買い物から帰ってきた、母の声に呼ばれて目を覚ますと、窓の外は薄暮になっていた。
学校から帰って、制服も脱がないまま、ベッドに横たわり、僕はうたた寝の世界に没入して
いたようだった。
まだ半分目を閉じて、重い頭のまま、ジャージの上下に着替えて下に下りていくと、ダイニ
ングで母が大きな買い物袋と格闘していた。
「あら、いたの」
驚いたような顔で僕を見てきて、
「あなた、昨日はどこに泊まったの?」
と手を忙しなげに動かしながらも、母親らしく鋭く聞いてきた。
「あ、ああ、ちょっと進学の話もあったんで、クラスの友達んとこへ」
「進学の?…そう…あなたにそんなお友達いたかしらって思って」
見てないようで、親は子のことはよく見てる、と背中をぞくっとさせながら、
「そいつが行ってる、進学塾の話を色々聞きたかったんで」
と勉強のやる気を見せて、僕はしたたかに切り返しておいた。
母と二人きりの夕食を食べ終えて、僕は室に籠った。
机の上に置いたノートパソコンには、僕は昨日から手を付けていなかったが、このまま看
過するのは、やはり俶子の気持ちをないがしろにすると思い、腹を饐えたような気持で、机
の前に座った。
その前に、昨日、スマホに届いていた、俶子からのメールを開いた。
(ごめんなさいね。私、あなたにあんな文章を送ってしまったことを、ひどく後悔してい
ます。私の家族の恥なだけで、あなたには、私の嘘の言葉のままで思っていてくれたらよか
ったのにと…。私も、今はもうこの世にいない、自分の母の恥辱を話す必要性が、どこにあ
ったのかと、今も慙愧と悔恨しきりです。でも、このまま中途半端で終わるのは、もっと深
い後悔をしてしまうと思い、私とのつまらない腐れ縁と思って、書けるところまで書きます
ので、もう少し我慢してね。 俶子)
もう一通は、
(もし読んでくれてなかったのなら、それはそれで、少し安心です。 俶子)
と短かった。
俶子が続編で送ってきた、彼女の母の日記は、十二年前の六月二日からになっていた。
六月二日
副社長の横井が、私のデスクの横を通っていった時、小さな紙きれをさりげなく置いてい
った。
会社が退ける三十分ほど前のことだった。
(ブルーホテルロビー 八時)
と紙切れには走り書きされていた。
あの軽井沢の別荘地での、人にはとても話すことのできない、恥辱の体験から数日が過ぎ
ていたが、その翌日以降、会社に出ても、横井から怖れていたような声掛けやアプローチは
一度もなく、横井のほうもも仕事の出張があったりで、微かにだが、私自身にも気持ちに安
堵と落ち着きのようなものが出出した頃だった。
投げ捨てるように私の前に、メモ書きを置いていった横井を追いかけて、断固拒否の姿勢
を見せるということは、無論、私にできるわけがなかった。
娘の俶子に、残業で遅くなるとメールして、私は指定された時間通り、駅前にあるブルー
ホテルのロビーに、重く沈んだ気持ちで向かった。
ソファに座ってすぐに、私のスマホが鳴った。
スマホの画面に、名前のない知らない番号が出た。
少しの間、逡巡してから、着信ボタンを押すと、
「沢村真美さん?」
と乾いたような若い声が、すぐに私の耳に飛び込んできた。
どこかで、それも最近に聞いたような声だった。
不安げな私の頭に、閃きが走った。
あの、軽井沢の別荘にいた黒井だ、と私は確信した。
でも、どうして?という思いを抱きながら、
「あ、あなたは…」
と言いかけた時、
「今からすぐに、七階の七百三号室に来てください」
相手は一方的に言ってきて、そのまま一方的に電話は切れた。
