コールが五回ほど続いて、まだ部活かな、と思い、切ろうとした時、
「なぁに…」
と紀子の、寝起きのような、トーンの低い声が聞こえてきた。
「よう」
然したる目的もなかった、僕はこういうしかなかった。
「うたた寝中で、もう少しで本寝に入るとこだった」
「あ、じゃ、切るわ。起こして悪かった」
「その、のんきな声聞いたら、もう寝れない」
「い、いや、いいんだ。特に何もなくて…声が聞きたくなって」
「お昼も喋ったじゃない。明日、コーヒー奢ってくれるって」
「あ、ああ、そうだったな…」
今しがたまで読んでた、俶子の長メールのせいもあって、昼に彼女と喋ったことは、完全に
忘れていた。
「何かあったの?」
「い、いや、何も…声聞きたかっただけで…」
形勢は完全に不利で、早く切らねばと、僕は少し焦った。
「普段は何日も音信不通の人が、おかしいじゃない?」
「だから悪かったって…」
「私に言えないこと、何かしてる?」
見透かしで言うことが当たるから、こいつは怖い、と思う僕の頭の中を、軽井沢の別荘と、
多香子の顔が、新幹線ののぞみのように過った。
「な、何にもないよ」
ふとした甘えの気持ちでした電話で、僕は愚かな墓穴を掘っていた。
「ね、今から家に来ない?」
何秒かの沈黙の後、紀子が突飛もないことを言い出してきた。
僕を家まで呼びつけて、追及尋問をしてくるのかと思って、また黙り込んだら、
「両親がね、東北のお祖父ちゃんちに、急に出かけちゃったのよ。悪い話じゃないんだけ
ど、私、独りぼっちなの。お夕飯、ご馳走するから」
自分から墓穴を掘って、しどろもどろになりそうになっていた、僕のことなど、あっさり
忘れたように、紀子は自分のほうの事情を持ち出してきた。
彼女の、割り切りの早い、こういうところが、僕は好きなところの一つだった。
聞くと、東北で一人暮らしをしている祖父が、何かの善行をしたらしく、役場から表彰状
をもらうことになり、その時に周りに身内がいないのもどうかということになり、急遽、紀
子の両親が、ともに明日の仕事を休んで、出かけたというのだった。
すき焼きを、という紀子の甘い提案もあって、僕が了解の意向を示すと、彼女の要望はさ
らにエスカレートしてきて、今夜は家に泊まって、明日は一緒に学校へ行こうと、とてつも
ない驚きの話になったのだ。
この紀子の、まるで予期も予想もしていなかった、大胆な提案を、電話の最初の時の失態
も忘れ、僕は自分の都合のいいように解釈して、考えたフリをして、改めて了解の返答をし
た。
紀子の家を、まだ知らずにいた僕に、夕飯の食材の買い物がてらに、駅まで迎えに行くと
言って、待ち合わせの時間を五時と決めた。
僕の住む街の駅から、二駅ほど手前が紀子の住む街だった。
僕はベッドからタイ上がり、登校用のバッグに教科書を詰め込み、服を制服に着替えて、
一階のダイニングのテーブルの上に、友達の家に泊まりに行き、学校もそこから、と親に向
けてのメモを残して、西日が沈みかけた外に出た。
電車を降りて雑踏の中を改札口に向かうと、二、三十メートルほど手前で、紀子を発見で
きた。
長い髪を後ろに束ね、真っ青なダウンジャケットに、細長い足をジーンズに包み、明るい
水色のマフラー姿は、背の高いのと細身の体型のせいもあり、厭味でなく、つんと高く尖っ
た鼻と、濃い眉の下の切れ長の、澄み切った涼やかな目のせいもあってか、休日で人の往来
も多い駅で、一際目立って見えた。
「雄ちゃん」
人目も憚らず、僕を見つけた紀子は大声で叫びながら、手を振ってきたので、僕は周りの
目も気になって、逆に彼女に近寄りにくくなってしまっていた。
改札口を出て駅構内から外に出ると、紀子がいきなり僕の片手をがっしと掴み取ってきて、
身体まで密着させてきた。
