奥多摩の雑貨屋の前の駅に降りたら、道の脇に雪が泥を被って残っていた。
気温も都内よりは体感で二度か三度ほどは低い。
午後の二時過ぎに着いたのだが、祖母には知らせてなかったので、そのまま坂道へ向か
おうとしたら、
「雄ちゃん!」
と背中のほうから呼びつけられ、驚きの目で振り返ると、祖母の小さな身体が雑貨屋の
前で、僕を呼び止めた相手も僕以上に驚きの目をしていた。
黄色のダウンジャケットとジーンズ姿で立っていたのは、祖母の小柄な身体だった。
「な、何?…あなた、どうして!」
まだ信じられないという顔をして、祖母は眩しそうな顔で言ってきた。
「大晦日の日に言ったろ。冬休みの終わりに来るって。また婆ちゃん、驚かせてやろう
と思ってさ」
「まぁ、大変。ちょっ、ちょっと待ってて」
そういって、祖母は出てきたばかりの雑貨屋に向かって、小走りに走り出した。
僕もその後を追いかけて店に入ると、店主の叔父さんが、
「お、兄ちゃん、久しぶりだね。元気にしてたかい?」
といつもの人の良さげな笑顔で、声をかけてくれた。
祖母の頭の中にもう固定観念化されている、僕の好物のすき焼き用の材料と、ミネラル
ウォーターを買い込んで、僕が荷物の全部を持って家までの坂道を上がった。
正月を挟んで一カ月前後、顔を見ていない祖母だったが、自分の身内ながら、この人は
歳をとらないのかと思うくらいに、若々しく見えた。
化粧も普段はほとんどしていないようだったが、肌の色の抜けるような白さが、控えめ
に塗った口紅の色を際立たせている感じだった。
坂道を僕の前を歩く祖母から、そよと吹く風が、女の身体を想起させる匂いが、僕の鼻
孔をくすぐったく刺激してきていた。
まるで自分の家のような懐かしさに浸りながら、僕は居間の炬燵の前に座り込んだすぐ
に、ジーンズの後ろポケットに入れたスマホの、嫌な予感を告げる振動があった。
予感は当たった。
「こら、私に内緒でどこ行ってるの」
着信ボタンを押すと同時に、怒鳴るような嫌な声が聞こえてきた。
「何だよ」
ぶっきらぼうに言葉を返すと、台所仕事を終えた祖母が、湯気の立つお茶を盆に載せて
居間に入ってきて、白い歯を覗かせながら、奇妙な視線を投げつけてきていた。
「どうして私に黙って行くの?」
相手はハナから喧嘩腰の口調だった。
「ど、どうしてって、何で…何で、お前にいちいち、休みの行動まで言わなきゃなんな
いんだよ」
「奥多摩なら私も行きたかったのに。この前は駅で少ししか話せなかったでしょ」
「あ、ああ、俺から言っといてやるよ。じゃな」
僕は電話を早く切りたい一心だった。
「冬休みの宿題、みんなやってあるから、私も今からそっちへ行こうかな」
「バ、バカ、止めろ。か、家族のことで婆ちゃんと相談があるから来てるんだ。お前の
相手してる暇なんかない」
その後も、愛がないとか身勝手とか散々に悪態をつかれ、ようやく電話が切れ、祖母の
顔をの覗き見ると、半分は呆れ顔で、半分はほほえまし気な笑顔だったので、僕は照れ隠
しで、まだ熱いお茶を一気飲みして噎せ返ってしまった。
「ところで婆ちゃん、お寺の住職さんって、もう退院してるの?」
余計な電話騒動の後、気になっていたことを祖母に尋ねると、
「もう、お寺に戻ってるわよ。腸が弱っていて閉塞とかいう病名だったみたいでね。簡
単な手術したみたいで、養生が大事なんだって。あっ、あなたが突然やってきたんで、う
っかりしてたけど、家で採れたお野菜、お寺に持っていくんだった。そうだ、あなたも一