立ち上がり、私はエレベーターホールに向かい、七階のボタンを押した。
室までの短い時間で、黒井の突然の出現を考えたが、彼そのものは、あの別荘でもそうだ
ったように、横井の忠実な部下のようだから、脈絡はどうにか繋がる。
私のほうが勝手に、今日の対面は横井と二人と思い込んでいた。
あの別荘と同じように、横井に恥ずかしく抱かれるのだと思っていた。
定かな結論を出せないまま、七百三号室のドアの前に来ていた。
少しの間の躊躇の後、私がドアをノックすると、何秒かでドアが中のほうに開き、長い茶
髪で細身の黒井が、白い歯を見せて応対に出てきた。
私のほうからかける言葉はなく、黙ったまま立ち竦んでいると、慣れた動作で私の手首を
掴み取って、引っ張り込むように中へ誘ってきた。
室はスイートルームで、ソファが幾つもある広い応接があり、奥のほうに大きなベッドが
二つ並んでいる。
応接の壁の一面がバーカウンターになっていて、丸くて高い椅子が三つほど置かれていた。
室全体は明るいクリーム色に装飾されている。
応接のソファまで手を引かれていった時、横井の姿がどこにも見えないことに気づき、その
ことを黒井に尋ねようとすると、
「ああ、副社長は急な仕事が入って、一時間ほど遅れるそうだ。俺はその間のリリーフピッ
チャーだよ」
黒井の声は、別荘でのこともあってか、如何にも馴れ馴れしげで、ソファの横に立ったまま
でいる、私の傍からも離れようとはしなかった。
電話で突然に黒井の乾いた声を聞いた時から、私の気持ちの中に、ふいに引け目のような気
弱い思いが湧き出ていた。
あの別荘の異常な光景の室の中で、私は最初に、その時はまだ名前も知らなかった、黒井に
いきなり抱きかかえられ、ベッドまで連れ込まれ襲われていた。
衣服のすべてを剥ぎ取られ、長い時間をかけ凌辱を受けていた。
副社長の横井に随行して、てっきり仕事だと思っていた私は、事態のあまりの急変に、気持
ちがついていけないまま、まるで予期してもいなかった、性技に長けた黒井の、丹念で執拗な
愛撫を長く受け続け、私はあるところで、女として陥落の憂き目に遭っていたのだ。
その日、初めてあった男の狡猾な手練手管の前に、脆くも屈してしまっていたのである。
終わりの頃には、私は黒井の首に自らの意思で、両腕を巻き付けてしまっていた。
その後で、手ぐすねを引いて待ち構えていた、横井のつらぬきを受けた時には、完全に飢え
て発情した牝犬になり下がっていた。
私の身体と女としての心を狂わせた、発端の男が、今、目の前にいる黒井なのだった。
それが、私自身の気持ちの中に、口には出せない弱さを醸し出してきていた。
ソファの前で立ち竦んでいるだけだった、私の真正面に、茶髪での高い黒井が、薄い唇の端
に薄笑みを浮かばせて立ちはだかってきていた。
「ひっ…」
黒井の両手が、硬直状態になってしまっている、私の両肩に置かれてきた時、私の身体は強
い電流を流されたように、忽ちに硬直していた。
まだ触られてもいない両頬に、先日の軽井沢で受けた、黒井からのいきなりの平手打ちの痛
痒と痺れのようなものを感じていた。
結局、私は抗いの仕草一つもできないまま、その場で黒井の手で衣服のすべてを剥ぎ取られ
てしまっていた。
「いい身体してるし、肌の色も白くて滑らかだ。さすがに副社長はお目が高い」
独り言のように黒井は言って、あられもない全裸で、ただ茫然と立ち竦んだままの私から少
しの間、離れていった。
黒いスポーツバッグを手に提げて、また私の前に戻ってきた黒井が、
「あんたの身体には縄が似合うって、副社長が言ってたが、俺もそう思うな」