「よせよ、お前。誰が見てるかわかんないんだぞ」
「いいじゃない、私たち恋人同士なんだもん」
「そ、それにこちらは、学校の制服なんだぞ」
「雄ちゃんが、知らない街で迷子になったら大変でしょ」
人の目をまるで意に介さないように、紀子は僕を連行するように、人だかりで喧噪なアー
ケードの中に連れ込んだ。
結局、スーパーでの買い物に付き合わされて、僕は大きな買い物袋を持たされて、紀子の家
に向かう羽目になった。
駅から歩いて十五分くらいに、古くからありそうな住宅街があり、緩やかな坂の中腹辺りに
紀子の家はあった。
僕の住む家と似たような大きさの、木造二階建ての家で、僕のところと同じような、猫の額
のような庭もあった。
家族全員が綺麗好きなのか、玄関からリビング、ダイニングのどこを見ても、物が整理整頓
されている印象だった。
居間は小さな応接になっていて、ソファがL字型に配置されていて、ソファの一つに僕が座る
と、紀子が冷えたミネラルウォーターの入ったコップを持ってきて、
「テレビでも観てて」
と言い残して、腕まくりをしてダイニングに入っていった。
僕の好みに合わせてくれた、砂糖多めのすき焼きを腹一杯食べて、食後のコーヒーを飲んで
いた時、
「今日のスーパーで、私たちの前に、二人とも背の低い老夫婦の人がいたでしょ?」
と紀子が話を持ち出してきた。
「ああ、七十は超えていそうな?」
「そう、その人たちがね、お菓子売り場にいた時にね、お祖父ちゃんが小さなお饅頭を手に
取ったらね、お婆さんがすぐに、お祖父ちゃんのお饅頭を持った手の甲をね、ぴしゃりと叩い
て、手を横に何度も振ったの。お祖父ちゃんがとても悲しそうな顔で、お饅頭を返していたの
が、とてもほほえましくて…私、とてもほっこりした気持ちになってた」
「そうだな、俺も甘党だから、未来の自分があのお祖父ちゃんなのかも」
「世界で最高の夫婦に見えた」
「俺たちが七十になるまで、後、五十年もあるぜ」
「私、雄ちゃんのお婆さんみたいになりたい…」
そこで、僕の頭に浮かび出たのは、自分が悪さをして、こっぴどく叱り飛ばしてくる祖母で
はなく、僕に抱かれて美しく喘いでいる、祖母の妖艶な顔だった。
夜は刻々と更け、時間は流れた。
公共放送の九時のニュースが始まって間もなく、唐突に、紀子のスマホが鳴り響いた。
東北に出かけた母親からのようだ。
母親との話の途中から、ソファに座っていた紀子が立ち上がり、ダイニングのほうに歩き出
していた。
小さな親子喧嘩みたいになっていそうだった。
つんと尖った鼻の先を膨らませ、憮然とした顔でソファに戻ってきた紀子が、
「失礼しちゃうわ」
と怒ったような声を出したので、思わず彼女の顔を窺い見ると、
「お母さんがね、急に東北行きになって、町内会の何かの件で、近所の叔母さんに電話入れ
たら、その叔母さん、駅前のアーケードで、私たちが腕を組んで歩いているのを見たんですっ
て」
「な、ほらな。言わんこっちゃない。だから離れろって言ってたのに」
得意満面の声で、勝ち誇ったような声で僕が言うと、
「うるさいっ、雄一」
とまた鼻を膨らませて言ってきた。
「私、不良になってやる」
「いつから?」
「今から」
これ以上の冷やかしは禁物と判断して、僕は黙ってテレビに目を向けた。
ニュースの終わりかけの頃、
「お、お風呂入ったら?」
と改まったような声で、紀子が言ってきた。
脱衣洗面所に行くと、棚の上にバスタオルと一緒に、きちんと畳まれた新品のパジャマのと、
これも新品のトランクスが、整然と積まれていた。
そういえば、スーパーで買い物をした後、紀子が日常の衣料用品の店に立ち寄って、何かを買
って出てきたのを僕は思い出した。
身体を洗って、足を伸ばせる細長い浴槽に浸かった時、僕の頭のモードは、いつもとは違う方
