調教編 1
入社式が行われ、川村 雪が入社した。
例年通り、滞り式は行われ、無事終了した。
その中でも雪は別格の美人だと再認識した。
だからこそ余計に、あの時の事が気になった。
面接の時のオーナーの言葉、特別に上乗せされた内定条件、
腑に落ちなかった。
オーナーは雲の上のような存在、私が何かを意見したとしても、
何人の自分より上の立場の人間を通して話が行くだろう。
雇われ社長の自分とオーナーではそれほどの差があった。
時折参加される面接にしても、たまには下界の様子でも見に来ている神様の気まぐれだと思っていた。
あれほどの巨大グループのトップなら、
好みの女など選び放題、それこそ逆にイヤと言うほど寄って来るだろう。
女優やモデルクラスから比べれば、雪はそこまででは無い。
だからこそなぜ?雪に特別な対応を?
まさか嫁探しなんて事はないだろうし、女性としてでないとすれば何が?
そんな事を頭の片隅で考えながら、社長室に戻った。
ドアを開け、ハッとした。
オーナーが窓の外を見ながら立っていたのだ。
「オ、オーナー!いつ?」
思わず声を掛けた。
稀に覗きに来る面接以外、この会社に来た事はない。
会社に関する事は、全てオーナーより遥かに下の人間、
と言っても私よりは遥かに上の人間数人とのやり取りで充分だった。
「ちょっと前だ。」
「ご連絡を頂ければ」
「いや、いい。」
言葉を遮られた。
「それより、川村 雪は出勤したか。」
「はい、今しがた入社式に来ておりました。」
また、雪?なぜ?
「わかった、ではビジネスの話をしよう。」
外を見たまま資料を私のデスクに投げた。
「顧客の店舗が駅近郊に集中し過ぎている。
駅から離れた店の顧客を増やせ。」
「あ、は、はい!」
「研修が終わったら、川村 雪に遠い店の開拓をさせろ。」
「え、しかし、、」
初めてオーナーがこちらを向いた。
風格が違いすぎる。私は黙った。
「こう伝えて仕事をさせろ、ひたすら歩いて新しい店を開拓しろ、
古い考えじゃない。スマホで何でも出来る時代だからこそ、
一生懸命歩いて回ってる姿に共感する。と、わかったか?」
「はい。」
私は従った。
それから数ヶ月が経ち、研修が終わり雪を社長室に呼んだ。
そして新たに駅近郊では無く、離れた郊外に顧客を作りたい事、
そのプロジェクトを雪に始めてもらいたい事、
そして、
ひたすら歩いて店回りをしろと、オーナーの話に自分なりに付け足し伝えた。
そしてこれは、オーナーからの直接の依頼である事を伝えた。
「はい!わたし頑張ります。オーナーの言われている事良くわかります!」
雪はそう答えた。
余りにもすんなり受け入れられたため、逆に面を食らった私を不思議そうな顔で見ている。
「どう、、、しましたか?」
「あ、いや、こんな泥臭やり方、今の若い子なら嫌がられると思ってたもんでね。」
「わたし歩くの好きなので大丈夫です。」
「そうか、なら良いんだが。」
「はい、では失礼します。」
と、雪が部屋を後にしようとした。
その時、パッとパンプスに目が行った。
(面接の時の…ずっと同じのを履いてるのか…よほど気に入っているのか)
何となくそう思った。
その後の雪はオーナーが出した指示に忠実だった。
雪だけ、営業で使う交通費の清算がほぼ無い、
店からの受けも良く、郊外の顧客も増え始めた。
本当に歩いて回っているのがわかる。
急に休んだ社員の仕事まで引き受け、よく残業もしている。
逆にたまには休めよと、こちらから声を掛ける程だった。
これはオーナーの戦略眼なのか?
面接からこれを見いだしていたのか?
だとしたら、やはりあの人は只者では無いと思った。
あのメールがオーナーから届くまでは。
〝川村 雪が、入社より1年経ったら、私の会社に異動させる。
異議は認めない〟
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