正和はそれだけの話を、得意満面な口調で滔々と喋り続け、話の途中で、私と麻衣さんとい
う人を交代させたりして、一人悦に入っているようだった。
これほどに愚にもつかない男に、どうして自分は矍鑠とした態度と、毅然とした行動がとれ
ないのか、という情けないジレンマの中で、私は正和の足の間に、拒絶の意思表示も見せず傅
いてしまっている。
多分、麻衣さんのほうも、私と同じ気持ちでいるのだろうと私は思っていた。
何かの本で、若い時に受けた衝撃的な体験で、その人の人生が決定してしまう場合がある、
という文章を目にしたことがあるが、私も麻衣さんも間違いなく、この横井正和という男に、
本当の人生を奪われてしまっているに違いないと、私はほぼ確信している
女の弱さ、というよりも、自分自身の弱さも、どこかにあるのだとは思うが。
正和の愚の骨頂のような、滔々とした自慢話が終わって間もなく、私と麻衣さんは一つのベ
ッドに横たわるよう命令され、やはり二人は逆らうことなく、ベッドに並んで横になった。
ベッドの横の椅子に、正和はウイスキーグラスを片手に、どっかりと座り込んで、淫猥な目
でこちらを凝視してきていた。
正和が何を望んでいるのかを、私も麻衣さんも宣告に承知していた。
正和に言われる前に、私から麻衣さんの乳房に手をかけた。
うっ、と小さく彼女が呻いたのが聞こえた。
私のほうが身体を起こして、麻衣さんの乳房に顔を埋めた。
麻衣さんの手が、私の肩にかかり、力を入れて掴んできた。
麻衣さんの体臭のような匂いが、心地よく私の鼻先をついてきていた。
「いい匂い…」
私が小さな声で言うと、麻衣さんも、
「あ、あなたも」
と小声で返してきていたが、総入れ歯の歯を外しているせいか、少しくぐもったように聞こ
えた。
去年のいつだったか、学校の教え子の祖母という奇麗な人と、思わぬ流れから身体を交え、
気持ちをひどく昂らせてしまったことを、私は麻衣さんの乳房に、舌を這わしながら思い起
こしていた。
その教え子の顔までが、何故か浮かんでいた。
その思い出が、私の気持ちを少しばかり昂らせたのか、自然な動きで、私は麻衣さんの唇を
求めるように、顔を上に上げていった。
歯を入れていないせいか、麻衣さんは口を固く噤んでいるようだった。
恥ずかし気に目を薄くして、私を見つめてきた。
かまわずに、私は唇を麻衣さんの唇に近づけていき、その勢いのまま彼女の唇を塞ぎにいっ
た。
「ううっ…」
藻槌くように麻衣さんが呻いた。
口の中で私のほうが積極的に舌を動かせ、麻衣さんの逃げ惑うような舌を捉えて、激しく絡
めていった。
この時も、何故か私は奥多摩の人を思い出していた。
そういえば、麻衣さんも奥多摩の人と、年齢的にはあまり変わらないのだった。
暫く、揉み合うように私と麻衣さんは、お互いがお互いを自然に求め合うように、身体と身
体を擦り合わせるように抱き合った。
私もだが、麻衣さんのほうも、横で見ている、正和の視線は眼中にないようだった。
今日、初めて会う麻衣さんだったが、こうして抱き合っていて、私は何気に、彼女とは波長
が合いそうな気になっていた。
どこがどうというのではない。
横で淫猥な目をぎらつかせて見ている、正和の性の餌食になっているという共通点も確かに
あるが、肌の感触と匂い的な感覚が、何もかも分かり合えるような、気がしてきているのだ。
麻衣さんに驚かれるのを覚悟で、私は上体を起こし、頭を彼女の足のほうに向け、自分の下
腹部を彼女の顔に、軽く押し付けるような姿勢を、自分からとっていった。
両手で、麻衣さんの力の入った両足をゆっくりと拡げてやると、漆黒の繊毛の下の肉の裂け
目がしっかりと見えた。
結果的にはそうかも知れないが、正和を悦ばせたいという思いは、その時の私にはまるでな
かった。
少し濃い桜色をした粘膜から、水滴のような滴りが滲み出ていた。
私のほうの同じ部分に、麻衣さんの舌らしきものが触れてくる感触があり、
「ああっ…」
とつい口から声が漏れ出ていた。
お互いがお互いの、何かを確かめ合うように、舌と舌で、私と麻衣さんは気持ちを込めて愛
撫し合った。
奥多摩の人の舌の滑らかな愛撫が、麻衣さんの舌に乗り移ったように、私は正和に見られて
いることも忘れ、高い声を幾度も挙げて、身を悶えさせていた。
淫猥な光沢を放って、私と麻衣さんを見つめ続けていた、正和が興奮したような面持ちで、
ベッドに駆け上がってきた時には、麻衣さんのほうも多分、同じだったと思うが、私も気持ち
的には絶頂の時を過ぎてしまっていた。
忙しなげな動作で私を四つん這いにして、正和が貫いてきた時には、どこか冷静でいる自分
があった…。
俶子のメールを読み終えて、また喉がカラカラになっていた僕は、俶子の文中の正和の最後
の時ではないが、慌てた動作で室を出て、階下の冷蔵庫から二本目のペットボトルを取り出し、
階段を小走るように上がり、ベッドに倒れ込んだ。
そこでしかし、僕は俶子の文中の男とは違う冷静さを発揮して、横に置いていたスマホに目
を向け一息をついた。
見ると着信が一本とメールが三通入っていた。
マナーモードにしてあったとはいえ、自分が俶子の長文メールに、それなりに集中していた
ことがわかった。
着信は紀子でメールの一本も紀子だった。
(いつもほったらかしのおバカさん。どこに潜ってるの?…浮気?)
予想通りのメール文だったが、最後だけが微妙に引っかかった。
もう一つのメールは、奥多摩の高明寺の尼僧の綾子からだった。
(お元気ですか?こちらは寒い冬です。お寺の総代さんから、副総代の人との再婚の話を、
三日に一度の割合で迫られています。あなたのお顔が見たい。…綾子)
どれもこれも、下手に返信すると、墓穴を掘ってしまいそうな気がして、僕は思案の末、無
視を決め込んだ。
もう一本は、俶子からだった。
(メール、読んでくれた?ごめんなさいね。恥ずかしいことばかりで。…三通目は、止めよ
うかな、と思いながら書いたので、できれば読んでほしくなかった。…俶子)
この文面で、僕は肩にも心にも、思わず力が入ってしまっていた…。
続く
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