(俺も会いたいと思っていた。週末に軽井沢の別荘は?)
これだけの文面で、細野多香子は飢えたブラックバスのように食いついてきた。
すぐに喜びを露わにした応諾の返信があり、電車や時間の手配は全部こちらでやると告げて
きた。
僕がメールした翌日には、手配完了と送信してきたので、その日の下校時、いつもの区立図
書館の芝生公園から電話を入れてみた。
二回のコールで多香子は出て、すぐに声を詰まらせていた。
一体全体に、多香子がどうしてこれほどまでに、僕みたいな男に執着してきているのかが、
僕にはよくわからないことだった。
高校時代には、その類まれなる美貌で、早くから全校の男子生徒からマドンナとして君臨し
てきた彼女が、どうして僕のような帰宅部一筋でどこにも取り柄のない、平々凡々な男に興味
と関心を示してきているのかが、僕自身がわからないままで、勢いか流れの中で男女の関係の
行きつくところまで行ってしまっている。
「もしもし、どうしたの?」
鼻を啜らせている感じの多香子に、つい優し気な声をかけてしまい、僕は心の中で思わず舌
打ちをしていた。
非情な気持ちで接すると決めていたのだ。
「ごめんなさい。あなたの声久し振りに聞いたら」
多香子のその言葉には反応せず、
「お前を抱きたくなってきてる。だから電話した」
わざと投げ槍的な口調で言ってやると、
「私も会いたい…」
多香子はしっかりとした声で返してきた。
土曜日の十一時過ぎに東京駅で待ち合わせをして、二人で新幹線に乗った。
両親には、進学のことで友達の家に泊ってくると、また嘘をついておいた。
薄いピンクのセーターに真っ赤なダウンジャケットを着込んで、細長い足にフィットしたジ
ーンズ姿で、この前の奥多摩へ行った時の、紀子と同じスタイルだったのには、僕は内心で驚
いていたのだが、そのことは億尾にも出さずいると、
「駅であなたに早く見つけてもらおうと思って…それに、あなたがきっとジーンズで来ると思
ってたから合わせちゃった。派手過ぎた?」
と多香子がはにかんだように言ってきたので、
「いや、派手な赤色が少しも派手に見えないのは、やっぱ、持っているセンスが違うんだなぁ
と思った。実際にその色ですぐに気づいた」
とお世辞抜きで僕は応えてやった。
駅のキオスクで多香子が弁当とお茶を買ってくれていて、新幹線の車内で昼食を済ませて、軽
井沢駅で降りると、
「また少し歩いてみる?」
と多香子が洒落た土産物店や、美味しそうなレストランが長く続く、通りのほうを指さしなが
ら聞いてきたので、
「君を早く抱きたいよ」
と最近の恋愛ドラマでも言わないような、バタ臭い台詞を呟くように言ってやると、多香子は
忽ち顔全体を赤く染めて、
「面と向かって、そういうこと言われるのって初めて」
そういって、微かに見えている耳朶から、細い首筋までを赤く染めていた。
前にも寄ったことのある大型スーパーで、多香子の主導で食材を買い込んで、タクシーに乗り
込んですぐに、僕は多香子の手を強く握ってやり、目的の別荘に着くまで、そ
のまま離さずにいた。
タクシーを降りると、山の木々にはまだ雪が積もり残っていて、空気もかなり冷え込んでいた
が、多香子の色白の顔は朱色に上気したままだった。
外の冷え込んだ空気に触れて、多香子は気を取り直すように顔を小さく振って、
「ごめんなさい」
と小さな声で言って、もどかし気に玄関の鍵穴に鍵を差し込んだ。
玄関を入ると少し広めの風除室があり、二つ目のドアを開けると、木目の意匠が施された広い
ホールになっていて、大木を輪切りにしたようなテーブルを四方から囲むように、高価そうなソ
ファが置かれている。
そういえば、前にも僕はここに来ているのだが、このログハウス風の別荘の記憶が、何故かあ
まりなかった。
多香子と知り合ってまだ間もない間に、その時の流れや勢いに乗って彼女に誘われるまま、こ
の別荘にきて、我武者羅な気持ちで彼女を抱いた。
確か夕食に多香子が、僕の好きなすき焼きを振舞ってくれたことと、二階にある彼女の室で朝
まで過ごしたことが記憶にあるだけだった。
もう一つあった。
多香子の室の隅に箱のようなものがあって、そこに登山用のロープがあり、それで僕は彼女の
身体を縛っていたように思うのだが、何か中途半端な感じだった。
今日はもっと集中して、多香子が僕を嫌いになるくらいに辱めてやるのだ。
そんなことを茫洋と考えながら、柔らかなレザー張りのソファに身体を沈めていると、
「何かあったの?」
と多香子が僕の横に座り込んできて、気がかりそうな顔で聞いてきた。
「ん?どうして?」
「いつものあなたと違うような気がして…」
多香子の洞察力がすごいのか、若い自分の脇が甘いのか、僕の表情や仕草がいつもと違うことを
彼女は鋭敏に察知しているようだった。
「そうかい?…君とは久し振りだから興奮してるのかな?」
大人ならこういう時には、煙草を口に咥えて、それこそ相手を煙に巻いたりすると、サマになる
のだろうが、十六の少年ではその芸当は叶わず、
[二階へ行こう]
と直球勝負にいきなり言ってしまった。
多香子は当然驚いた顔になったが、その表情には強い拒絶や嫌悪や侮蔑の気持ちが窺い見えなか
った。
僕は勝手にそう判断して、横で戸惑った顔をしている多香子の細い両肩を抱き寄せた。
「あ…」
と小さな声を挙げた多香子の唇を、僕は躊躇することなく塞ぎにいった。
柔らかに毛羽立ったセーター越しに触れた、多香子の肩の骨が小さく震えているようだった。
輪郭のはっきりとした赤い唇も、まるで初めてのことのように、小刻みに震えていた。
それでも僕のほうが舌を、彼女の歯と歯の間に差し入れると、恐る恐るとした動きで自分の舌を
差し出してきた。
多香子の閉じた目の上の、長い睫毛の一本一本が僕の目の、二、三センチ前でひどく艶やかに見
えた。
彼女の細い腕が僕の首に、たおやかな感じで巻き付いてきていた。
唇を重ねたまま片二階方の手で、多香子の胸の膨らみをまさぐると、喉の奥のほうから小さく呻くよ
うな声が漏れた。
そのままソファに倒れ込んだ時、多香子が急に目を開いてきて、
「お二階の暖房入れてくるわ」
と冷静さを見せて、柔らかく僕の胸を押してきた。
僕のほうはといういと、数日前に奥多摩で、祖母と紀子を同じ屋根の下に置いて、どちらにも手出し
できない状況に追い込まれ
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