殿様と敵司令官ルーマーとの会談は、内容的には簡単に終わった。
殿様が望んだ条件は、ほぼ受け入れられた。
殿様の望んだ条件とは、帝国にとって有為な人材である自分の幕僚以下の助命と釈放。
殿様は、やはり帝国の忠実な臣下だった。
自分の助命など、最初から要求しなかった。
ただ、出来れば自分は戦うだけ戦い、武器も食料も尽きて、最期は戦死としたかった。
ルーマーは腹の太い男だった。
殿様の条件は、ほぼ受け入れた。
「実際、貴殿の食料は尽きておりますからな。
食料尽きるまで戦い、それで貴殿は戦死。
お国の皆さんも、それで納得されるのでしょうな。
ところで、生き残っておられる3人の若いお付きのご婦人方も、一緒に釈放と言うことでよろしいか?」
ドライは、会談の行われている部屋の隅に、ほとんど存在がわからない程、つつましやかに立っていた。
話が自分とフィンフ、はるの事に及んだ時、さすがのドライも鼓動がわずかに強まった。
殿様は答えた。
「あの者達は、帝国の家臣では無い。
余の奴隷だ。
釈放には及ばぬ。」
「ほう?
では、貴殿の亡き後、三人の身柄はどのようにすればよろしいか?」
しばらくの沈黙の後、殿様は答えた。
「二人については、考えがある。」
「それは、どのような事ですかな?」
ルーマーの問に、殿様は淡々と答えた。
「一人は余の最期の旅の付き添いにする。
もう一人は、余が食料尽きるまで戦ったと言う記録のため、その身を使うことにする。」
連邦には、原則奴隷制度はない。
ルーマーは、知識として帝国の奴隷制度は知っていたが、今目の前にいる帝国貴族が、ごく当たり前のように奴隷の女性の生命を断つ決断をしたのに、強い衝撃を受けた。
「そのような事は、勝者たる私が許可しないと言ったら..」
ルーマーがそのまで言った時、部屋の隅でガチャンと音がした。
ルーマーと衛兵がそちらを見ると、居るか居ないか分からない程だったドライが、手に割れたガラスの水差しの尖った破片を持ち、それを自分の頸動脈に当てていた。
殿様の声がした。
「お分かりか?
貴殿が許す許さないは、関係ないのだ。
この者達は、余から命じられるのが、喜びなのだ。」
ルーマーはしばらく顔を赤くして黙っていたが、やがて
「そのご婦人達は軍籍には無い。
ご自分の好きになさるが良い!」
と言って席を立った。
連邦の宿舎から自分の夜営地に戻ると、殿様はドライに言った。
「良くやった。誉めてつかわす。
褒美に、今宵の伽と、余の旅立ちの付き添いを命ずる。」
ドライの顔は、幸せに包まれた。
「さて、フィンフ、はる。」
殿様は残る二人に声を掛けた。
「余は戦った。普通の食料が尽きるまで。
そしてその後も、可愛がっていた奴隷の一人を肉として料理して食し、最後まで戦った。
そのようにしたいのだ。」
フィンフとはるは、深く深く頭を下げた。
はるは、声を出して言いたかった。
「私をお召し上がりください!」
と。
しかし、目上のフィンフを差し置いて、殿様に直訴は許されない。
フィンフは両手で自分の胸を押さえ、恍惚とした表情で殿様を仰ぎ見た。
「ドライ様は、殿様のお供。
殿様に食べていただけるのは、この私..。」
その幸せに溶けそうな顔には、そのように書かれていた。
しかし、殿様の命令は、フィンフを裏切った。
「ドライとフィンフの二人で、はるを生きたまま料理せよ。
あの連邦の司令官を招待して、帝国貴族が恐ろしいことを教えてくれるわ!」
歓喜の涙にくれるはるに対し、フィンフは悲歎の涙で床に泣き伏した。
殿様が退室し、それに続こうとするドライにフィンフは、
「あんまりです!殿様はあんまりです..」
と泣きつこうとしたが、ドライは冷たい表情を作ると、そんなフィンフの頬を平手打ちした。
「殿様のご命令じゃ!」
条件反射だった。
フィンフは一瞬で平常心に戻り、スカートの裾を持って膝を折り、上司であり、姉であり、友であり、恋人でもある、ドライの後ろ姿に深々と礼をした。
それから、改めて涙を流しながら、はるを料理するための準備に取り掛かった。
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