梅の花で有名な公園の近くにある、広い敷地の料亭だった。
一文字葺きの瓦屋根が、迷路のように入り組んだ平屋建ての建物を覆っていて、間口の広い
玄関から相手の指定した室まで、幾つの廊下を曲がったのかわからないくらいだった。
昨夜の夕刻、私は母の勤務する不動産会社に電話を入れ、横井副社長への、即刻の取次ぎを
申し入れた。
電話に出た女子社員にも、私の声の激昂的な声の激しさが伝わったのか、名前や用件の確認
もそこそこに、電話はすぐに副社長に繋がった。
私の激昂的な興奮ぶりとは裏腹に、副社長の横井の声はひどく鷹揚で落ち着き払っていた。
家からの固定電話ということもあって、私は母の屈辱と汚辱の日記で知り得た事実を、自ら
の興奮を隠さないまま、ほとんど一方的にまくし立てた。
婦女暴行罪か人権蹂躙の罪で、警察的か司法的に訴えることもできると、興奮冷めやらぬ声
で叫ぶと、
「わかりました。その件につきましては、私も重々に反省しているところもありますので、
ついてはあなた様にも、面前でどうしてもお詫び申しあげたいので、今後のことにつきまして
もぜひとも一度ご面会の場をお願い致したい」
と案に相違して、丁重な謝罪の言葉を、相手は落ち着いた口調で述べてきたのだ。
しかし、母が横井の不埒な姦計に嵌り、人里離れた軽井沢の山奥の別荘で、凌辱の限りを受
けたという事実を、私は忘れてはいなかったので、さらに二の矢三の矢で、横井を糾弾する言
葉を放つと、彼は突然、涙声になって、
「お母様には本当に申し訳ないことをしました。私もついつい権力を嵩に着てしまい、取り
返しのつかないことをしてしまったので、お金でどうこうとかのさもしい考えではなく、真摯
に娘さんであるあなた様の前で、衷心よりお詫びを申しあげたい」
と最初の時にもまして、真摯な涙声で訴えるように言ってきた。
大学を出たばかりで、教師になったとはいえ、世間のせの字も知らない私は、そこで狡猾な
横井の涙声に、脆くも籠絡させられ、その結果が、今日の私の料亭訪問だったのだ。
何度も廊下を折れて曲がり、渡り廊下のようなところを経由して、濃い化粧をした六十代く
らいの仲居に案内された室に着くと、横井はまだ来てはいなかった。
三時という約束の時間より、私は十分ほど前に着いていたので、そのことはさして気にはな
らなかった。
通された室は八畳の和室で、廊下側の障子戸以外は、三方とも襖戸で仕切られていた。
ほどなくして、先ほどの仲居が盆の上に、蓋のついた湯飲み茶碗載せて入ってきて、
「今、帳場のほうへ、ここへお訪ねの、横井様からお電話がありまして、車の交通事故に巻
き込まれてしまって、十五分ほど遅れるとのことでございます」
と事務的な報告をするように言って、座卓の上にお茶を置いて引き下がっていった。
仕方なく私は出されたお茶を飲んで、まだ陽の明るい障子戸のほうに目を向けた。
そして私の意識は、そこからぷっつりと途絶えた。
眠っている中で、私は夢を見ていた。
これまでに見たこともない、恥ずかしい夢だった。
映画の回想シーンででよくある、周りに白い霧のようなものが漂う中で、母の真美が大きなベ
ッドの上で、私の知らない顔の男に、母の真美が抱かれていた。
日焼けした身体の男が、全裸で仰向けになった母の、白い肌に絡みつくように覆い被さってい
た。
二人はお互いを愛おしみ合うように、唇を重ね合っていて、母の白い手が男の首に強く巻き付
いていた。
激しく淫靡に絡み合っている、母と男の横に、何故かリクルートスーツ姿の私がいた。
その私の背後に、もう一人顔の知らない男が座り込んでいて、両脇の下から腕を指し伸ばし、
私の胸をまさぐってきていた。
私は抵抗の素振りを何一つ見せず、顔も知らない男のされるがままになっていた。
母を抱いている男もそうだったが、私の乳房を卑猥にまさぐってきている男の顔は、私にはま
るで見覚えのない顔で、夢の夢たる所以で、男たちの年齢すら定かではなかった。
淫靡な夢の画面が変わり、母が四つん這いにされて、その背後から男につらぬかれて、汗に濡
れ滴った顔を恍惚的に歪ませて喘いでいた。
