(・・少し・・休もう・・。)
老婦人に施された縄化粧ならぬ紐化粧を見るともなく見ているうちに、しのぶは老婦人の言葉を思い出す。
(・・確か・・ここに・・。あった。)
老婦人に渡されたカード、そこにはURLとアクセス用のQRコードが印刷されており、ログイン用のパスワードが印字されていた。
しのぶはスマホを手にブラウザを起動するとQRコードからサイトにアクセスする。
表示されたトップページに記載された注意事項をスクロールするしのぶ。
(・・ワンタイムパスワード?)
どうやら完全会員制らしく、パスワードの有効期限も初回ログインから四十八時間のみ。
サイト運営の趣旨に関する記載は、しのぶにとって未知の領域に属する内容であった。
羞恥、被虐、恥辱、露出、複数、緊縛、拘束、剃毛、様々なキーワードが羅列された画面をスクロールしていくうちに画像ギャラリーに辿り着く。
そこには会員からの投稿と思しき画像が無数に存在した。
荒縄で本格的に縄化粧を施された緊縛画像。
複数人との性行為の最中を記録した画像。
中でも多いのが一糸纏わぬ全裸にコートや上着だけを羽織り、タイミングを伺いながらコートの前身頃を全開にしたと思われる画像、しかし、その背景は終電らしき電車の車内であったり、ショッピングセンターの人混みであったりする。
その他にも数えきれない程の画像が掲載されており、その全てが商業的な演出によるものではなく、個人の嗜好による行為の記録であることが伺える。
(・・こんなことしてる人が・・こんなに・・。)
自分と似たような嗜好を持つ者が少なくない、その事実はしのぶに安心感をもたらしたが、同時に羨望が頭をもたげ始める。
(・・・知りたい・・。)
画像を見る限りでは単独女性が自撮りをしていると思しき画像が大多数である。
(・・・どうやって・・)
老婦人に指摘されたリスクを回避する為、彼女達はどのような工夫をしているのだろう。
たいした露出を経験してきたわけでもないが、しのぶですら何度かヒヤリとさせられたことはある。
彼女達はリスクを最低限に抑える為の術を、少なくともしのぶよりは心得ているに違いない。
(・・この人達と・・)
その情報を得る為には、彼女達との接触を試みるしかなかった。
まずはその第一歩が会員登録であろう。
しのぶは会員登録の画面に進み、規約や手続きを読み始める。
本名、住所情報に類する個人情報は不要で任意のハンドルネーム、メールアドレス、携帯電話の電話番号が必須、ここまでは問題ない。
問題は次の一文に記載された内容であった。
>貴女の恥辱に満ちた画像、誰にも見せられない、
>けれど誰かに見てもらいたい画像、もしくは動画を
>一点以上、送信願います。
(・・『恥辱に満ちた画像』・・。」
すぐに思い浮かんだのは、今日、清水の指示に従って撮影した剥き出しの下腹部の画像。
だが、はしたなく恥ずかしい画像ではあっても、『恥辱に満ちた画像』とは異なるような気がしていた。
『恥辱に満ちた』、それは恥ずかしく屈辱的な姿を晒すことでしか悦びを得られない嗜好を晒すことではないだろうか。
(そういう意味だったら・・今の格好・・。)
全裸の素肌を交錯しながら彩る黒い紐が、しのぶの躯に存在する女としての器官を強調し、その上から羽織ったブラウスは乾きかけているとはいえ、葉脈のように皺が寄っている。
(・・まるで・・襲われたみたい・・。)
しのぶの感性における『恥辱に満ちた姿』、それに最も近しいのは今のしのぶ自身の姿であった。
スマホと性具を手にして立ち上がったしのぶは、出来るだけ無個性な背景になるように壁を背にしてスマホを構える。
パシャ・・・パシャ・・