また独り言のように言って、バッグのジッパーを外すと、中から赤い縄の束を取り出してき
た。
それを慄いたままの、私の顔の前に翳してきて、
「この前よりは、ちょっと手荒になるが、副社長が来るまでに準備万端にしとかないとな。
あの人は気が短いから」
そういって縄の束を片手に持って、奥のベッドのほうに私を連れ込んだ。
何をどうされたのかわからないまま、私はベッドの上で、全裸の身を捻られたり捩じらされ
たりして、赤い縄の拘束を肌に直接受けた。
両手首が後ろに廻され、乳房の上下に縄が幾重にも廻され、それだけで私の身体の自由の大
半は奪われてしまっていた。
手は後ろ手にされ、上半身には幾重もの縄が喰い込んで、私はベッドの上に正座させられて
いた。
私の顔の前に黒井が素っ裸で仁王立ちしてきている。
私を緊縛する作業でかいた額の汗を手で拭いながら、私の顔の前に下腹部を突き出すように
して、上のほうから目で何かを催促してきていた。
黒井の、ほとんど無駄肉のない引き締まった、下腹部の剛毛から黒くくすんで、異様に長い
ものが半勃起状態で、私の鼻先や唇を擦るように当たってきていた。
顔を近づけ、私は黒井のものを口の中に含み入れた。
喉の奥に先端がすぐに当たり、思わず私はえづきそうになったが、どうにか堪え、顔をゆっ
くりと前後に動かせた。
黒井のものは、私の口の奥深くまで入っても、まだ半分近く外に出ていた。
多分、この室で黒井という男の顔を見た時点で、私の気持ちの大半は、屈服と挫折の思いに
覆われてしまっていたのだと思うのだが、恥ずかしく縄の緊縛を受け、彼のものを口の中に含
み入れながら、密かに身体と心を、妖しげな官能の方向に向け昂らせていた。
あの別荘での狂気じみた出来事以来、どこにでもいる普通の女だと思っていた、自分の気持
ちが、百八十度も違う淫猥な世界を知らされて、私は、最初は当然、嫌悪と拒絶の思いを抱い
た。
女として、倹しく細やかに生きてきた人生とは、まるで異質の世界がそこにあったが、私は
躊躇うことなく、あの時、副社長の横井に、帰ります、と断言して言った。
私の声は聞き入れられないままで、やがて初めて対面する黒井から、突然に平手打ちを私は
くらっていたのだ。
半勃起状態だった黒井のものは、私の口の中で硬度を、次第に増してきているのがわかった。
と、あるところで、黒井が急に私から離れた。
「俺の余禄はここまでだ。こ、これ以上されると、あんたに本当にぶち込みたくなる。副社長
ももう来る頃だ。その前に、他にも準備がある」
そういって、黒井はベッドから下りたって、慌てたように室の中を、早足で右往左往し出した。
応接とベッドの間の床に、縄を取り出したバッグから、二メートル角ほどのビニールのシー
トを取り出して敷いた。
バスルームのほうへ駆けこみ、ビニール製の洗面器を持ってきて、またバッグに手を伸ばして、
次は中味の入っている、牛乳パックを二本取り出して、洗面器に注ぎ入れた。
もう一度バッグに入れた手に持っていたのは、太くて長い注射器のような容器だった。
黒井のわけのわからないような動きを、私は緊縛状態のままで、ベッドに座ったまま、悄然と
見つめているしかなかったのだが、黒井の手のものを見て、本能的に嫌な予感のようなものを感
じた。
目を凝らしてもう一度、黒井の手の奇異なものを見て、予感が悪寒に変わり始めていた。
私自身に勿論、そのような体験は一度もないし、これまで生きてきた自分の周囲でもそんな話
は聞いたことはなかったが、世間一般の知識というか、見識は漠然とは持っていた。
浣腸器の類だと私は直感していた。
