に重厚な読み物のような気がするも
のを、中途半端な気持ちで読みたくないと思ったので、USBメモリーを基の封筒に
戻した。
すぐに突飛に、朝方の寺での尼僧の顔が頭に浮かんだ。
エロい三文小説でも読んで暇を潰すか、と思い、パソコンの尼僧アプリを出した。
祖母のことが気になったが、どうせ毎度のことで、僕に持たせる野菜や椎茸を詰
めた大きな土産物を、台所か庭先で拵えている最中のはずだ。
吉野という人のUSBメモリーほどの期待感もないまま、僕は画面をあちこちスクロ
ールしながら、竹野という男と尼僧の最初の頃の、行き掛り付近に目を止めた。
十一月二十六日
六日前の午後、寺の檀家の有力な人が以前から、寺のお守り役で使ってやってほし
いといっていた人物を連れて訪ねてきた。
村会議員を長く勤めた人で、、寺へのお布施も人よりも多い人の紹介だったので、
無下には断れない状況下での面談だった。
果たして私の思いは脆くも崩れ、第一印象としてはあまり良くなかったというのが、
私の感想だった。
竹野という四十代半ばの男で、顔かたちは兎も角、初対面で私を見た時の目に奇妙
な不吉感のようなものを、私は感じたのだった。
それでもその紹介者とは、何か深い関りがあるようで、結局のところ私のほうが折
れるかたちで採用することになったのだった。
しかし、後日のことで私の第一感は正しかったことを、私は自分のこの身を以って
知らされることになった…。
一昨日の夜の八時過ぎだった。
私の住家の玄関のチャイムボタンが、一度だけ小さく鳴った。
「明日の夜、八時に来る。チャイムを一階だけ鳴らす」
前日の深夜に、竹野が私にいい残していった言葉の通りだった。
私は奥座敷の仏間で、仏の前にぬかずいて、得度の経読みに没頭していた。
八畳間の仏間で、祭壇には三年前に他界している、夫の笑顔の遺影が飾ら
れている。
そして私の背後の畳には、事前に私が用意した布団が敷かれていた。
時間にして数十分も、一心不乱に努めていた私の声が、一度だけのチャイ
ムの機械的な音で、まるでそれが合図でもあったかのように止まっていた。
その場を立ちあがり、私は心中に恥辱の思いを深く抱きながら、そのくせ
自分の気持ちを異様なくらいに昂まらせながら、足を擦るようにして玄関に
向かった。
「暗い玄関に入るのは嫌だから、灯りを点けておけ」
とも、竹野は昨夜にいっていた。
玄関の硝子戸越しに、男性の影がはっきりと見えた。
訪問者が誰なのかも確認することなく、私は鍵を開けていた。
坊主頭で、法衣と袴姿の上にオーバーコートを羽織って立っていたのは、
やはり竹野だった。
「寒いっ」
の一言と一緒に竹野が、玄関口へ身体を滑り込ませてきた。
いきなり冷えた両手で、私の頬が挟み込まれ、顔を押し付けられるよう
にして唇を塞がれる。
口の中で歯が、強い舌の力でこじ開けられる。
煙草と酒の入り混じったような匂いが、私の口の中に一気に充満した。
餌を貪る獣のように、竹野の舌が私の狭い口の中で這い廻ってきた。
ほとんど無抵抗の状態で、私は竹野の荒々しい舌の責めを甘受していた。
やがて私は気づかされる。
私の身体の中のどこかに、ポッと赤い火が点り出すのだ。
昨夜もそうだった。
狭い便所の中で、私はいきなり竹野に襲われ、板壁に背中を押し付けら
れるようにして、片方の足を高く抱えられ、竹野のつらぬきを受けた。
暫くして、私をつらぬいている竹野が驚いたような顔をして、目を見つ
めてきた。
「あんた、もう濡れてきてるじゃねぇか?」
私の身体も心も知らないところでの、女としての恥ずかしい反応だった。
「ふふ、あんた、得度を受けて出家してるんじゃなかったんかい?」
蔑むような目を猶更にぎらつかせて、竹野が私の唇を唇で、掠奪るかの
ような勢いで塞ぎにきた時には、私に口の中で歯を強く閉じる力は亡くな
ってしまっていたのだった。
されるがままに、私は立ち尽くしていた。
竹野の片手が私の法衣の裾を割って、股間の奥深くに潜ってきた。
全身が妖しく上気してきているのを、私は知った。
「へへ、昨夜と一緒だな」
法衣の裾の中深くに潜った竹野の指先が、私の身体の不覚な潤みを掬い
取ってきて、淫猥な笑みを浮かべながら、その指先を私の顔の前に翳した。
「あんた、相当に淫乱だな。それにマゾっ気も相当なもんだ。今から責
めがいがあるぜ」
その後、私は竹野に抱き支えられるようにして、いきなり奥座敷まで連
れ込まれた。
「おう、用意がいいじゃねえか」
室の中央に床が延べられているのを見て、竹野は感心したような笑みを
浮かべて、その布団の上に倒れ込むように身体を崩し、
「へへ、俺もちょっとな。今日は色々持ってきてるんだ」
とそういって、オーバーコートのポケットから出してきたのは、赤い縄
の束ねたものと、男のものを形どった黒色の性具のようなものと、透明の
