しかし、私の色情狂の踊りも、そう長くは続きませんでした。
息が切れ、身体が動かなくなったんです。
荒い息をしながら、立木の根本に踞っていると、またガサガサと言う音が聞こえました。
恐い..。
もう、耐えられない..。
涙も声も枯れてしまいました。
そんな時に、やっとテントの方向から人が近づいて来る音が聞こえました。
そちらの方向を凝視すると、小さな明かりが見えてきました。
それが段々と近づいて来て、やがてランタンを手にした夫の姿まで見ることが出来ました。
私は、ほっとしました。
やっと助かったんだ。
夫も気が済んだんだわ..。
そして、私を助けに来てくれたんだわ..。
そう思っていたんです。
夫は、地面に座り込んだ私の前に立ちました。
私の枯れていた涙が、再び溢れてきました。
ひっ、ひっ、としゃくるようにすすり泣きながら、私は夫の足にすり寄りました。
夫が私の顎に指を掛けて、私の顔を上げさせます。
「辛かったか?」
夫の声に、私は
「酷いわ..。酷いわ..。
女の私に、こんな事をするなんて..」
と答えました。
我ながら、ちょっと怒ったような、それでいて甘えてるような、如何にも女性が男性に媚を売ってるような声だったと思います。
こんな酷い事をした夫に対して腹を立ててる、とか言う意味ではないつもりでした。
むしろ
「もう、降参..。私の負けよ..。」
と言うような意味のつもりだったんです。
女の私に、これだけ酷い経験をさせたんだから、夫はもう気が済んでる筈..。
浅はかにも私は、そう思い込んでいたんです。
ところが、夫の反応は予想したのと違っていました。
「まだ元気があるな..。」
冷たくそう言うと、スタスタと一人でテントの方へと戻って行くんです。
私は泣きわめきました。
「いやー!ごめんなさい!
置いていかないでー!
恐いよー!
貴方ー!助けてー!」
まるで小さな幼女の様にです。
それでも夫は、完全に私を無視して遠ざかって行きました。
あまりの悲しさに、私は地面にペタリとしゃがみ込むと、また失禁してしまいました。
夫の持つランタンの明かりが完全に見えなくなると、春なのに山の夜の冷たさがヒシヒシと私の身体を冷やしていくのを感じました。
私は湿った地面にうつ伏せに倒れ伏して、しくしくと泣き続けました。
もう大きな声を出す気力も失ってしまったんです。
オナニー等で辛い気持ちを紛らかす気力も、もうありませんでした。
夫は、いつまで私を、ここに縛ったままにしておくのかしら?
朝まで?
いや、もしかしたら明日も、ずっとこのまま縛られてるかもしれない..。
仕事のお休みは明後日までだから、その翌日に私が出勤しなかったら、職場の誰かが家に様子を見に来てくれるかもしれない。
でも夫が、妻は急な用件で..とか言えば、さらに数日間はそのままになるかも..。
そうなったら、多分私は、もう、生きてないわ..。
こんな山の中で、真っ裸で、縛られたまま、寒さか空腹か、喉の渇きで死ぬのかしら..。
野犬か猪、もしかしたら熊なんかに襲われて、食べられしまうかも..。
いえ、違うわ..。
夫から、すごく酷い方法で拷問されて、苦しみながら死んでいくのよ..。
そして、この近くに掘られた穴に投げ込まれて、誰にも知られずに消えていくの..。
なんて、可哀想な私...。
その時の私は、現実の苦しさから逃れるために、未来の妄想を頭の中で繰り広げていたんだと思います。
実際、そんな妄想をしながら、地面に横たわっていた間は、あまり現実の辛さを意識せずに済みました。
しばらくして、頭の上で木の枝が、パキンと大きな音を立てました。
ビクッとして顔をあげても、闇はますます暗くなっていて、曇ってきたのか、もう星すら見えなくなっていました。
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