咲枝の家は、集落でも大きな農家だ。
耕地面積も広いし、米、麦、野菜も作るし、家畜も飼っている。
当然人手が足りないから、裕太のような中学生を雇うこともあった。
裕太が咲枝の覗きをしようとした先輩を止めて殴られたと聞いて、誰より心配し、嬉しかったのは咲枝だった。
裕ちゃんにもっと会いたい。
咲枝は裕太に、可愛らしく淡い恋心を抱いているし、両親をはじめ、周囲もそれを認めていた。
小学生の時に、裕太に恥ずかしいところを見せたのは、今の言葉で言えば黒歴史となるのだろう。
去年の秋には鎮守の神様に差し出された時、神様に裕太に恥ずかしいところを見せたことを告白してしまった。
神様は最初怒ったみたいだったが、結局私の心がきれいだ、と言ってくれたし、裕太にも罰は与えないと言ってくれた。
それが咲枝の心を明るくさせた。
お父さんお母さんも、裕ちゃんは良い子だって認めてくれてる。
私が裕ちゃんに相応しい、優しく賢く、そして可愛い女の人になったら、裕ちゃん、私をお嫁さんにしてくれるかな?
咲枝の恋心は、咲枝の成長に良い方向に刺激的となった。
しかし、現実の二人の恋心は周囲に知られているので、かえって子供の時のように気ままに会うことは出来なかった。
中学生の女の子が、友達から、
「初詣、裕ちゃんと二人で行くんでしょ。
そうしなさいよ。」
と焚き付けられて、はい、そうするわ、とは言えないものだ。
それは裕太も同じだった。
一度、真面目だし勉強もしてる、と言う評判を受けると、その評判を崩す訳にはいかなくなる。
だから、二人はたまに会って、よそよそしい会話しか出来なかった。
冬休みが終わり、学校も始まった。
裕太は早朝から咲枝の家の家畜の世話に行き、その仕事が終わってから、学校に行く。
咲枝も働き者で、早朝から農業の手伝いをするから、二人が会える時もあるが、「おはよう」と挨拶を交わす程度だった。
寒い土曜日の夜、咲枝は机で勉強していたが、急に
「裕ちゃんに、会いたい..」
と独り言を言ってしまい、それを自分で驚いた。
咲枝はまだ、自分で自分の身体を慰めることは知らない。
しかし頭の中では、大好きな裕太から抱き締められ、唇にキスされ、そっと着ている物を脱がされて..、と想像することはあった。
その時も、勉強をやめて、机に頬杖をついたまま、裕太から甘く、ちょっとエッチなことをされる想像をしようも思った。
ところが、目の前の窓の外、塀沿いに生えている大きな木の上に何かいた。
猫よりずっと大きい?
それが枝の上で立ち上がった。
シルエットに見覚えがあった。
あの衣装を着て、剣を腰に差した鎮守の神様だ。
神様が咲枝の方を見て、片手で地面を指す。
どうやら、「庭に出てこい」と言ってるようだ。
咲枝は居間にいる両親に気づかれずに、そっと勝手口から庭に出た。
雪は降ってないが、風が強く寒い夜だ。
やはり鎮守の神様だった。
神様に何と挨拶をするのか咲枝は知らない。
やはり手を合わせて柏手を打つべきだろうか?
迷っていたら、神様の方から話しかけてきた。「裕太とは、うまくやっておるか?」
咲枝はドキッとした。
さっきまでの自分の心を見透かされたのかと思った。
それに、裕太とは、これと言った進展もない。神様に何と言えば良いのか?
「その様子では、悪くはないが、良くもない。しかし、お前としては、これから裕太の心がどうなるのか心配、と言うところであろうな。」
神様はズバリと言い当てた。
「その、通りです..。」
咲枝が小さな声で答えると、神様は
「本来わしは、村を守るのが仕事であって、男女の仲を取り持つのは、出雲の大神の系統、ここで言えば田の神、山の神になる。
ちなみに、先日お前が悪い輩から身を覗かれかけたのを、裕太が止めるように仕向けたのはわしじゃ。
裕太は男として、お前をちゃんと守れたことに、わしも満足しておる。」
そんな父親としての息子への見方は、まだ幼い咲枝には分からない。
「裕ちゃんが乱暴にされて、怪我したのは、神様のせいなんですか?」
咲枝の率直な批難が堪えたのか、神様は声の調子をトーンダウンした。
「よし、わしがおぬしを田の神、山の神に取り持ってやろう。
さすれば、二柱の神の働きにより、おぬしと裕太との仲は、さらに進むであろう。」
咲枝は素直に喜んだ。
「どうすれば、良いんでしょうか」
「明日、神の麦畑で、麦踏みをせよ。」
鎮守様はそう言った。
「谷を登ったところに、神の田んぼがあるのは知っておるな。
あの田の持ち主は、稲刈りの後に麦を植えたが、その麦の芽が出ておる。
若い麦の芽を踏むのは、麦が逞しく育つためのの行事じゃ。
おぬしも、そうやって田の神、山の神に奉仕するがよい。」
「朝早く、麦畑に行って、麦踏みをするだけですか?」
賢い咲枝は、神様から恵みを受けるためには、それなりの修行的なことが必要だと、秋の祭りで学んでいた。
「裸体でせよ。一糸まとわぬ裸体となって、麦を踏むのじゃ。」
咲枝は鎮守の神様に捧げられる時に、冷たい谷の水で身体を清める修行をしている。
冷たいのは辛いだろうが、それなら我慢すれば良い。
心配なのは、外で裸になっているのを、誰かに見られることだ。
いや、集落の顔見知りの人に見つかったのなら、正直に言おう。
きっと分かってもらえる。
でも、もし他所から来た悪い人に見つかったら..。
大人は話してくれないけど、去年の年末、旅館に悪い人が来たって話も聞いてるし..。
裸だと、私みたいな子供でも、いやらしい痛いことをされてしまうのでは..。
咲枝の不安を又も神様は見破っていた。
「明朝4時に、わしはおぬしの家の裏口にて待つ。
わしが、神の麦畑で麦踏みをするおぬしを守ってやる。
おぬしの裸体、去年のように、わしには見られることになるが、それで良いなら、明朝出で来るがよい。」
それだけ言うと、神様は庭と外を遮る塀の瓦に両手を掛け、逆上がりのような動きをしたかと思うと、ふわっと塀の上に立っていた。
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農家に嫁いで