彼女が俺を覚えているとは。
予想外だったが、正直嬉しくもあった。ポジティブな印象を抱かれている可能性は万に一つも無いが、それでも自分の存在が彼女の記憶にきざまれているというだけで、勝手な繋がりを感じるには十分だ。仕事の疲れも吹き飛んでしまう。
早く1週間が経たないかな。いっそのこと明日明後日にでも追加で新しくAVを借りに行こうか。そんなことを考えながら、彼女にどことなく似ている女優を"オカズ"に自慰三昧の日々を送っていれば7日など瞬く間に過ぎていくのだった。
そして迎えた1週間後。
レンタルバッグを返却口に放り込みつつレジを確認する。彼女はいない。
今日、水曜日はいつも店内で見かけているから、きっと休みではなく、棚などの整理をしているのだろう。レジに戻ってくるまで待たないとな。そんなことを考えながら、店の最奥にあるアダルトコーナーへ向かう。
のれんをくぐり、向こう側へと足を踏み入れた俺は、思わずあっと声を上げそうになった。
彼女がAVのパッケージをじっと見つめている後ろ姿が目に飛び込んできたからだ。
なぜあの子がこんなところに?返却されたディクスをパッケージに戻す作業の途中だったのかもしれないが、ふつう未成年のアルバイトにAVの管理をやらせるだろうか?
それに、仕事中にしてはやけに念入りにあのパッケージを見つめている。ディクスを戻すだけなら内容を精査する必要はないはずだ。何をしているのだろう?
この状況をうまく飲み込めず固まっているうち、彼女がこちらに気づいてしまった。
「あっ……」
彼女はしばし呆然としていたが、はっと我にかえり、なにやらモゴモゴと呟きながら俺の横をすり抜けて出て行ってしまった。
予想外のハプニングに動転しながらも、俺はとりあえずいつも通り彼女の待つレジへ、AVをたずさえて向かった。
「お、お預かりいたします」
だが、彼女の様子はどうもおかしい。いつもの手際の良さはどこへやら、たった数本バーコードを通すだけの作業は遅々として進まず、なぜかあたりをキョロキョロしている。
大丈夫だろうか……。
さすがに不安になってきたその時、いきなり彼女が話しかけてきた。
「あの……お、お客さま、いつも……こういうビデオ……借りて行きますよね……」
なんだなんだ。ついに俺のセクハラ行為へ苦言を呈するつもりなのか。
「あの……その……それで……」
固唾をのんで次の言葉を待つ。
「あの……さっきの……私、見て……ましたよね……?」
「え、ああ、見……ちゃいましたね」
そして、少しの沈黙。彼女はもう一度、周りを丹念に見回す。本当に何を言うつもりなのだろうか。
若干おびえていた俺の耳に飛び込んできたのはあまりに予想外の言葉だった。
「わた、わ……わた…し、こういうの……興味があって……すごい……見てみたいな……って思ってて……」
「それで……お、お客さ、お客さんはよくウチに来られるので……私のことも覚えてると思うし……」
「も、もし良かったらで……いいんですけど……協力してもらえませんか……?」
俺は頭が真っ白になった。
「は?え……?ど、どういう……ことです?」
「ええと……だからその……私が気になる……やつをお客さんが代わりに借りてほしいんです……。お金は渡すので……」
「え、いや……」
「やっぱりダメですか……」
しょんぼりと俯く彼女に、慌てて声をかける。
「だ、ダメじゃないよ!俺でいいなら協力するよ!するする」
俺は夢でも見ているのだろうか。
「ほんと……ですか」
彼女の顔がぱっと明るくなった。かわいい。
「もちろん!でも、色々きちんと話したいことが多いな……どうしようか」
「じゃあ、私あと1時間で上がりなので……待っていてもらえませんか?」
「え!?」
彼女と待ち合わせ?