向に向きかけていた。
紀子の、春に芽を出す筍のように、瑞々しくすらりとした裸身を思い浮かべていたのだ。
これまで、紀子の身体に接したのは二回で、最初は奥多摩の祖母の家で、二度目は東北旅行で、
宮城の気仙沼へ出かけた時のホテルだった。
あの時の、感動と興奮と感激は、今も僕の頭の中に鮮烈な記憶として、はっきりと残っている。
これまでの、どの女性との時にも感じることのなかった、十六の僕では表現しきれない、何か
身体全体がうち震えるような快感は、今も思い出すだけで胸が熱くなってくる。
いや、熱くなるのは胸だけではなく、身体にも明確な症状となって現れ出てくるのだ。
紀子だけを別格化しているのではない。
そのことを、今夜は証明するのだ。
自分でもわけのわからない、身勝手な論理を気持ちの中に確定させて、僕は浴槽から立った。
紀子の室は二階の南側で、スペースは八畳ほどで、僕の室の六畳間よりは間違いなく広かった。
机とベッドが、壁の隅を上手く利用してコンパクトに配置されていて、空間的にはかなり広く
見えた。
室の装飾もシンプルで、写真とか絵画の類とかいったものはほとんどなく、ベッドの薄いピン
ク色の掛け布団がなかったら、男子の室と思われても、仕方のないくらいの殺風景さだった。
「母にもね、よく言われるの。もうちょっと女の子らしい飾りつけでもしたらって」
そういって、紀子は机の前の椅子に座った僕に、一冊のアルバムのようなものを差し出してき
て、
「これでも見てて。私の子供時代。お風呂入ってくる」
早口でそういって、そそくさと室を出て行った。
渡されたアルバムの表紙を見ただけで、僕はそれを机の上に放り出すように置いた。
今からの自分には、それは不必要だと思ったのだ。
紀子が室に戻ってきたのは、三十分ほどもした頃だった。
毛の一本一本が見えそうなくらいに、奇麗に梳かれた長い髪を垂らしながら、薄い水色のパジ
ャマ姿で入ってきて、ベッドに座り込んだが、意識的な感じで僕と目を合わせてはこなかった。
よく見ると僕の着てるパジャマも、柄は違うが同じ水色だった。
「寒くない?」
僕とは逆方向のドアのほうに顔を向けて、上擦ったような声で、紀子が聞いてきたのを機に、
僕は椅子から立ち上がり、徐に彼女のいるベッドに歩み寄り、真横にゆっくりと座り込んだ。
風呂上がりの石鹸と、シャンプーの匂いが僕の鼻先をついてきて、僕の身体と心のエンジンキ
ーを捻らせた。
「あっ…」
と紀子が声を出した時には、彼女の細い身体は、僕の手の動きのせいで、ベッドに仰向けに倒
れ込んでいた。
真横から、紀子の身体に覆い被さるように、僕が抱きついていったのだ。
紀子の驚きと、少し怯えの混じったような艶やかな肌をした顔が、僕の顔の十数センチ前にあ
った。
紀子の小さな息遣いが聞こえ、石鹸かsyzんぷーの匂いが、僕の鼻孔を席巻してきていた。
紀子の慄いたような目を凝視したまま、僕は十数センチの距離を、一気にゼロにした。
距離が完全になくなって、僕の唇と紀子の唇は自然なかたちで重なった。
忘れてはいない爽やかな息の匂いが、僕の口の中を漂ってきた。
僕に覆い被さられた紀子の手が窮屈そうに、僕の鳩尾の辺りで包まって震えていた。
場所は紀子の自宅だったが、今のこの時は、男子の僕が主導権を取っていた。
唇を重ねたまま、僕の手は自分でも少し驚くくらいに、器用っぽく動いて、紀子のパジャマの
ボタンを、然したる抵抗も受けず外せ、彼女の上半身から脱がせとることができた。
寝る時にはいつもしていないのか、紀子はブラジャーは身に付けていなかった。
ピンと張り詰めたような弾力が目にもわかる、肌理の細かい肌に手を添えてやると、紀子の細
身の身体は、本当に若鮎が川の澄んだ水に跳ね飛ぶように震え動いてきていた。
