昨日の夕方から夜にかけて、祖母と紀子の間で何らかの会話があったらしく、昼休みに
教室で、購買で買ったパンを食ってたら、紀子が廊下の戸から顔出してきて、チンピラが
人を呼びつけるように、手の指を振って、僕を見つめてきた。
二、三人の男子生徒が、顔を見合わせて、興味ありげに僕のほうに目を向けてきていた。
廊下に出ると、紀子はすたすたと、校舎の端にある階段の踊り場へ歩いて行った。
「何?私だけが奥多摩へ行っちゃいけないの?」
振り返るとすぐに、紀子は喧嘩口調だ。
「何も俺、言ってねぇし」
売り言葉に買い言葉で応える。
「お婆ちゃんに、私のこと、あいつって言った?」
「い、言ってねぇよ」
「お婆ちゃんに、喧嘩してるの?って心配して聞かれた」
「あ、つい口が勝手に滑ったかも」
「そんなに気になるんだったら、あなたも行って、お野菜採りする?」
「しないよ」
ぶっきらぼうにそういって、僕はあることを思い出した。
「な、頼みがあんだけど」
「何?」
「婆ちゃんちへ行くなら、持ってって欲しいものあるんだけど」
この前母に頼まれて持っていった、手編みの毛糸の帽子を、祖母に渡すのを忘れたので、
代わりに渡して欲しいと頼むと、
「わかった」
と言って、紀子は急に笑顔になった。
「それで、雄ちゃんと喧嘩してないって、わかるよね。明日、忘れないで持ってきてね」
白い歯を見せて、そのまま背中を向けて、廊下を小走って行った。
去り際に、世話のやける人、と捨て台詞を残していったが、だいぶん距離が離れてから、
どっちがだよ、と僕は声に出してぼやいた。
放課後の下校時に、多香子からメールが入った。
(帰宅部さん、今、お帰り中?…私、今もまだ身体が変。恥ずかしいからこのメール、
読んだら即、消してね)
そのメールで、僕は益美にお礼の電話を入れるのを忘れてたのに気づき、駅の手前の道で
電話を入れた。
「ああ、どうも、一昨日はありがとう。お礼言うの忘れてて」
「あら、いいのよ。いい思い出できた?」
大人らしい鷹揚な声に、僕は安堵の気持ちになって、
「ああ、まぁ…」
曖昧な口調で応えた。
「次にお婆さんの順番廻ってくるの、いつかしらね?」
益美の厭味に聞こえない声に、もう一度僕は安心して電話を切った。
紀子が奥多摩へ行く明後日、僕は早稲田大学教授の、栗田氏の自宅を訪ねることになっていた。
教授の家は靖国神社の裏側の九段二丁目とか言っていたが、灯台下暗しで、靖国神社には小学
校の低学年の遠足以来、僕は一度も行ったことがない。
家に帰ってネットで、早稲田大学歴史学栗田教授とキーボードを打つと、十以上ものアプリが
出てきて、歴史学会ではかなり名の知れた人のようだというのがわかった。
ウイキペディアを開くと、スーツ姿で蝶ネクタイの顔写真が出てきた。
電話での声の通りで、学者にしてはいかつい顔つきで、丸い大きな目と圧し潰した団子のよう
な鼻が特徴的な感じだった。
僕自身も歴史学は嫌いなほうではなくて、山岡荘八の徳川家康の、全二十六巻を中学三年の時
に読破していて、織田信長、豊臣秀吉も読んでいたが、生来の根気のなさのせいもあって、そこ
にのめり込むというところまではいっていなく、源平合戦の時代では、親鸞とか日蓮の本でしか
わからないくらいの知識しかなかった。
名のある教授の自宅へ、ほとんど徒手空拳で尋ねようとしている僕だったが、ここでも能天気
な性格が頭を擡げ、ま、何とかなるだろうと、暢気に考えを締めくくった。
机の上にあったノートパソコンを引き寄せて、起動スイッチを入れると、目が自然にメールア
プリにいく。
同じ発信者からの、未読メールが四件になっていた。
そういえば俶子の結婚式が、今度の日曜日だったことに僕は気づき、少し物思いに耽るような
目でまど外に目を向けた。
結婚式の前に彼女の気持ちを動揺させたり、また彼女からの生々しい暴露的な私小説メールへ
の、反応メールも意識的に避けてきていた僕だったが、逃げているわけではないという奮起の思
いで、僕は未読メールの一つを開封した。
晩飯はカレーライスだと母が言っていたが、僕のご飯は少なめになるかも知れないと思った…。
続く
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