何枚か自撮り撮影をするとスマホの中に保存されたしのぶ自身の画像を再生した。
(・・少し違う、かも・・。)
しのぶはスマホを片手に浴室に向かうと、シャワーの蛇口を捻る。
充分に温まったとみると湯が掛からない位置にスマホを置き、ブラウスを着たまま、頭からシャワーを浴びた。
当然の如く濡れ鼠となったしのぶは自分の躯を見下ろした後、ブラウスのボタンを上から順番に外し始める。
全てのボタンを外し終わると、必然的にブラウスは左右に開き、首から胸の谷間、腹部を経て股間までの素肌が晒されてしまう。
濡れた生地が素肌に貼り付き、交錯する黒い轍と乳首が浮き上がって見えた。
(・・これを・・見たら・・)
浴室でスマホを手にして自分の姿を撮影したしのぶがスマホを覗き込むと、そこには土砂降りの雨の中、スカートを剥ぎ取られ、性的な暴行を受けた直後としか思えない姿をした女性が映っている。
(・・最後に・・・。)
挿入こそしないものの、性具を手にしたしのぶは浴室の床に座り込み、大きく脚を広げて秘部に性具の先端を充てがう。
流石に顔は見せないように濡れた髪を額に垂らし、俯向き加減になりながら、角度を変えて何枚か撮影した画像。
そこに映っているのは、性的な被害を受け、あられもない姿のまま、それでも性具を使って自慰に耽ろうとしている牝に過ぎなかった。
(これを・・これなら・・。)
スマホを手に会員登録画面を呼び出すと、しのぶは必要情報を入力し、最後に画像を添付する。
>送信してもいいですか?
>YES or NO
暫し躊躇った後、しのぶがタップしたのは言うまでもなくYES。
(送っちゃった・・・。)
脱力したまま浴室の床に座り込み、省電力モードになったスマホに虚ろな視線を投げかけていた時であった。
突如として手にしたスマホが震え始め、しのぶに着信を知らせる。
(え?誰?)
見覚えのない電話番号。
五回、六回と続くコールに耐えかねたしのぶは、ついに着信に応じた。
「・・ドアを開けて、しかもくぐっちまったようだね。」
「・・・・・。」
息を呑み、沈黙するしかないしのぶに向かい、電話越しに老婦人の声が響く。
「分かってたんだよ、最初から。」
「・・・・・。」
「・・まあ、悪いことばかりじゃないよ。」
老婦人は会員用パスワードをメールで送信したことを告げると一方的に電話を切った。
(・・ドアを開ける、ドアをくぐる・・。)
しのぶは老婦人の言葉を頭の中で反芻し続けていた。
前者はしのぶと同様の嗜好を有するコミュニティの存在を知ったことを、後者はそのコミュニティへの参加をしのぶ自身が表明したことを示している。
呪いは終わっていなかったのだ。
そして呪いは続く。
(・・それに・・)
このドアは一度くぐってしまったら、容易に後戻りは効くまい。
何が後戻りを阻むのか、それは分かっていた。
しのぶ自身である。
正確に表現するならば、しのぶの内面に潜む牝である。
経験した刺激に慣れてしまえば、次には更なるレベルの刺激でなければ、物足りなくなるに違いない。
それは痛み止めの鎮痛剤が、習慣化して徐々に効果を失っていく現象に似ている。
だが今まで経験してきたレベルの露出行為が市販の鎮痛剤だとしたら、今日の経験は間違いなく覚醒剤レベルだ。
覚醒剤のもたらす効果にも、いつか物足りなくなる日が来るに違いない。
(その時、あたしは・・どうなるの・・?)
不安は高まるばかりであったが、同時に高まりつつある期待。
その期待に今は全てを賭けるしかない。
ほぼ確定された破滅から眼を逸らし、眼先の悦びを享受するのだ。
そう決めると、しのぶは今度こそ身体を清める為に入浴の準備を始めた。
完結
※元投稿はこちら >>