村には旅館が数軒あるが、佳苗の住む集落には一つしかない。
米子と言う64歳のおばあさんが、一人でやっている小さな宿だ。
若い頃は娘がいたが、病で亡くなり跡を継ぐ者もいない。
利用するのは主に行商人だが、夏場の登山客、集落にもう家は残っていないが先祖の墓参りに来る人、旅をしながら文を書く文人、それに写真家等が泊まることもあった。
この数年間、毎年夏時期と年末に泊まる写真家夫婦がいる。
本人は光雄と言い40歳だが、奥さんの初美は30代半ばだった。
夏場はカメラ機材を持って、夫婦で山や谷で写真を写しているらしい。
出入りする集落の人が
「あの泊まり客、谷川であれをやってたよ。」
と話したこともあった。
別にお客の夫婦生活を詮索するつもりはないが、「もし娘が生きていたら、あのくらいの婿をもらって、この宿を継がせていたかも..」と考えてしまった。
冬場は雪景色を写す以外は、二人とも宿の二階に籠ったきりだ。
二人以外に泊まり客もいないので、好きにさせていた。
その年も暮れが近づいて、写真家が泊まりに来た。
その年は一人きりで、奥さんがいなかった。
「あれは用事があって、2日ほど遅れて来ます。
それまでは、おばさんと僕と二人だけですね。」
光雄は意味ありげに笑って言った。
その夜、夕食も終わり戸締まり、火の始末もしてから、米子はお酒を持って二階に上がっていった。
退屈しのぎに、街の話でも聞かせてもらおうかと思ったのだ。
光雄は畳の上に写真を広げて整理していた。
「おじゃまでなかったら、一緒にお酒でも飲まないかい?」
米子が声を掛けると、光雄はにっこり微笑んで頷いた。
「どんな写真を撮ってるの?」
米子が覗き込むと、床の上に並べられた写真は、すべて女性の裸の写真だった。
それも全てが、厳しく縄を打たれた姿だ。
殆どがお上が許さない、女の一番恥ずかしい部分まで克明に写っている。
あっ!と息を飲んだ米子に、光雄は笑いながら言った。
「どうですか、僕の写真は?
女の子は皆、きれいに写ってるでしょう。」
米子は年上の貫禄を見せて、光雄から気後れしないようにと意識した。
「まあまあ、この子達は可哀想に..。
貴方はりっぱな写真家だと思っていたのに、驚きましたよ。」
「写真家にりっぱも下品も無いですよ。
売れなければだめなんです。
売れて、しかもきれいでなくては..。」
「もしかして、奥さんもこんな姿で写してるの?」
「ああ、初美ですか。あれは妻ではないですよ。
私はまだ独身です。
あれは私のモデルですよ。」
そう言うと、光雄は米子に、初美が厳しく戒められ、辛そうに恥ずかしそうに項垂れている写真を何枚か見せた。
「モデルさんって、それでは初美さんのこんな恥ずかしい写真を、他の人に見せたりするの?」
「当然ですよ。本人もそれが分かってモデルになってくれてるんだから。」
「信じられないわ。他所様の娘さんを裸で縛った写真を、他の人に見せるなんて。」
そこまで米子が言った時、光雄が「フフフフッ」と低く笑い出した。
「何でか、この人は?そんな変な笑い方するなんて?」
米子が怒り掛けた時、光雄はカバンから何枚かの別の写真を取り出して米子の前に並べた。
「こ、これは!何故、何故貴方が持ってるの?」
そこには、若い頃の米子が後ろ手に縛られ、項垂れて立っている姿が写されていた。
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