実際に病院の医師などが使うものかどうか、そこまでのことは私の知るところではなかったが、
いずれにしても、その器具は人の臀部に先端を差し入れ、そこから液体状のものを注入するもの
だという知識は私にもあった。
本来は便秘症状の解消とか、検査のために大腸内を洗浄するのに用いられるはずのものだ。
そんなものを、今、この場でどうして黒井が準備しているのか、連鎖反応的におぞましい恐怖
が私の全身を襲った。
バスルームから持ってきた洗面器に、黒井が一リットルパックの牛乳を、並々と注いでいるの
が目に入り、私は思わず慄然とした。
だが、その恐ろしさというか、おぞましさを、黒井に向かって口に出すことは、何故かその時
の私はできなかった。
洗面器に牛乳を注ぎ終えた黒井が、私を見てきて、平然とした顔で手招きをしてきた。
何十秒かの躊躇の気持ちを見せた私だったが、黒井の目が刺すような気配になっているのを、
本能で察知した私は、ベッドを立ち、おずおずとした足取りで、ビニールシーツの敷かれたとこ
ろに身体を移した。
「もう間もなく、副社長が来ると思うが、あんたのお尻にこれを注入しておくのが、俺の役目
でな、悪く思わんでくれ」
そういったかと思うと、傍に立ち竦んでいた、私を下に引っ張り込むように崩してきて、その
場に四つん這いの姿勢をとらされた。
両手を拘束されているので、両足の膝と顔が私の身体の支えだった。
黒井は、結果的に高く突き上げられた、私の剥き出しの臀部の真正面に下ろしていた。
「ひっ…」
短い声を漏らして、私は臀部を震わせていた。
黒井の指が私の臀部の窄まり塞がった箇所を、いきなりなぞるように触れてきたのだ。
「力を抜いてろ」
黒井はそういいながらも、その部分への指の動きは止めようとしなかった。
人の目に晒すのさえ恥ずかしい、その部分へを他人の指で弄られるのは、当然、私には初めて
の体験である。
「ああっ…な、何を」
ビニールシートに押しつけられた顔を歪ませて、私は声を挙げた。
何の予兆もなく、ひんやりとしたガラス器具の細い先端が、私の窄んだ肉の中に突き刺さって
きたのだ。
私の身体の中に、いきなり突き刺さってきた器具の先端から、何か液体じみたものが、じわり
じわりと沁み込んできているような感じがあった。
黒井が洗面器に注ぎ入れていた牛乳が、その器具を通して、私の胎内に押し出されてきている
のが私にもわかった。
両手の自由を奪われた身で、事ここに至って、女の私になす術は何一つなかった。
身体の下腹部の中の辺りが、小さな雷のようにゴロゴロとし出してきているような感覚があっ
た。
黒井の手捌きで、私の胎内に、牛乳ワンパックの量がすっかりと注入されたようだった。
この時、私に見えないところでドアの開け閉めの音が聞こえて、
「やあ、すまんすまん」
という聞き覚えのはっきりとある、男の声が聞こえてきた。
「おう、これはまた、いい恰好じゃないか。黒井君、ご苦労さん」
男の声が私の真上でしていたが、顔の自由が利かない私には副社長の横井の顔は見えなかった。
「今、注入が終わったところですが、牛乳に下剤のほうも、たっぷり入れておきましたから、
反応は早いと思いますよ」
黒井が横井にご注進するかのように、得意な声で言っているのが聞こえた。
それから数分もしないうちだった。
私の胎内、それも下腹部のほうで、突然的に恐ろしい異変が生じてきていた。
奇怪な器具で牛乳を注入された、最初の時に感じた小さな雷のようなゴロゴロ感が、一気に大
きな落雷のようになって、私の全身に襲いかかってきたのだ。
当然のように私は慌てた。
不自由な顔を無理に捻じ曲げて、黒井の顔を探し求めた。