唇を離してやると、紀子は喉の奥から絞り出すような、大きな息を吐いた。
十六の少女が溜息のように吐く息ではなく、成人女性を連想させる、余韻と熱っぽさを僕は何
気に感じ、紀子が一人の女として、知らぬ間に成長、というか成熟しているような思いに、ふい
に駆られた。
豊満とは言えない膨らみだったが、紀子の乳房の片方に手を添えると、彼女を抱いた最初の時
に感じた、やはりあの時と同じで、軟式のテニスボールのような弾力はそのままの感触だった。
指を口に当て、時折、顔を左右に揺らせながら、紀子は内から湧き上がってきている、何かに
堪えているようだった。
何も意味も魂胆もない、僕からの思い付きの電話に、自分のほうから誘いの声をかけてきたの
は、間違いなく紀子のほうだった。
その時、彼女はこうなることまで、視野に入れていたのかどうか。
これは僕にはわからないことだったが、本当に自分の都合のいいように考えると、彼女は僕に
抱かれることを覚悟していたというか、もっと穿った思いで言えば、僕に抱かれたかったのでは
ないか、と馬鹿げた発想を僕はしてしまっていた。
僕の身体はいつの間にか、紀子の下半身にきていた。
パジャマのズボンは、すでに僕が脱がしていて、紀子の細長い足の付け根には、薄水色のショ
ーツが小さな三角形で露呈していて、その布の上を僕の手が撫でるように這っていた。
時々、紀子の漏らす熱の籠ったような小さな声が、僕の頭の上辺りから聞こえてきていた。
ゆっくりと僕は、紀子のショーツを脱がしにかかった。
紀子の両手が、ベッドのシーツを強く掴み取っているのが、僕の目の端に見えた。
どちらかと言えば薄い感じの繊毛が、紀子の身体の小刻みな震えに合わすように、揺れ動いて
いた。
「ああっ…」
紀子の細身の全身が、急に痙攣を起こしたように、激しく撓り、大きな声が挙がった。
僕が何の前触れもなく、自分の顔を、彼女の剥き出しになった、繊毛の下に埋め込んだのだ。
僕の口と舌が最初に感じたのは、夥しいほどの湿りだった。
最初の時も、二度目の気仙沼の時も、その部分の湿りは確かにあった。
だが、今の紀子の胎内から滲み出ているのは、湿りというよりは滴りに近いくらいに夥しく、
そこへ埋め込んだ僕の顔は、まるで洗顔した後のようになっていた。
もしかして、紀子は失禁でもしたのではないか、と思うくらいの濡れようだった。
僕の舌がその部分をなぞるように這うと、そのことを知ってか知らずか、紀子は今までにな
いくらいの、声高な喘ぎの声を間断なく挙げ続けていた。
過去の二回の身体の交わりから、まだ何ヶ月も日は経ってはいないのに、紀子のこの変貌ぶ
りは、僕の内心をひどく驚かせていた。
無論、彼女が、あの気仙沼の日から今日までの間に、誰か違う男に走ったということなど、
僕には到底考えられなかったし、ありえないことだった。
どの女性との時も、これほどの多量の滴りを垣間見せたのは、一人としていなかった。
何気に僕は紀子の股間から顔を上げて、下から彼女の裸身を改めて見直した。
腹部の丸い臍が見え、その上にこんもりとした、丘のような丸い膨らみが二つ見えて、やや
尖り気味の細い顎と、つんとかたちよく尖った鼻先までが窺い見えた。
紀子の顔が見たいと思い、背中を反らすと、輪郭のはっきりとした唇が半開きの状態になっ
ていて、奥目がちの目は閉じられ、長い睫毛だけがヒクヒクと小刻みに震え動いているのが見
えた。
急に二十代の大人になった紀子を見たような、そんな気持に僕はなっていた。
奇妙な感激のようなものを僕は感じ、慌てた素振りで態勢を整え、紀子の細長い足の間を割
って、屹立の著しくなっている自分のものを、まだ滴り続けている彼女の添え当て、腰と一緒
に前に押し進めていった。
「ああっ…ゆ、雄ちゃんのが」
