「ただいま~」
「おかえりなさい。」
由紀子は、俊樹を玄関で出迎えた。
「お母さん、どうだった?」
リビングに向かいながら、俊樹が実家の様子を聞いた。
「ちょっと、大袈裟なのよ。お父さんがお母さんに頼りっきりだから、ちょっと困らせてやろうと思ったみたいなんだけど、そしたら、私を呼んじゃったもんだから。こっちとしたら、飛んだとばっちりだったわ。」
「まあ、いいじゃないか。お父さんだって、由紀子に会いたかったんだよ。たまには、顔を出してあげないとね。」
「そうするわ。」
「着替えてくるね。」
「食事の用意しておくわ。」
部屋に入ると、早速メールをする。
“美紀様、今、帰ってきました。トイレに行ってもいいでしょうか。”
すぐさま返事が返ってきた。
“お帰りなさい。言い付けは守ってるわね。いいわよ。由紀子さんによろしくね。”
『由紀子によろしくって?』
着替えを済ませて、食卓に着くと、由紀子が話し出した。
「今日ね。美紀さんが来てね、ランチしたの。」
『ああ、それで、よろしくか。』
先程の美紀からのメールを思い浮かべる。
二人がランチするのは、よくある事なので、今までなら特に気にする事は無かったが、昨日の事があるので、何を話したのか探りを入れてみる。
「澤村さんも、ご主人が単身赴任なんだって。」
昨日、美紀が来た事は言わなかった。
「昨日、来たんだってね。」
「え、あっ、う、うん。」
いきなり言われて動揺してしまう。
「なに、慌ててんのよ。相談に乗ってあげたんだって。」
「あ、ああ、そ、そうだよ。」
後ろめたい気持ちから、返事に詰まってしまう。
「マンションの見回りまで付き合ってあげたんだって。」
「え、そんな事まで。」
美紀が、どこまで話したのか、気が気でない。
「あ、ああ、夜遅くなってしまったんで、女一人だと心細いって言うので。」
美紀が、何か疑ってるんじゃないかと思って言い訳がましく言うと、
「いいのよ。美紀さんも自治会の役員として頑張ってくれてるんだから。手伝える事は手伝ってあげれば。」
由紀子の機嫌も悪そうではなかったので、警戒心もとれて、
「そ、そうだよね。由紀子もお世話になってる事だし。」
「それでね、美紀さんからは、誰にも言わないでって言われたんだけどね。」
「えっ!なにっ。」
鼓動が速くなるのがわかる。
「マンションに不審者が出るんですって。」
「な、なんだって。」
少し声が上ずる。
「そんなにびっくりしなくていいじゃない。」
予想以上の俊樹の反応に、少し驚きながら話しを続ける。
「そんな事があったので、あなたに見回りを付き合ってもらったんだって。」
「そ、そうなんだ。俺にはそんな事言ってなかったな。」
背中にじっとりと汗が浮かぶ。
「実はね、私も見たのよ。」
「な、なんだって!」
『まさか、あの動画を見せたんじゃ…。』
「どうしたのよ、さっきから、声が大きいわ。」
由紀子は、あくまでも淡々と話しているが、俊樹としては居ても立っても居られない心境で、それを悟られない様に平静を装っているつもりがつい声が大きくなってしまう。
「マンションの屋上でね。裸に女性もののパンティ履いてるのよ。」
「槌槌槌」
言葉が出ない。絶望の文字が頭に浮かぶ。
「あなた、聞いてるの?顔まで写ってないので、誰だかわからないんですって。」
「えっ、あ、そ、そう。」
『顔が写ってるのは見せてないんだ』
内心、ホッとするも、これは、いつでも見せられるわよ、という美紀のメッセージだとも思い、背中の汗がさらに噴き出す感じにゾッとした。
「なんか、今日のあなた、少しおかしいわね。」
「そ、そんな事ないよ。」
食事を終えて、部屋に戻ると美紀からメールが入っていた。
“由紀子さんから、不審者の話聞いた?俊樹さんって知ったらどんな顔するでしょうね。ふふふ”
絶対に美紀には逆らえないと、あらためて身に染みて感じた。
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