「え、い……良いけど……」
やはり俺は夢を見ているのだろう。
「じゃあこれレジ通しちゃいますね」
彼女はそう言ってパッパと会計を済ませると、控えめに手を振って俺を見送ってくれた。
「えと……じゃあ、駐車場の奥の方に停まってるナンバー×××-×××のセダン、あれ俺の車だからさ、そこまで来てよ」
「分かりました」
……駐車場へ戻り、車の中で頭をめぐらせた。
いたずらだろうか……。もっと悪ければ美人局なんかの可能性もある。彼女のような清楚な雰囲気のJKがそんなことに手を染めているとは思いたくないが、俺のようなうだつの上がらない30がらみの男に性の相談を持ちかける女学生など、まさかいるわけがないのだから、犯罪の可能性のほうがはるかに高い。
このまま帰ったほうがいい。彼女のことは忘れよう。……そう理性が訴えかけてきているというのに、あの容姿を、声を思い出すたび、後ろ髪をひかれる。
……逡巡しているうちに1時間が経ってしまったのだろう。窓をコンコンと叩く控えめな音に、俺は飛び上がるほど驚いてしまった。
窓を開ける。
「ほんとに待っててくれたんですね」
彼女が、立っていた。ブレザーの制服がかわいらしい。スカートはそれほど短くなく、靴下もピッタリとしていて品のある佇まいだ。
「あの、助手席……乗ってもいいですか?」
「えぇ!?あ、いやもちろん……いいけど……」
彼女が助手席に乗り込んでくると、シャンプーのふんわりとした香りが鼻をくすぐる。
「じゃあ、さっそく相談はじめますか?」
店内で会うよりもラフな印象で、かなり距離が近い。
「う、うん……」
俺は己をなんとか落ち着かせながら、彼女にDLサイトについて説明しようと思っていた。あれなら、スマホとメールアドレスがあればいくらでもアダルトな映像が見られる。本来は未成年が利用するのは違法だが、彼女ならリテラシーも高いだろうし大丈夫だろう。素性の知れない客に頼る必要もないし、安全だ。
だが……。
俺の話を聞くために少し身を傾けたとき、たゆんと揺れた彼女の胸を見た瞬間に、理性が弾け飛んでしまった。そんなにエロいことに興味があるのなら、ただ見るだけではなく味あわせてやる。そう思ったそのときから、俺の意識は完全に性欲に支配された。
「あ、あのさ……DVDが確保できたとして、ど、どうやって再生するつもりなの?」
「えーと……確か、おうちにプレーヤーがあったはずなので……」
「テレビも必要なんだよ?お父さんお母さんにバレないようにできる?」
「うち、いつもは家に親がいないのでそれは大丈夫です!」
聞き捨てならない情報に、思わず生唾を飲み込む。
「え、なにひとり……暮らしなの?」
彼女は何の気なしに答えた。
「えーと……お母さんと2人で住んでるんですけど、今は単身赴任中なんです」
「家が持ち家だから、転校が不安だったこともあって、私が残ることになって~~」
怖いくらいに都合が良すぎる。本当に……本当なんだろうか。俺は実は死に瀕していて、これは今ぎわに見ている夢なのではないだろうか。
なんにせよ、もう覚悟はできている。ここまでお膳立てされているということは俺は天に許されているということだ。
俺は意を決して、彼女に提案した。
「あのさ……DVDプレーヤーとか、いじったことないでしょ?もし、もし良かったら……俺がおうちまで着いて行ってセッティングとか、手伝おうか?」
こう言い切ってしまった瞬間、もう後戻りはできない緊張で心臓がバクバクと鳴った。
彼女はどう答えるだろう。行けるか?大丈夫か?
「ほんとですか!ご迷惑じゃないなら……ぜひお願いします!」
笑顔がまぶしかった。
……まさか、こんな幸せが転がり込んでくるとは、人生とは本当に思いがけないものだ。
彼女の家まで車を走らせるあいだ、この子を絶対に逃さないよう俺のものにしていくにはどうすればいいか、何度も何度も頭をめぐらせながら、助手席に身を預ける俺の天使の姿を何度も確認ていた。舌なめずりをしないよう気をつけながら……。
「そういえば名前、なんていうの?」
「智冬(ちふゆ)って言います」
…………
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