夢の中のことで、母には私が見えていないようで、こちらからいくら呼んでも応答はなかった。
私のほうも、背後から伸びてきていた手で、スーツの上着を脱がされ、ブラウスのボタンを全
部外されていた。
男の手が露わになったブラジャーの上から、私の乳房をまさぐり出してきているのだが、何故
か抗いの素振りは一切見せず、男にされるがままになっていた。
私の目の前で男に背後からつらぬかれながら、といっても、私自身はまだ男性体験が、二十三
歳の今日まで一度もなかったので、そういう態勢での行為は知らないでいたのだが、母はこれま
でに私には一度も見せたことのないような、何かの昂ぶりにうち震えるような表情を見せて、顔
を上気させて歪ませていた。
私もいつの間にか衣服をすべて脱がされ、母の横で男に覆い被さられていた。
顔も名前も知らなくて、年齢もわからない男に唇を塞がれたり、乳房を揉みしだかれたりして
いたのだが、自分にその実感というものがなく、別の男につらぬかれている母の切なげな顔だけ
が目に刻まれていた。
暗い茫洋とした中で、意識だけが先に戻った感じで、おぼつかないままの思考を巡らせると、
どうやら私は、柔らかい布団の上のようなところで、私は誰かにか、何かにか身体を揺すられて
いるようだった。
最初に意識として感じたのはそれだった。
目を開けようとするのだが、首から頭にかけての神経が麻痺したように、自分の意思と力では
動かなくなっていた。
誰か、人らしいのが、私の身体の上に覆い被さってきているようだった。
何よりも私の朧な意識の中で、これまでの人生で、一度も体験したことのない異種異様な感覚
が、自分の胎内のどこかから湧き出てきている気がしていた。
もう一つ、自分の身体の下のほうにも、何かを突き刺されているような、意味のわからない感
覚が生じてきていた。
糊か接着剤でくっつけられたように開かなかった私の目が、時間の経過もあってか、突然に開
いた。
「き、きゃーっ」
驚愕と慄きの入り混じった叫び声を、私は挙げていた。
自分の置かれている、信じられない状況のすべてが、眼鏡を通して一気に私の目に飛び込んで
きていて、私はおぞましい恐怖の坩堝に陥ってしまっていた。
自分の身体が全裸にされているのが、すぐにわかった。
布団の上に仰向けにされていて、大きく開かれた足の間に、見たこともない浅黒い顔の男が割
入ってきていて、裸の胸を見せて覆い被さってきていた。
「だ、誰?…あ、あなたは一体っ」
私は両手で拳を作って、男の胸を叩き続けながら、出るだけの声を振り絞って喚いた。
だが、強い睡眠薬でも飲まされたのか、何をされたのかわからない、私の身体の意識がすべて
正常に戻ってはいなかったようで、片頭痛のような重い痛みと、全身に力の入らない気だるさは、
まだ残っている感じがあって、すぐに息が詰まり、喚いているつもりの声もどこか途切れ途切れ
になっている感じだった。
私に覆い被さっている、浅黒い肌をした男とは別に、もう一人男がいるようだった。
私の頭のほうで、上半身が裸になった、白髪の男が座り込んでいた。
夢の時と同じように、私には二人の顔に記憶はなかった。
だが大方の見当はついた。
私とここで会う約束をした、不動産会社の者たちだと直感した。
母を凌辱し続けている副社長というのが、私の頭の上で座り込んでいる白髪の男が、多分、そ
の人物なのだろうと、私はもう一人の男に身体をつらぬかれながら確信した。
過日の電話では、私の母への不埒不遜でおぞましい行為を、娘の私に心底から悔いているよう
に、涙声まで出して、詫びを入れたいと申し出ていたのは、全くの虚偽で、最初から私を母と同
じように、凌辱の憂き目に遭わそうという魂胆であったことを、私はそこで初めて知らされたの
だった。
その副社長の横井という男の狡猾さは、母の日記でわかりすぎるくらいに、わかっていたはず
なのに、社会経験のまだほとんどないと言っていい、私は甘々とした性善説に乗ってしまい、つ
い横井の涙声を真に受けて、一人でのこのことここに来たことを、強く後悔したのだが、この屈
辱の事態になってはどうすることもできなかった。
「この娘さん、やはりバージンだっただけあって、いい締まりしてますね」