下腹部から突如湧き上がった、排便の症状は瞬く間に激しさと苦しさを、私の身体全体を容赦
なく責め立ててきていた。
「ああっ…く、黒井さん、お、お願いっ」
黒井の顔を探し当てた私は、目を大きく見開いて、哀訴の声を出し続けた。
黒井の顔の横に、酒が入って赤らんだ、横井の顔も垣間見えたが、そのことに驚く余裕もない
くらいに、私の下腹部の胎内は、大きな渦が幾つも蜷局を巻くように暴れ出してきていた。
「く、黒井さん…お、お願いだから…す、すぐに、お、おトイレにっ」
「何がしたいんだ?真美は?」
横槍を入れるように、横井が淫猥な目を露わにして、声をかけてきた。
「ああっ…ふ、副社長、お、お願いです。わ、私を…今すぐに…お、おトイレに」
もう相手は誰でもよかった。
器具の注入を受けた、臀部の窄みの辺りの肉が、何かの重圧に堪えかねるように、ヒクヒクと
蠢き出してきているのが、私自身にもはっきりと自覚できた。
「真美が、一体何をしたいのかわからんから、助けようがないよな、黒井君」
「そ、そうですね、何をしたいのか、はっきり言いませんもんね」
横井と黒井の二人が、顔に薄笑みを浮かべながら、丁々発止のやり取りをしているのが耳に入
ったが、私は顔に脂汗を滲ませ、ひたすら哀訴の声を挙げ続けるしかなかった。
「お、お願いです…わ、私…も、もうウンチが、も、漏れてしまいます。た、助けてください」
「そうか、真美はウンチがしたかったのか?」
横井の大仰な言いかたに、私はビニールシートに擦り付けていた顔を、幾度も頷かせて、ひた
すらに哀訴した。
「何がしたいのか、もう一度聞かせてくれ」
横井の意地の悪い言葉にも、私はもう恥辱の思いも何もかも忘れ、下卑た言葉を連呼し続けた。
ようやくその場から立たされ、続いている排便感に歩くのもつらかった、私が連れ込まれたのは、
トイレではなくバスルームだった。
大き目な浴槽には湯が入っていて、室には薄く湯気が籠っていた。
私の身体を引き摺るようにして連れ込んだ、黒井に、場所が違うと言って、私は何度も首を振っ
たのだが、要望は聞き入れられないまま、湯気の立ち込める広い洗い場のタイルの上に、また四つ
ん這いの姿勢をとらされたのだった。
湯気の煙るバスルームに引き入れられたその前から、私は自分の身体と気持ちの限界を痛感させ
られていて、歪めた顔から出る脂汗はさらに濃密になっていた。
濡れたタイルの上に四つん這いにされた、私の真後ろに、すでに素っ裸になった、横井と黒井の
顔が窺い見えたが、そのことすらも、私にはどうでもいいように思えた瞬間だった。
堪えに堪えていた私の臀部の尻穴が微かに緩み、小さな水の固形物ようなものが、中からの圧に
押されて滲み出た感覚があった。
そのことを私が意識した瞬間、中のほうから湧き出た津波のような水の塊りに、私の尻穴は、私
のそれまでの抑制力を木っ端微塵にして、一気に崩壊の憂き目に追い込んできた。
一度堰が崩れると、もう自分の意思では、何一つ制御できず、床のタイルに向けて、私には見え
なかったが、白い液体の放射物は、弧を描くように飛び散っていたのだと思う。
私には見えなかったが、その白い放射物には、恥ずかしいことだが、私自身の糞も幾らか混じり
出ていたのだと思う。
そういう感覚が私のほうにあったのだ。
脱糞の嫌な臭いが私の鼻にもついてきた。
当然に、横井と黒井の鼻先にも、同じ臭いが伝わっているはずだった。
彼ら二人の顔は私には見えなかったが、きっと卑猥極まりない目を見合わせて、下品にほくそ笑
んでいたのだと思う。