細い顎を突き上げて、紀子は高い声を挙げた。
「の、紀子」
陸上で鍛えられている括約筋の強さか、過去の二回にはそこまで気づく余裕が、自分になか
ったのか、紀子の胎内の強烈な圧迫に、僕は初めての体験のように驚いていた。
「ああっ…は、入ってきてる。雄ちゃんが…わ、私に」
「むうっ…」
これだけの言葉しか、僕は出なかった。
「き、気持ちいいの…ゆ、雄ちゃん…どうして?」
「お、俺もだよっ」
「す、すごいっ…すごいわ…雄ちゃん」
過去の二回では一度も聞いたことのないような、紀子の感激の声が、僕の気持ちをさらに奮
い立たせてきていた。
前の二回の時、その時はその時なりの、感動と興奮は間違いなくあったのだが、三度目の今
夜ほどの強烈な刺激と昂ぶりは、その過去を凌駕するのにはあまりあるものだと、僕は心身と
もに実感していた。
女の紀子を抱いているという、それは確かな実感だった。
それは、きっと紀子のほうも同じ思いでいると、僕は確信していた。
その感激的な勢いに乗じて、僕はあるところで、紀子の身体を思いきって四つん這いにした。
僕のその動きに紀子は、最初、驚き戸惑いの表情をした。
初めての体験に違いなかったが、臀部を高く突き上げさせ、僕が背後から彼女の身体を突き刺
してやったら、忽ち、断末魔のような咆哮の声を挙げて、布団に顔を深く突っ伏してしまってい
た。
紀子の長い髪が揺れて乱れるのと、彼女の引き締まった背中の艶やかさに、僕は何度も暴発の
憂き目に遭わされたが、必死の思いで堪え、そして最後にはまた、最初のかたちに戻り、ある限
りの力を振り絞って、彼女への思いを深く籠めた律動を限界まで続け、これまでに出したことの
ないような、正しく断末魔の声を叫ぶように吐いて、僕はめくるめくような終焉を迎えた。
肩を揺らせてしていた呼吸が、どうにか正常に戻って、横に俯せになっている紀子を見ると、
まだ彼女は意識を戻していなくて、夢見心地のように目を深く閉じていた。
紀子は、僕の白濁の迸りを知ったか、知らない寸前で、気を失ってしまっていた。
「ゆ、雄ちゃん、好きっ…」
これが彼女の最後の時の声だったような気がする。
それに応えようとした僕だったが、声よりも先に身体と気持ちが極点に達していて、僕からの
彼女への返答は、白濁の迸りに変わっていたのだ。
「ん…私、寝てた?」
ぼんやりと目を開けて、紀子が僕を見つめてきた。
「高鼾だったぜ」
「嘘っ」
「嘘なもんか。お陰で俺は、お前の寝ずの番だ。でもいい顔してたよ、お前」
「何か…恥ずかしい。それにお布団が冷たい」
「よく言うよ。全部、お前の身体から出てる」
「やだ、おしっこ漏らしたの、私?」
「かもな」
「どうしよう?お母さんに怒られる!」
「知らないよ。バスタオル敷いて寝ないとな」
「そこの箪笥の二段目に入ってるから、取って」
紀子はもう素に戻りかけていた。
渋々と僕は立ち上がって、前にある箪笥からバスタオル二枚を取ってやる。
子供のように悲しい顔をして、布団の上にバスタオルを敷き詰めている紀子を見て、今しが
たまで、生身の女として激しく燃え上っていた彼女と、子供のように悲しい顔をしている彼女
の、どちらが本物の彼女なのかを、僕は考えようとしたが、すぐに止めた。
二人とも紀子に違いはなかった。
十六歳の少年ながら、僕はどちらの紀子も愛おしいと思った。
寝る少し前、紀子がトイレに行った時、何気にスマホを覗くと、メールが二通入っていた。
二通とも俶子からだったが、中味は見ないことにした。
紀子が一番、の夜にしたかったからだ…。
続く
「」
僕のパジャマ姿を見て、紀子は嬉しそうに笑った後で、
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