緒に今から行く?」
「そうだね、夏休みにお世話になったから、行こうかな」
「もう、用意してあるの。行きましょ」
高明寺までの道すがら、僕は今から訪ねる、尼僧の綾子の顔を思い浮かべていた。
色白で背が少し高く、細面の顔に袖頭巾がよく似合ってた人だったが、僕の追憶は彼女
の細身の裸身にまで及んでいて、特に彼女の妹を巻き込んで、三人で過ごした夜のことが、
つい二、三日前のことのように、はっきりと蘇ってきて、前を歩く祖母には申し訳なく思
ったが、若い下半身は足が交互に動くたびに、不謹慎で良からぬ反応を示し出していた。
本堂の横の住家の玄関戸が開いて、久しぶりに見る袖頭巾の色白の顔は、やはり病み上
がりの間もない、なよやかな表情だったが、僕のほうに驚いたように向けてきた目は、は
っきりと僕を男として見てきていると、独りよがりかも知れなかったがそう思えた。
僕が手に持ってきた野菜の入った袋には、祖母が種類別に小分けして新聞紙に包んであ
って、少し重さもあったので、そのまま台所の冷蔵庫まで運んでやり、祖母と綾子のいる
居間に戻ると、二人は何かの話で楽し気に談笑していた。
「ほんとに今の若い子は、こちらの都合も何も考えずに、急にやってくるのよ」
「でも嬉しいことじゃない、昭子さん。そうやってこんなお孫さんが訪ねてきてくれる
なんて、中々ないことよ。羨ましいわ」
「いつまでたっても子供で…」
満更でもなさそうな顔で祖母はそいって、徐に立ち上がり、おトイレを、と小さな声で
いい残して、廊下に出て行った。
綾子がそれまでの表情を一変させて、僕に言ってきたのはそのすぐ後だった。
「明日、帰るの?」
「え、ええまぁ…」
「明日のお昼に、もう一度ここへ来て」
「えっ…?」
「二人で会いたいの、お願い」
いきなりの申し出に僕は戸惑ったが、綾子の色白の顔と、切れ長の目の真剣さに気圧さ
れるように、僕は声に出さずに頷いていた。
「あ、あなたのことをね、ずっと思ってたの」
「じ、じゃ、明日の今頃くらい…」
廊下を歩く足音が聞こえてきたので、それだけで二人の話は終わった。
祖母はともかくも、尼僧の綾子のことまでは、僕の目論見には入ってなかったのだが、
確か五十代半ばの年齢の、あの時の綾子の目は間違いなく女の目に変じていたのだけは、
僕にもはっきりとわかった。
帰り道で、単細胞で軽薄な僕は、今日の晩御飯のすき焼きで、二人分のスタミナが増
幅されるだろうかと、少し真剣に考えていた。
その夜、祖母にも心配されるほどすき焼きの肉を鱈腹食った僕は、炬燵の背もたれに
満腹の腹を凭れさせながら、いつの間にかうたた寝してしまっていて、気づくと胸に毛
布の小さいのが掛けられていた。
「お風呂沸いてるわよ」
僕の斜め横でテレビを観ながら、何かの繕い物をしていた祖母が、僕に声をかけてき
たので、のっそりと起き上がって風呂に向かった。
浴槽に浸かりながら、人生の最後はこういう静かなところで、心穏やかに過ごせたら
いいな、と柄にもないことを思っていた。
その時に誰が僕の傍にいてくれるのか、と考えたら、すぐにあの小煩い小娘の顔が浮
かんだので、手で湯を顔にぶつけ浴槽から立ち上がった。
祖母の寝室に入ったのは十一時過ぎだった。
懐かしい祖母の室の匂いが、単純な僕のモードをすぐに男に立ち変えていた。
洗面室から聞こえてきていたドライヤーの音が止んだ。
戸が静かに開いて、スタンドの灯りだけの中を、紺地に白の花柄模様の入った寝巻姿
