まだエントランスに残っていた美紀を見つけて瞳が近寄ってくる。
美紀は俊樹を壁の陰に行かせて、瞳が近付いて来るのを待っている。
『見つかってしまったかしら』
緊張感で顔が強張る。言い訳を頭の中で巡らせる。
「澤村さん!」
瞳が困った様な表情で声をかけてきた。
「ど、どうかしましたか?」
思ってたのと様子が違ったので、言葉を選びながら応える。
壁の後ろに隠れている俊樹の直ぐそばで美紀と瞳が話している。
俊樹には瞳の表情はわからないので、しっかりと聞き耳を立てている。
『ちょっとでも、回り込まれたりすると見つかってしまうな。』
美紀と話してる間にこっそりと階段を上がってしまえば見つからずに済むものを、足はそちらに向かなかった。
『裸の男が、貴女の直ぐそばにいますよ。』
心の中で呟きながら、無意識に股間に手が伸びていた。
「外のゴミ置き場の前の通路でね、誰かおしっこしたみたいなのよ。水溜りになっててね。」
入り口の方を振り返って指差しながら。
『良かったわ。見つかったんじゃ無かったのね。』
美紀は余裕が出てきて、
「まあ、誰かしら。私が、さっき見回った時はなかったわよ。」
少し大袈裟に驚いてみせる。
「うん、たった今だと思うわ。まだ乾いていなかったし。」
「野良犬かもしれないわね。」
「そうかしら、犬があんな通路の真ん中でするかしら?」
「ちょっと、見て来るわね。黒川さん、ここにいて。」
そう言うと、瞳をその場に残して、美紀は外に出て行った。
瞳との間に美紀がいなくなった途端に緊張感で体が固まる。少しでも音を出せば瞳に覗き込まれるだろう。
もちろん、音を出そうなどとは思うはずがない。
普通の精神状態なら。
頭では動かない様に念じているのに、体が動こうとしている。
『ダメだ、ダメだ、動いたらおしまいだ』
葛藤が続く。
カチャ
首が動き、リードと擦れる音がした。
『しまった』
コツコツコツ
小走りに美紀が戻ってくるヒールの音が近づいてきた。
「本当ね。あったわ。」
美紀の声がする。
自分では凄く大きな音に聞こえた首輪の音だったが、瞳には、美紀のヒールの音にかき消された様だった。
「でしょ、嫌だわ。犬なら、まだ何とか許せるけどね。」
「そうね。不審者なら、気味が悪いわよね。もう少し見回ってみるわ。」
「ごめんなさいね。変な事押し付けちゃって、じゃあ、家に戻るわね。」
瞳は、怪しむ素振りもなく、エレベーターで戻って行った。
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