液体のようなものが入った小瓶だった。
「これが全部お前の役に立つってことさ。おい、こっちへ来い」
まるで自分の家の中にいるかのように、竹野は横柄な態度で私を呼びつ
けてきたのだが、私のほうにすでに抗う気持ちがなく、彼のいう通りにした。
竹野は私を自分の傍に引き寄せると、いきなり法衣の上から赤い縄で縛り
つけてきて、布団に転がして、
「のっけから強烈な責めをお見舞いしてやるよ」
とそういうと、後ろ手に縛られた私の身体を俯けにしてきて、両足の膝を
立てるようにといってきた。
両手の自由を奪われた状態での、四つん這いの姿勢だった。
嫌な予感が私の胸を突いた。
法衣の裾を大きく捲りあげられた。
露わになった私の臀部の前に竹野がいた。
いつの間にか竹野はズボンもブリーフも脱いでいた。
「ああっ…い、いやっ…そ、そこは」
私は悲鳴のような声を挙げて、四つん這いの姿勢を崩そうとしたが、男の
竹野の力は強く、どうにも動けなかった。
私の悲鳴の要因は、剥き出された臀部の尻穴付近に、唐突にべっとりとし
た粘い液体が塗り込まれてきたからだった。
「ふふ、昨夜あんたをバックから犯した時にな。この尻穴見てすぐにわか
ったよ。ウンチ以外にここを使っているってことがな」
私しか知らない恥ずかしい秘密を暴露されて、私は慌てふためき、顔を布
団に強く埋め込むしかなかった。
夫を亡くして数年、五十をとっくに超した年齢でも、無性に寂しく切なく
なる夜があり、夫が生前に教えてくれた、その部分への愛撫の行為に、時折
耽る夜があった。
そういう行為を亡夫は好み、それ用の器具も残していてくれていたのだ。
厳かな得度の洗礼を受け出家の身に服していながらの、不埒不遜な行為で
あることを知りながらの愚行だった。,
その恥辱の愚行を、昨夜犯されたばかりの竹野に知られてしまった私に残
されているのは、この男への観念の屈服しかなかった。
顔は見えないが竹野はおそらく勝ち誇ったような顔で、私の臀部の恥辱の
部分を責め立ててきているのだろうと思った。
ずぶりという感覚で竹野のものは、私の胎内深くに滑り込むようにして侵
入してきた。
「ああっ…いいっ」
布団に子を深く埋め込んだ中で、私は呻くような声で喘いだ。
冷たく固いだけの器具の感触とはまるで違う、それは快感だった。
人のものが入ってきているという、生温かい圧迫に、私は忽ちにして酔い
痴れていた。
「ふーむ。歳食ってる割にはいい締まり具合だぜ」
勝利に酔ったような竹野の声が聞こえた。
「ああっ…いいっ、いいわ。…も、もっと」
「もっと何だ?」
「もっと犯してっ…わ、私を滅茶苦茶にしてっ」
竹野への完全な屈服と、これからの隷従を誓わせられ、私はこれ以上ない
くらいの絶頂の極致に達していた。
もうこの人とは離れられないと、心の隅で思った。
ここまで読み終わった時、玄関口のほうから僕を呼ぶ祖母の声がした。
室を出ると玄関の上がる口に、大きな紙袋が置いてあった。
「これ、お母さんにね」
といとも容易そうに、紙袋の横に腰を下ろした祖母がいう。
「重くないんだろうね。去年の夏休みの時なんか、途中で袋破れて往生し
たんだから」
不平の目で祖母を睨みつけて僕は返した。
「もう少ししたら出かけないと」
少し寂しそうな目でいって、祖母はすたすたと自分の室に入っていった。
居間で手持ち無沙汰でいると、
「雄ちゃん、ちょっと来て」
と祖母の呼ぶ声がしたので行くと、
「これ、私から」
と室の中央に立った祖母が、僕に小さな封筒を差し出してきた。
「沢山は入ってないけど、真面目な本でも買って」
「何だよ、それ」
「この休みで色々とあなた、大人の勉強したから」
「うーん、そうかな?」
祖母が僕の前にさらに近づいてきた。
祖母の化粧のいい匂いが、僕の鼻先を心地よく漂った。
「私のこと、嫌いにならないでね」
「なるわけないじゃん
「もう一度キスして」
僕も一歩足を踏み出した。
祖母の華奢な両肩に手を置き、身を屈めるようにして唇を近づけていく。
祖母の唇の柔らかい感触が、僕の心に沁みた。
すると祖母が、いきなり両腕を僕の首に巻き付けてきた。
「帰ってほしくない…」
寂しい声でそういった祖母に、僕は言葉を返せなかった。
「ね、最後にもう一度、名前を呼んで…」
祖母のその言葉には、僕はおまけ付きでしっかりと応えた。
「昭子、
愛しているよ」
重い紙袋とスポーツバッグを下げて駅に着くと、雑貨屋の叔父さんがにこやか
な顔で寄ってきて、
「兄ちゃん、いい夏休みだったかい?」
と聞いてきたので、
「ええ、この村が益々好きになりました」
と笑って応えた。
僕の真後ろで、祖母はもうべそをかいていた…。
続く
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