その日の夕方、光雄が入れられている倉庫に、スーツ姿の男と、身なりの良い60年配の女が、作業員に案内されて入って来た。
作業員は光雄の上に重ねられた檻をフォークリフトで床に下ろすと、扉を開けた。
中から、髪の毛がぼうぼうで、顔も身体も血や汚物で汚れた30代の女が引き出された。
身なりの良い熟年女性は、その女をじっと見ていたが、いきなり膝まづいて抱き締めた。
「薫ちゃん!お母さんよ、薫ちゃん!」
錯乱していた娘も、やっとそれが母親であることが分かったようだ。
「お母さん!ごめんなさい!
あんな男に騙された私がいけなかったの!
本当にごめんなさい!」
悪い男から騙されて駆け落ちしたが、捨てられて売られた。
母親は必死に娘を探し、やっとスーツ姿の男性の力で、外国に売られる寸前の娘を助けることが出来たのだった。
もちろん、裏の世界のことだから、多大な費用も掛かったことだろう。
他の監禁されてる人間達は、「もう私は駄目だ..」と覚悟が決まりかけていたのに、そんな光景を見せられて、
「もしかしたら、私にも救いが..」
と再び苦しむことになる。
光雄も、誰かが自分を助けてくれないかと考えたが、兄一家とは最後に会った時に絶縁した。
初美は、今でも光雄のことを愛してくれているらしいが、こんな闇の世界で使う金なんか無い。
やはり自分は、外国に売られ、惨めな最期を迎えるしかないと泣きながら思った。
その頃、村では佳苗が、義母から頼まれて、米子の旅館の初美の世話をしていた。
光雄とのさいごの別れの後、ほとんど食べず、泣いてばかりだった。
夜になって家に帰ってきた佳苗に義母が
「御苦労様、変わったことはなかったかい?」
と聞い時、佳苗は
「あの、お腹に赤ちゃんが...」
と言い掛けた。
義母は驚いた!
佳苗のお腹の中の孫が?
佳苗さんの体調が悪い?
やはり、あの女の世話なんかさせるんじゃなかった!
そう思いながら、
「大丈夫かい?苦しいとか痛いとかするのかい?」
と聞くと、佳苗の話は全く違っていた。
「あの人、初美さんはお腹に赤ちゃんがいるんじゃないかと思うんです。」
義母は愕然とした。
全く考えてもいなかった!
どうしたものか?
直ぐに戻ってきたばかりの秀人を呼び、息子と嫁の佳苗も連れて米子の旅館に行った。
妊娠しているのは間違いないらしい。
相手は光雄しかいない、と初美は言う。
これはもう、産まれてくる赤ちゃんは、父親を諦めてもらうしか..。
そう考えていたら、突然佳苗が泣き出した。
「初美さんの赤ちゃん..、可哀想..。
お父さんがいないなんて...。」
佳苗は、同じ妊婦なのに、今の自分の恵まれ過ぎた環境に比べ、初美が可哀想でたまらなかったのだった。
しかし、あの男を助けたからと言って、誰が監督し面倒を見る?
おずおずと、米子が言った。
「家に取り嫁取り婿では..?」
「でも、あんたを襲った男だよ?」
初美が必死の形相で訴えた。
「私が、いえ、私とお腹の中の赤ちゃんが、あの人に絶対に悪いことはさせません!」
義母の腹は決まった。
「可愛い家の嫁を、泣かせるわけにはいかないからね!」
直ぐに秀人が、学校の同級生である佳苗の夫と二人で、あの倉庫へと車を飛ばした。
光雄の檻は、倉庫から運び出される為に、ブルーシートを掛けられてる途中だった。
光雄は助かった。
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