光雄が悲惨な運命に落ちてしまった時、あれだけ光雄からおもちゃ扱いされても、未だ光雄を慕っている初美は、客観的には少しはましな扱いをされていた。
相変わらず米子の旅館に、軟禁されている。
2階の小さな部屋を与えられて、何もやることがない。
その扱いは、佳苗の義母が米子に命じたのだ。
話は、数日間は光雄を慕って泣きわめいていたが、やがて米子に何か手伝いをさせてくれと言い出した。
年末年始には、村内で色々な会合や宴会もあり、その会場で食べる料理、仕出しの仕事も旅館の米子は受けている。
初美はその料理や配膳を手伝わせてもらった。
初美は若い時から親族と言える人がいない。
両親も早く亡くなり、誰かに寄り添ってもらいたくて、悪い男だと分かっていながら光雄から離れられなかった。
今、米子と一緒に仕事をしていると、子供の頃、母親と一緒に正月の料理を作っていたのが思い出されて、僅かに癒される思いだった。
米子は、そんな初美が可愛くてならなかった。
死んだ娘が生きていてくれたら、この人くらいだ。
この人が娘なら..。
本気でそう考えると、もうたまらなくなり、初美に対して
「家の娘になっておくれ。」
と言ってしまった。
本人に言うだけでなく、この件の世話役である佳苗の義母にも、その事を話に行った。
佳苗の義母は喜んだ。
悪い男はその酬いとして外国へ売られ、哀れな女はこの村で小さな幸せを得る。
良かった。これですっきり片付く。
美鈴の夫である秀人にこの事を話すと、彼も賛成してくれた。
「あの光雄とやら、東京では本当にお偉い人なのかい?」
「いや、違いますね。
初美から聞いた話と、私の知人の筋から聞いたところだと、反対にあちこちに不義理をして、ほとぼりを冷ますためにここに来たのに間違い無いですよ。
故郷に兄一家がいるようですが、兄にとってもあんな弟が帰って来られたら困るでしょう。」
「では、男がこの国から消えてしまっても、問題は起きないね。」
「ええ、ではそっちの手配も本格的に始めますか。」
秀人はこの村の出身だが、一種の天才だった。
彼も親族に早く死に別れたが、村の有力者から援助を受けて、東京の国立大から国家公務員上級になった経歴がある。
しかし性格異常の美鈴と運命的な出会いをした後、君の才覚を日本の為に..と引き留める省庁の上司に対して、
「国の為に尽くすも、一人の女を守る為に尽くすも、どちらも男子の本懐。」
と言い捨てて、職を棄てて美鈴を妻にし帰村した。
帰村して表向きは農業をしているが、村で問題が生じた時に、表でも裏でも何かの役に立つ事が、妻の美鈴を愛でるのと共に、秀人の生き甲斐となっていた。
初美は米子の養子になるのは承知したが、光雄の事が心配でならない。
いたずらに期待を持たせるのも酷だろうと、佳苗の義母が初美に
「あの男は、これまで何度も人様に迷惑を掛けているし、この先も掛けるだろう。
もうこの国から出ていってもらうことになった。」
と話をした。
外国への出稼ぎ?と思って聞いていた初美だったが、光雄は外国へ売られるのだと分かると、泣きながら気を失った。
次の日、光雄はそれまで閉じ込められていた小屋から出され、全身汚れた裸のまま、猪用の檻に入れられて軽四トラックの荷台に積まれた。
檻の中でも手錠を掛けられ、口にはボールギャグを嵌められて喋れない。
寒風の中、トラックは歩く人もいない村の道を走り、米子の旅館の近くに来ると、速度を落とした。
旅館の二階の道路に面している部屋に、初美がいた。
可哀想だが変な事をしないようにと、手足を縛られ、その縄尻は重いタンスに繋がれていた。
初美は近づくトラックの荷台の檻に、光雄が入れられているのを見た。
米子達が初美を縛っていたのは正解だった。
初美は大声で、
「あなたー!あなたー!私はここよー!
どこに連れていれるの?
行かないで!行かないでよー!」
と気が狂ったように叫び、本当に二階の窓から飛び降りかけたが、幸いタンスに縛った縄の為に落ちることはなかった。
光雄も初美に気がついた。
しかし、今の自分は、身から出た錆びとは言え、とても愛してる女に見られたくない姿だった。
光雄はじっと俯いていたが、直ぐ上から初美の声がすると、もう我慢出来なくなって、顔を上げた。
口は塞がれているから、話は出来ない。
「ううーっ、ううーっ!」
と涙を流しながら呻くだけだった。
もし口が聞けたなら、
「初美、俺が悪かった!
すごく愛してる。
お前は幸せになってくれ!」
と言ったことだろう。
トラックは止まることなく、そのまま村の祖とに通じる道を走り続けた。
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