「うむ、そうだな。母親のほうも、旦那しか知らなかったみたいで、あまり使っていなかった
らしく、あの歳でも締りはいいぞ」
「そうですか。この子、私が二人目ってこと知ってるんですかね?」
「ふふ、あの母親の血を引いてたらおもしろいがな。おい、見ろ。もういい顔の表情になって
きてるぞ」
二人の男が私の頭の上で、意味のわからない、下品そうな口調で喋り合っていた。
その頃には、私自身も、浅黒い肌をした三十代くらいの男に、間違いなく犯されているのはわ
かっていた。
自分の下腹部の胎内に、男のものが異物感としてはっきりあったのだ。
同時に、私の身体か気持ちのどこかに、この状況下では起こりうるはずのない、熱を帯びた心
地よさのようなものが、意思とは関係なく、危険そうな火を灯し出してきていることを、私は気
づかされていた。
私に覆い被さってきている男の身体が、下から突き刺すような動きをするたびに、私の身体か
心のどこかに灯った、危険な火の勢いを大きくし始めているのを私は知った。
「あ、ああっ…お、お願い、や、止めて」
男の胸をどうにかして跳ね除けようとしていた私の手が、気づかぬうちに男の二の腕を掴み取
っていた。
堤防に空いた小さな穴が、流れくる水の浸食で、その穴を次第に大きくしていき、最後には決
壊の憂き目に遭うような、得体の知れない怖気を、私は感じながら、それでも歯を食いしばって、
男の手を払い除けようとした。
「ああっ…」
堪えきれない声が、私の口から漏れ出た。
内心で私自身が驚くような、妖しい余韻を残すような声だった。
男二人が顔を見合わせて、ほくそ笑んでいるのが朧に見えた。
全身に感じ出した不穏な心地の良さが、徐々に進化してきて、起きるはずのない快感的な思い
が、私の心の中を席巻し始めてきていることで、思いがけないように狼狽と戸惑いの感情が湧き
出てきていた。
そんな私の動揺をまるで見透かしたかのように、男の顔が私の顔のすぐ前に近づけてきていた
が、私の抗いの意思表示は、力弱く顔を左右に振ることだけだった。
強く持っていたはずの、卑劣な男たちへの拒絶の意思が、その意に反して、風に吹かれた蝋燭
の火のように、消えかかろうとしていることを私は知って、さらに狼狽と戸惑いの気持ちが大き
くなってきていた。
私にのしかかっている男の顔が、私の鼻先にまで近づいてきていたが、私にできることは涙に
濡れた顔を力なく横に振るだけだった。
男の薄い唇が私の唇を苦もなく捉え、緩い力で塞いできた。
キス、というこの行為自体も、私には初体験の出来事で、恥ずかしいことなのかどうか、映画
やテレビドラマで観る表面的な浅い知識しか、私にはなかった。。
塞がれた口の中で、男の舌が私の歯をこじ開けようとしてきた時、それだけで私は目を大きく見
開き、眼鏡越しに間近に見える男の顔を睨みつけていた。
本能的に私は歯を固く閉じ、男の舌の侵入を阻んでいた。
結果的にその、時、慌てふためいていたのは私だけのようで、男は舌の先で私の歯を、まるで恋
人にでもしているかのように、執拗に舐め廻してきていた。
それよりも少し前から、男の片方の手が、私の剥き出しにされた乳房を、強弱をつけた力加減で
丹念に揉みしだいてきていて、そこからの快感に似たような奇妙な感覚にも、私は戸惑いの気持ち
を大きくしていた。
「ふふ、お前のそういうしつこさが、女を悦ばせるんだな。さすがだ。娘さんの顔がいい表情に
変わってきた」
間近で胡坐座りをして、好奇な目で覗き込んでいた、副社長の横井と思しき男が、感心したよう
な顔で言ってきているのが聞こえた。
顔を左右に振り続け、男の唇からどうにかしてにげようとしていた私だったが、横井の言葉通り
に、下腹部への執拗なつらぬきのせいか、身体にも気持ちにも、何か自分が自分でなくなってきて
いるような、錯覚的な思いに囚われだしてきていて、意思とか理性といった思考が、道に落ちるよ
うに降って溶けていく雪のように霞んでいくのがわかった。
唇を長く塞がれて、息が苦しくなってきたせいもあって、口の中で私の歯と歯の間が少し開いた。
