「ベランダから、裏の通りが見えるでしょ…。」
由紀子の話し声が、入ってこない。
『見られてたんだ。』
そんな思いが、俊樹の頭を駆け巡る。
「ちょっと、聞いてるの?」
由紀子の言葉にハッとする。
「あ、ああ、き、聞いてるよ。」
俊樹は、いつ、変質者の正体が自分だと言われるのかヒヤヒヤしながら、由紀子の話を聞いた。
「戸締りしてから、寝ようと思ってね、そしたら人影がして。ベランダから見てみたの。裏の通りに自販機があるでしょ。あそこにいたのよ。」
『やっぱり、見られてたんだ。』
由紀子の話す光景が鮮明に蘇る。
「それが、美紀さんに見せてもらった動画の男と同じ格好なのよ。パンツ1枚の裸で。良く見えなかったけどきっと女性ものよ。」
『いっそのこと、早く、「あなたでしょ」って言ってくれ』
由紀子に焦らされながら責められてると思っていた。
「それでね、見回りしてるあなたに教えてあげようと思って、電話したの。」
「えっ。」
少し雲行きが変わって来た。
「そしたら、話し中なんだもん。」
「あ、ああ、そう。」
『これは、どういうことだ』
「それで、誰かわかったの?その変質者の正体。」
胸が裂ける思いで聞いてみた。
「それが、わからないのよ。ちょっと遠いし、マスクしてたのよ。」
「あ、そ、そうなの。」
一気に目の前が明るくなった。
「なんだか、嬉しそうね。」
「そ、そんなことないよ。」
『あぶない、あぶない』
「だから、早くあなた達に捕まえてもらおうと思って。美紀さんだって女一人では危険でしょ。それで、あなたの電話が終わるの待ってたのよ。」
ようやく事態が飲み込めた。
「そ、そうだったのか。残念だったな。昼間の問題で会社から電話があってさ。まいったよ。そっちはなんとか片付いたんだけどね。」
「それでさ、その変質者、それからどうしたと思う?」
「さ、さあ、どうしたの。」
相槌にも余裕が感じられる。
「自販機の前で、余裕でジュース飲んでるのよ。誰か来るかもしれないのに。」
『余裕なんて無いよ。』
喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
「へぇ~、大したもんだな。」
「まだあるのよ。」
「今度は何したの?」
「自販機の横に電柱あるでしょ。あそこにおしっこをしたの。犬みたいに片足上げて。」
『全部、しっかり見られてたんだな。』
「そしてね、終わったらマンションに入って来たのよ。やっぱり、ここの住人だったんだわ。捕まえるチャンスだったのに。」
治っていた怒りが復活して来たのか、
「私、もう寝るわね!」
そう言うと、寝室に入って行った。
由紀子の居なくなったリビングで、
「よかった、バレなくて。」
俊樹は胸を撫で下ろした。
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