脂汗と一緒に涙まで浮かべそうになった、我慢の限界を超えた私に、次に湧いたのは、底の見え
ない恥辱と屈辱の思いだった。
本当に悲しみと恥辱の涙が出そうになった時、縄の緊縛を受けたままの、私の全身にいきなりシ
ャワーの強烈な粒が、叩きつけるようにかかってきた。
タイルにつけた顔を捩じらせて背後に目をやると、黒井がシャワーのホースを掴んで、まるで汚
いものを、湯の強い洗浄力で洗い流そうとするように、その先端を私の全身に向けてきていた。
シャワーの音が止んだと思うと、唐突に、黒井の濡れた手が、私の突き上げられた臀部に触れて
きた。
「ひっ…」
私は短い慄きの声を挙げた。
今しがた、恥ずかしく白い放射物を撒き散らした尻穴も含めて、水とは明らかに違う、気持ち悪
くぬるりとした粘い液体が、黒井の骨ばった指で塗り込められてきていた。
それがローションだということは、私は知る由もなかった。
横井の、年齢で少し弛んだ身体が、私の臀部に近づいてきているのが見えた。
横井の少し太めの指が、私の臀部の辺りを淫猥になぞってきた時、私は本能的に、次なる怖ろし
い危険を察知していた。
私に勿論、その経験は一度もない。
一度もなかったが、それほどの朴念仁でもなく、自分では極めて凡人的に育ってきている私でも、
身体の肛門を使っての性行為があるということは、男性同士の恋愛事情も含めて、漠然とした知識は
持ち備えていた。
それはしかし、特殊な世界の話で、自分のような凡人というか、普通の世界の人間には、及びもつ
かない発想だと固く思い込んでいた。
それが今、突然的に、凡人でしかない自分の身に、降りかかろうとしていることに、私は自身の今
の屈辱的な立場も顧みず、愕然とした思いになった。
「あっ…い、いやっ…いやぁっ」
横井の動きに躊躇いは少しもなく、いきなり尻穴に強烈な痛みのようなものを感じ、叫びに似たよ
うな声を挙げた。
黒井が先に塗り込めてきた、粘い液体の滑りのせいで、横井の固く屹立したものは、私のほうから
の圧迫をものともせず、突き刺さってきているのがわかった。
肉を裂かれる痛みが、こういうものなのかどうかは知らないが、頭の芯にまで響いてくる激痛に、
「い、痛いっ…」
私はこの言葉を何度も叫び続ける以外になかった。
横井の固く屹立したものは、確実に私の胎内深くまで埋まったようだった。
突いては引き、引いては突くの横井のものの動きは、やがて私自身に強い圧迫と摩擦のようなもの
を湧き出させてきていた。
突かれている痺れのせいなのか、最初に感じた痛みの感覚が、海水が引くように薄らいできて、そ
の代わりに思いもしていなかった、熱っぽい感覚が、私の身体のどこかからかわからなかったが、淫
靡な官能を伴って、樹液のようにじわりと滲み出してきているのを気づかされ、私は心の中を大きく
狼狽えさせていた。
男に犯されているという、まるで思ってもいなかった被虐の感情に、私の全身が覆われだしたのだ。
間もなく、それは私の声の変化となって現れ出た。
「ああっ…い、いい」
喘ぎの声を私は漏らしていた。
バスルームの濡れたタイルの上で、私は初めての体験である、あらぬ箇所に、横井のつらぬきを受
けながら、予想もしていなかった被虐の渦の中に、自らの意思も含めて溺れかかろうとしていた。
理性がどうとか、気持ちがどうとかいう問題でなく、四十を過ぎた女の本能を、悔しくも横井とい
う傍若無人な男の毒牙にかかって、思い知らされるという慙愧と悔恨の中で、私は自身の凋落と埋没
感じるばかりだった。
「ああ…き、気持ちいい…ど、どうしてなの?」
私の喘ぎの声が、いつしか悶え狂うような響きになっていた。