の祖母が入ってきて、そのまま鏡台の前に行き、小さな身体を折り曲げるようにして座
った。
腰に巻いた濃い橙色の帯が、僕の身体のどこかをひどく刺激した。
「起きてたの?」
顔に何かクリームみたいなものを塗りながら、祖母が心にもないような愚問を呈して
きたが、僕はやり返すことなく、布団に身体を俯せにしながら、祖母の女の仕草を見つ
めていた。
普段ならしないはずの口紅を引いて、祖母は一言も言葉を発さず、僕の横に身体を沈
めてきた。
「昭子」
枕に頭を置いたその下に手を潜らせて、僕は自分の身体を少し起こして、祖母の目に
視線をぶつけた。
「はい…」
少し眩し気な表情で、短く祖母が応えてすぐに、僕は祖母の口紅を引いたばかりの唇
を塞ぎにいった。
風呂上がりの石鹸と化粧クリームと、祖母の身体の匂いが心地よく入り混じって、僕
の鼻孔を占拠してきた。
舌をゆっくりと差し出すと、祖母の歯もゆっくりと開いてきて、僕の口の中に祖母の
温かく爽やかな息が充満してきた。
僕の舌の先が、祖母の滑らかで小さな舌を捉えたかと思うと、すぐに意思を持った生
き物のように絡みついてきた。
自然の流れのように、祖母の寝巻の腕が、僕の首に静かに巻き付いてきていた。
僕の片方の手も自然な動きで、祖母の寝巻の襟の中へ潜った。
肌理の細かさが、若い僕にもわかるくらいの滑らかさで、手の指に伝わってきて、同
時に乳房の柔らかな膨らみまでを感じさせられ、僕は内心で小さくときめいき、夏休み
のある夜、初めて祖母の肌に触れた時の、驚きの感触を思い出していた。
口の中で、祖母の舌のほうが、僕よりも積極的に動いてきている感じだった。
乳房を掴み取った僕の手に、少し力を込めてやると、祖母は顔を少し週に揺らせて、
喉奥からくぐもったような声にならない声を漏らした。
僕が掴み取った乳房は、祖母の弱点ともいえる左側だった。
唇を離し、祖母の耳元から細い首筋に向けて這わすと、
「ああっ…」
とはっきりとした声で喘いできた。
僕の首に廻していた手に、強い力が入ってきたのがわかった。
僕の下半身にも、勝手に力が入ってきていた。
掛け布団を跳ね上げ、祖母の寝巻の襟を思いきりはだけてやると、白い滑らかな肌
がほんのりとした朱色に染まって、丸い乳房と一緒に、僕の目に飛び込んできた。
「ここが弱かったんだよね、昭子は」
僕は改めて、祖母の左側の乳房に手をかけて、軽く揉みしだきながら、切なげに顔
を歪めている祖母の顔を、笑みを浮かべて窺い見た。
「い、意地悪…」
そういって顔を横に背けるのを見て、そこの乳房の頂点にある桜色をした、乳首に
指二本を這わして軽く摘まんでやると、
「ああっ…だ、だめっ」
と声を張り上げてきて、今度は顔だけでなく、小柄な全身を激しく捩らせてみ身悶
えしてきた。
小さな豆のような乳首が、異様なくらいに固くし凝っているのがわかった。
指の次にそこへ舌を這わせてやると、悶えの声はさらに大きくなった。
橙色の帯を解いて、小さなショーツだけの裸身にしてやると、祖母は娘のような羞
恥の表情を見せ、両手で顔を塞いでいた。
「久し振りに見るけど、昭子、いつ見ても変わることなく奇麗だ」
僕は本心からそういってやった。
「歳は間違いなくとっているから…だめ」
本当に悲しそうな声で祖母が言ったので、
「女の人は年齢じゃないということを、僕に教えてくれたのは、昭子のこの真っ白
な身体だ。僕にはいつも奇麗に見える」
ここだけは、何故か、俺ではなく僕と、僕は言っていた。
「も、もっときつく、もっと強く抱いて!」
