「あなた、行ってらっしゃい…気をつけて」
朝、出勤前の夫にとって当り前の日常、妻のいつもと変わらない笑顔。
少し内向的過ぎるところがあるが、それは育ちの良さと淑やかさの
裏返しだ。
むしろおとなしい自分には気持ちが安らぐ。
もう新婚とは言えない年数を重ねて来たのに、友美への愛情はますます
深まっている。
友美も同じ気持ちなのだろう…あれほど羞恥心が強かった友美が夫婦の
営みに驚くほど大胆な顔を見せることがある。
それも僕のために恥ずかしいのを我慢しているのだろう。
僕を喜ばせようと努力している。
そんな健気で可憐な友美のためにますます働く活力が漲って来るのだ。
駅に向かう道すがら、一人の男が話し掛けて来た。
「や、池野さん、おはようございます」
近所に住む西山と言う男だ。
通勤時間帯が同じで家も近いためよく一緒になる。
「昨日は町内清掃で奥さんにずいぶんお世話になっちゃって…」
あぁ、西山さんも町内会の活動してたんだった。
「こちらこそ…本当は私が参加すべきなんでしょうが、そちらの方は
家内に任せきりで申し訳ない…」
「いやいや、奥さんには一所懸命働いてもらいましたから充分です。
汗まみれになって、熱心におしゃぶり…あ、いや、おしゃべり…
他の奥様方とも仲良くおしゃべりして楽しそうでしたよ」
そう言えば昨日は戻って来るなり浴室に直行していたな…僕に汗臭い
ところを見られたくなかったのか。
西山が口を滑らせたのにも気が付かず、暢気なものである。
「それにしてもあんな美人でスタイルがいい奥さんをお持ちの池野さんが
羨ましいなぁ…性格も良くて誰とでも仲良くなれるし…」
内気な友美が誰とでも仲良くなると言うのに違和感を覚えながら、
友美の容姿や性格を褒められて悪い気はしない。
「ありがとうございます…これからも家内をよろしくお願いしますよ。
なにぶん温室育ちなもので行き届かないところもありますが、思い切り
こき使ってやってください」
「いいんですか?お言葉に甘えて死ぬほどこき使っちゃいますよ…
なんて冗談ですよ…でも町内会一同、温かく奥さんを迎えてたっぷり
親睦を深めさせていただきます」
冗談を冗談と受け止めてニコニコ笑い、西山の目に邪悪な光が浮かんで
いることに夫は最後まで気が付かなかった。
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