「お前はな、持って生まれてそういう気質の女なんだよ。これまで、お前自身も、亭主も含めて、
お前の周りに群がってきた男の誰もが、お前の本質に気づかなかっただけなんだよ。俺の眼力を除い
てはな」
私の背後で、腰の律動を続けながら、横井が勝ち誇ったような能書きを続けていたが、私のほうは、
初めての箇所に止めどなく突きさされて、打ち消しても打ち消しても湧き出てくる、倒錯的な快感に、
不覚ではあってもただ酔い痴れるしかなかった。
「真美、今、自分がされていることを、言葉に出してはっきりと言ってみろ」
嗜虐の声で横井が言ってきた。
「ああ、は、はい…わ、私は今…よ、横井様のおチンポで…わ、私のお尻の穴を…お、犯されて、
い、います」
この前の軽井沢の別荘で、初めて横井の凌辱を受けた時にも、私は彼の前で、恥ずかしい言葉を強
要されて言わされていた。
下品で卑猥な言葉を、女性の口から言わせるのが横井の嗜好であることは、私は身を以って教えら
れていた。
「ふうむ、よく締まるいいケツだ」
横井は口でそう漏らした後、畳みかけるようにつらぬきの勢いを強めてきて、最後には私の臀部の
柔肉を、握り千切るくらいに掴み取ってきて、低い呻き声を発して、私の胎内深くに白濁の液を撒き
散らせた。
私が縄の緊縛から解き放たれたのは、それから間もなくしてからだった。
応接の壁にかかった時計に目をやると十時を過ぎていた。
黒井の手で縄を解かれた私が身繕いをしている時、横井と黒井は応接のソファで、赤黒い色をした
ワインを飲みながら、何かを話し込んでいた。
「ああ、お前。今夜はもう遅いからここに泊ってゆけ」
横井が、ワイングラスを持った手を上げながら言ってきた。
私は、でも、という顔を示したが、話は翻ることなく、
「黒井君、君の若い身体を堪能させてやってくれ」
と横井は一方的に決め込んで、徐にワイングラスをガラステーブルに置いて立ち上がり、自分から
そそくさと身繕いをし出した。
「えっ、い、いいんですか?」
唖然とした顔で、黒井が横井に目を向けていた。
「ああ、儂は十時半に、このホテルの四階のスイートで待ち合わせだ。君への余禄だ。長く楽しま
せてやってくれ」
「い、今からって、あ、あのお婆さんと?」
黒井は驚きの目になっていた。
「ああ、七十超えた婆さんだがな、うちの大事な金ヅルだからな。もう、ひと頑張りしなきゃなら
んのだよ」
「すごいスタミナですね、副社長は」
「あれで、とんでもない好き者でな。若い劇団の男や、タレントの若いのと結構遊んでるみたいだ
な。あの婆さん所有の、北千住の二億の土地を手に入れるまでは、辛抱せんとな」
そんな話を一方的にして、横井は身支度を整えるといそいそと室を出て行った。
「帰るなら、帰っていいよ」
室の中に、私と黒井の二人が唐突に取り残されて、間の持たない時が幾らか過ぎた時、黒井がポツ
リとした声で言ってきた。
黒井のその言葉に乗じて、私は本当なら帰るべきだった。
私の言った言葉は、
「娘にメールだけさせて…」
だった。
俶子からの長い長いメールを読み終えて、僕はまた重い気分になっていた。
まだ先に続きそうな文面に、僕は少し辟易とした気分になったが、これまでの繋がりや、十六歳の
高校生の僕と、三十五歳の国語教師の俶子の、人には言えない経緯を考えると、これも自分の役目と
思い、気を取り直した僕は、スマホを手に取り、条件反射のように、画面に出したのは奥多摩の祖母
だった…。
続く
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