克介は、某大学で民族学を教えている。
「現代のものとは違う、昔からの風俗習慣を体験したい」と考え、現場主義で日本各地の田舎を渡り歩いた。
彼が佳苗の住む村にバスから降り立ったのは、1月の半ばだった。
目的地は、村の中心から数キロ先の古い社だ。
あくまで伝聞だが、その神社の片隅には、善き相手を求めたいと思う男女が、それを絵馬の裏に書いて奉納する場所があると言う。
今で言う、「出会いの場」だったのかもしれない。
情報をくれた人は、「あくまでも昔の事」と話していたが、それにしては内容が具体的な気がした。
元々の伝説では、都で戦いに破れた殿様が、この地を通った時に、この地の百姓が篤くもてなし、自分の娘を一夜妻として差し出した。
数日して殿様は去ったが、その後娘は男の子を産んだ。
その子が五歳になった時に、殿様は戦いに勝って勢いを取り戻し、この地まで自分の領地としたが、孕ませた娘のことは忘れていた。
ある日、顔を垂れ布で隠し、質素な身形ではあるが成熟した魅力が身体から漂い出るような女が神社の境内から出て来たのを見て、殿様は「どうしても自分のものにしたい」と思い、いきなり馬で駆け寄って館に拐って来た。
女は殿様が夜伽を命じても、
「私には5年前に誓った人がいます。」
と言い張って聞かなかった。
そのため殿様は、酷いことに女を全裸に剥いて、庭で馬を攻める鞭で叩いたあげく無理やり犯してしまった。
そして、倉の中に裸で閉じ込めて帰さなかった。
次の日も荒縄で縛り上げて犯そうとしたところ、その女は
「家に息子が一人でいます。
その息子も一緒にこの館で暮らせるなら、私は言うことを聞きます。」
と訴えた。
女の事が気に入ってしまった殿様が、家来を女の家に行かせて、息子を連れて来させたところ、「皆が殿様の子供の頃にそっくりだ!」と言い始めた。
それでやっと、「この女は5年の一夜妻だ」と思い出し、女の方も目の前にいる立派な殿様が、5年前の落ちぶれ果てた武士だったことに気がついた。
殿様は良い家柄の娘を正室に迎えていたが、わがままだし、子供も出来なかったので、あまり愛してはいなかった。
それに対して百姓の娘は、こんな再会であったにも関わらず、それからは一心に殿様に仕え、息子と共に可愛がられた。
やがて正室が病死してからは、この女が代わって正室となり、息子が跡取りとなった。
その話から、この神社にお参りすれば、普通なら報われない恋でもきっと実って幸せになると言われている。
克介は50近いが独身だった。
これまで、何人かの女性と交際し、肉体関係も持ったことがある。
しかしどの女性も、克介のSの性癖を受け入れてはくれなかった。
それほどハードな行為をしたい訳ではない。
女を裸で軽く縛って、それで女が羞恥を含んだ表情で自分を受け入れてくれたら、それだけで満足するのに、殆どの女は嫌悪感ばかり顔に著しすのだった。
神社の謂れを聞いた時、克介は
「殿様はSで、一夜妻の女はMではなかったか?」と想像した。
だから酷い再会でも、その後二人は幸せになったのでは?
そこまで、想像してしまい、遂に「現地に行ってみたい」「現地で何か体験しそうな気がする」と言う予感まで感じるようになったのだった。
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