そこを逃すことなく、男の舌が素早く侵入してきて、喉の近くまで潜めていた私の舌は苦もなく
捉えられた。
恥ずかしい告白になるが、そこからの私は、これまでの二十三年間の自分の人生を、全否定する
かのように、まるで別人の性格を持った人間になり下がってしまい、初めて顔を合わしたばかりの
男二人の、おぞましく欲情的な毒牙の前に、脆くも屈してしまい、男性経験の一度もなかったにも
拘わらず、生身の女としてのめくるめくような、喘ぎと悶えの境地の坩堝に嵌め落とされてしまっ
たのだった。
糸の切れた凧か箍の外れた蝶番のように、私の身体は、いや、身体だけではなく心までが、その
男たち二人によって、未知の奈落へ引き摺り込まれてしまったのだ。
学校で学び教えられてきた道徳心とか、人としての理性心が、木っ端微塵に吹き飛ばされたので
ある。
どれくらいの時間が経っているのかわからなかったが、私を下から突き刺してきている男の顔が、
私の鼻先近くにきていて、煙草臭い息が私の頬にかかってきていた。
「お嬢さん、おしっこでもしたかい?すごい濡れようだよ」
男がそういって、また私の唇を塞ぎにきた時、私の歯はもう閉じてはいなかった。
口の中で、私は自分から舌を男の舌に差し出していた。
身体の下から突き上がってくる刺激のある快感に、私は屈服の思いを舌で男に告げた。
もうここまできて、自分の逃げ道はどこにもないと観念したように、私は男の前に身も心も委ね
た。
女として初めて感じる、官能的な快感の渦に、もっと溺れたいと私は思っていた。
やがて男の責めに激しくなった。
私の身体を横向けにして、片方の足を高く持ち上げてつらぬいてきたり、四つん這いに這わして
激しく突き立ててきたりした。
そのどれもに私は大きな咆哮の声を挙げて、淫らな反応を繰り返し、最後には名前も素性も知ら
ない男に向かって、
「ああっ…き、気持ちいい…し、死にそう」
とか、
「好きっ、好きよっ」
とかの喜悦の極致のような声を発し、男の引き締まった背中にしがみついていたのだ。
男の呻き声を聞くか聞かないかの時くらいに、私は自分の意識が遠のいていくのを感じた。
「今日のことは、最初から全部ビデオ撮影してある。あんたを、最初に抱いたのは儂だよ。処女
だったとはな。でもやっぱり血は争えんもんだな。よがり方や身体の反応の仕方は、母親そっくり
だよ。肌の匂いまで一緒だった。ま、どちらにしても、これからは母子二人で儂に尽くすことだ」
横井はそれだけの捨て台詞を残して、自分だけそそくさと室を出て行った。
化粧の異様に濃かった、年増の仲居が持ってきたお茶の中に、睡眠薬が入れられていて、何の疑
いもなく私はそれを飲み、意識を完全に失くした。
ほどなくして、横井が秘書のような男とやってきて、私を別室に連れ込み、意識のない私を横井
が最初に犯した。
私がこれまで一度も見たことのない、淫夢を見たというのも、横井からの凌辱が、その素地にな
っていたのは間違いなかった。
横井の秘書としてついてきた男は、自分から黒井と名乗って、
「副社長のいう通り、あんたの母親もそうだったが、二人には相当な淫乱性があるぜ。そのこと
をあんたも母親も、知らずに生きてきただけなんだよ。これから、あの副社長にじっくりと磨いて
もらうこったな。ああ、下手な動きすると、このビデオ、母親が観ることになるからな」
二番煎じのように秘書の黒井も、捨て台詞のように笑いながら言って、室を出て行った。
一人、悄然と取り残された私は、虚ろな眼差しのまま、自分の人生の終焉だと、その時は思った。
しかし、母のことを思うと、死、という短絡的な結論は、私には出せなかった。
母もそうなのかも知れなかったが、私も悪魔のような男たちに犯されながら、悲しいことに、最
後には、憎悪と嫌悪しかない男たちに迎合して、自らの意思でもあるかのように、はしたなくしが
みついてしまっていたのだ。
秘書の黒井がいい残していった、あんたら親子には、自分たちの知らない淫乱の血が流れている、
という言葉が、私の心の中に深く突き刺さって残っていた…。
続く
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