祖母は両の手を、また僕の首にしがみつくように巻き付けてきた。
それからの僕は、自分の唇と自分の手で、焦る気持ちを抑え込んで、祖母の白い裸
身を丹念に確か寝るように這わしまさぐっていった。
祖母の身体の下に纏わっていた、小さな布地のショーツを脱がし、繊毛が短く生え
出した箇所に、そっと手を添えると、祖母はまた敏感に反応し、蓑虫が脱皮する時の
ように全身を何度も捩じらせた。
祖母の細い木の枝のような、両足の間に僕は身体を移し、手早くトランクスを足元
から抜き、すでに固く屹立しきったものを、祖母の薄黒い小さな林のような茂みの下
に突き当てた。
腰を少し前に動かせると、僕のものの先端が、見てすぐわかるくらいに濡れそぼっ
ている祖母の肉襞を割り開いて、祖母の胎内に潜った。
「ああっ…い、いい」
細い顎を突き立て、細い首をのけ反らせて、祖母は感極まったような喘ぎの漏らし、
自分の指を歯で噛み締めていた。
初めて僕を男にしてくれた、あの懐かしいような圧迫と柔らかな摩擦が、固く屹立
した僕のものを、さらに奥のほうへ誘うように包み込んできた。
祖母の身体でしか感じることのできない、僕には感動以外にない刺激と興奮だった。
もうこの態勢での、この繋がりだけで充分だと僕は思いながら、祖母の裸身と顔を、
僕なりの慈愛を込めた目で見つめた。
「ああ…ほ、ほんとに…き、気持ちいい」
僕の視線を感じたのか、祖母が顔を上に上げて、訴えるような目で言ってきた。
「お、俺もだよ、昭子。お前が一番だ」
薄笑みの顔で僕もそう返した。
どれくらいの時間が経ったのかわからなかったが、自分なりには、少しでも長く祖
母の身体と繋がっていたいという思いもあったのと、心行くまで祖母を堪能したいと
いう気持ちもあって、同じ態勢のままで、腰の律動もゆっくりとして、心を込めたつ
もりだったが、終局の昂ぶりは僕のほうに先にきて、
「あ、昭子…」
と短く呼んだ時には、すでに祖母の胎内深くに、僕の迸りは激しく飛びっ散ってい
たような気がする。
「ゆ、雄ちゃん!」
祖母も僕の名前を叫ぶように呼んで、両手を僕の腕に強くしがみつかせてきた。
長かったのか短かったのかわからない、心地のいい熱気の中の時間が過ぎて、二人
が布団の中で寄り添っていた時、祖母がぽつりとした声で、
「雄ちゃんに言うの忘れてたけど、あの、紀子さんって子、この前、駅で別れた後、
すぐに私にハガキくれたのよ。ちゃんとお礼も言えずすみませんでしたって」
と思いがけないことを言い出した。
「へえ、そうなの」
「で、最後のところにね、雄ちゃんはお婆ちゃんが大好きな人です。いつまでも可
愛がってやってください。私も頑張りますって。いい子だわね」
「あいつ、そんなことを…」
「奇麗な毛筆だったわ」
「ああ、中学まで書道教室へ行ってたみたいだよ」
「あなた、あの子を大事にしないとね」
「ああ見えて、結構、小煩いんだよ」
紀子の手紙の、私も頑張ります、の意味を僕は漠然と考えた。
文章通りの意味なのか、もしかして祖母へのライバル意識なのか?
まさか、僕と祖母の秘めた関係は知らないと思うのだが…勘の鋭い奴だからな。
紀子が今日の昼間の電話で、こらっ、と言ってきた声を思い出し、僕は小さく身
震いして、祖母の顔を覗き込むともう目を閉じていた。
明日はお寺だ。
僕も頑張ります、と誰にいうともなく言って、僕は目を閉じた…。
続く
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