さて、こちらとしては出来る限り自然に女に近づきたいものである。
いつもであれば、挨拶でもして身の上話をすればいいだけの話なのだが、相手はおそらく20代。
倍も年が違えば、もはや別の生き物だ。
果たして共通の話題はあるのだろうか。ちっともわからない。
こういう時は「他力本願」に限る。
私は先に岩湯に浸かっている常連の男に視線をやった。
しゃべり好き故にワニたちの切り込み隊長役を担っているこの男なら、何かやってくれるに違いない。
期待を込めて視線を送っていると、常連の男と目が合った。
すると、常連の男はまかせろと言わんばかりに立ち上がり、行動を起こした。
「こんにちは、ここは初めてかい??」
常連の男はニコニコ話しかけながら女の方へ近づいていく。
その姿は好々爺そのもので、とても"ワニ"と蔑まれる人種には見えない。
常連の男に対し、女は短く「はい」と返事をした。
女の表情はさっきよりも緩んでいる。
話しかけられて却って安心したようだ。
常連の男は立ちながら話を続ける。
「そうかい、しかし何でわざわざこんな所へ?」
「大学の課題の関係で吉見百穴へ行って、そのあと気晴らしに射撃場で遊んだんです。」
「そこで係員の人に近くに温泉があると聞いて。」
「勉強熱心だねぇ。けど、温泉なら四季(とき)の湯があったろう?」
「ええ。実はホテルヘリテイジには宿泊しているんです」
「ただ混浴はここだけですし、せっかくの一人旅ですから旅先を満喫したくて」
「そうかい!おじさんは地元の人間だから、いい事が聞けて嬉しい限りだよ」
そう言いながら常連の男は立ち話を止め、
「どっこいしょ」と言いながら女の左隣に浸かった。
常連の男はさらに話を続ける。
「大学って言ってたけど歳はいくつだい?」
「二十歳です」
女は笑顔で答えた。
「二十歳で女一人旅!感心だねぇ」
「いえいえ、おじさんはおいくつですか?」
「ん?おじさんかい?18だよ」
常連の男の冗談に女は小さく噴き出した。
「絶対嘘ですよね?」
「あー、バレちゃったか。おじさんは52歳だよ。」
そう言いながら常連の男は右手を額に当て、天を仰いだ。
「52歳ですか?もっと若く見えますよ!」女は言った。
全くそうは見えない。むしろ教科書通りの50代だ。
しかし、常連の男はもうデレデレだ。
「そうかいそうかい!いやぁ、おじさん幸せだよ。」
「あ、そうだ幸せはお裾分けしないと。そこのシャワーにいるアンタ、こっちに来なよ!」
「え、あ、では、ご厚意に甘えさせていただいて・・・」
余りに自然な流れで、一瞬言葉が出なかった。
こうまで自然だと、女の囲めという常連の男の本来の意図は全く気付かれないだろう。
「お隣失礼するね」
私はそういうと女の右隣に浸かった。
「どうぞ」と女も笑顔で返事をする。
女の顔を間近で見ると口元にはホクロがあり、それがこちらの劣情をより駆り立ててくる。
私は心と身体の暴れ馬を落ち着かせながら、女に話しかけた。
「気を悪くしたらごめんね。少し話を聞いていたんだけど大学生なんだって?」
「はい、2年生です」
相変わらず女はニコニコ笑いながら答える。愛想のいい女だ。
「どこの大学に通ってるの?」
「えぇと・・・・・・」
「高田馬場らへんにあるところですかね」
女はやや言葉を濁らせた。
高田馬場にある大学。となるとあそこか。まぁ、一つしか知らないのだが。
「もしかして早稲田かな?俺は早稲田だったんだよ」
もちろん嘘だ。早稲田はおろか大学すら出ていない。
ただ、この嘘は効果的だったようで、女の目の色が明らかに変わった。
異国で同胞でも見つけたかのように、女の目はキラキラし始めた。
「私も早稲田なんです。まさか考古学コースじゃないですよね?」
女はやや興奮気味に訪ねてきた。
余り大学の話はしたくない。ウソがバレる。話題を変えよう。
「残念、俺は経営だよ。出身はどこ?」
「なーんだ。出身は東京ですよ。世田谷の方ですね。」
「へぇ、俺も世田谷なんだ。こんなところで同郷の人間に会えるとは思わなかったよ」
これは本当だ。女に対し、親しみが湧いてきた。
女も同郷の人間がいる安心感からか緊張が解けたようで、
この後も会話も盛り上がった。会話の中で、女は見た目に反してノリが良く、
愛嬌のあるいい女であるということも分かった。
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