「それでね、ご主人には言ってないんだけど。」
ランチをしながら、美紀が話し出した。
「え、何?」
美紀の表情が変わったので、由紀子も身構える。
「実は、マンションに不審者が出るって噂があるのよ。」
「え~、そ、そうなの。」
由紀子の表情も真剣になる。
「ちょっと、これ見てくれる。」
美紀がスマホを出して、再生した動画を由紀子に見せた。
「な、なにっ!こ、これ…。」
動画に見入る由紀子に向かって、
「自治会宛に、匿名で送られてきたのよ。」
--美紀が見せた動画は、俊樹が屋上で露出していたものだったが、由紀子には、誰だかわからない様に、俊樹と特定出来る所は加工された動画だった。--
「これって、このマンションの屋上でしょ。嫌よね、こんな人がいるなんて。」
美紀は、内心ワクワクしながら、心配そうな表情で、由紀子の様子を窺った。
「ほ、本当に、このマンションの住人かしら?」
明らかに嫌悪感を示す由紀子に、
「夜中に、屋上に行けるのって、外の人じゃ無理でしょ。誰かが手引きしたのなら加工だけど。」
『貴女のご主人なのよ。わからないかしら。ふふふ。』
心の中で呟くと、つい顔が綻んでくる。由紀子は、動画に釘付けで、美紀の表情には気がつかない。
「そんな事もあったので、昨日の夜、ご主人に見回りを付き合ってもらったの。ちょっと怖いでしょ。ご主人には、不審者の事は言ってないんだけどね。」
「そうだったの。」
「そしたらね。」
美紀が、話しを続ける。
「うん、うん。」
由紀子も、興味津々の様子で、相槌を打つ。
「ゴミ出しの黒川さんにバッタリ会っちゃって。」
「あら、黒川さんも、夜中にゴミ出ししてるのね。いつもきちっとしてそうだけど。」
由紀子は、少しお高くとまっている黒川瞳が、苦手だった。
「それでね、ゴミ置き場へ行く通路の所に水溜りがあるって言ってきて。誰か、おしっこしたんじゃないかって。」
「私は、もしかしたらって思ったんだけど、不審者の事を言うとマンション中に知れ渡るでしょ。みんなを不安がらせるのも嫌だから、その辺の野良犬じゃないのって言っておいたのよ。そうよねって納得してたみたいだったけど、私は、この不審者の仕業だと思ってるのよ。」
美紀は、スマホの動画を指差した。
「嫌だわ。もし、それが本当なら。」
由紀子も、動画をもう一度見て軽蔑の表情を浮かべる。
『そのおしっこもご主人なのよ。軽蔑してるこの不審者は、貴女のご自慢の亭主なのよ。』
喉まで出かかった言葉を飲み込んで、
「由紀子さんも、夜は気をつけてね。」
「そ、そうね。気を付けるわ。」
「あっ、ごめんなさい。すっかり話しこんじゃって。由紀子さん、疲れてるのに悪かったわね。」
「ううん、ごちそうさま。美味しかったわ。」
「じゃあ、またね。」
美紀は、玄関を出ると笑いが込み上げてきた。
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