しのぶが家路を辿る時間、およそ一時間を見越して老婦人はタイマーをセットした。
設定内容はランダム設定の為、どんな動きを、いつ始めるかは分からない。
起動するタイミングは老婦人だけが知っており、それをしのぶに知らせるつもりはない。
「いつ爆発するか分からない時限爆弾さね。」
呵呵と大笑いする老婦人を前に、しのぶは途方に暮れる。
(・・もし帰りの電車の中で・・)
混み合う電車の中、不意に挿入された性具が起動してしまったら。
起動した性具のもたらす快感に声を漏らしてしまったら。
声を漏らすどころか身を捩じり、ついには立っていられなくなってしまったら。
「勿論、チャレンジするもしないもアンタの自由だし、途中の何処かで抜いちまうことも出来るけどね。」
妄想に取り憑かれたしのぶは性具からではなく、しのぶ自身の淫らで恥辱に満ちた妄想により、今日、何度目かの昂ぶりを感じ始めている。
ゴクリと唾を飲み込むとしのぶは覚悟を決めた。
「・・やります・・。」
しのぶが衣服を身に付けようと、傍にあった下着に手を伸ばした瞬間であった。
老婦人の手がしのぶを押し留め、更なる指示を加える。
「そんなものは要らないよ。今日のアンタの下着はこれだけさ。」
そう言って老婦人は指先でしのぶの躯を彩る紐を摘まむ。
老婦人はキャミソール、ブラジャーを簡単に畳むと取扱説明書の類の入った紙袋に仕舞い傍に置く。
「これは処分するよ。」
ストッキングを指先で摘まむとしのぶに捨てる旨を告げる。
頷きながら、しのぶはブラウス、スカートの順で身に付けると鏡に向かい、自分の姿を映してみた。
肌着を付けていない為、ブラウスの下にある素肌こそ透けないものの、躯を彩る黒い紐の交錯と強調された乳首はくっきりと透けている。
「これがあるから大丈夫さ。」
老婦人が差し出すベストを頭から被り、身に付けると、なるほど、一見は極く普通の服装にしか見えない。
「これはどうするね?」
そう言って差し出されたT字帯を見つめ、暫し考えた後、しのぶは受け取って脚を通す。
「忘れ物はないね?」
「はい。ありがとうございました。」
別れを告げたしのぶが、自分のバッグと老婦人が整えてくれた紙袋を提げて、狭い階段を降り雑居ビルから出ると既に陽は落ち、辺りは夕闇に包まれている。
繁華街の外れとはいえ、昼間に比べれば人通りも多い。
しのぶは今の姿を他人の視線に少しでも触れさせないように心掛けながら駅に向かうが、駅に近づくにつれ、自然に通行人の数は増えていく。
(・・こんな・・イヤらしい格好したまま・・)
過去に下着を付けることなく外出したことはあるが、素肌を淫らに彩り自分の牝を強調しながら、また、性具に貫かれたままの外出など経験したことがない。
あまつさえ、その性具には時限装置が仕掛けられており、今この瞬間にも、しのぶを獣に変えてしまうかもしれないのだ。
(今・・あたしがどんな格好をしているのか・・知られたら・・。)
しかも歩き始めてから気が付いたのだが、一歩足を前に出し、地面に足が着地するたびに生じる僅かな衝撃。
この衝撃が挿入された性具に伝わり、しのぶの性器を抉ぐるたびに微妙な刺激が生じ、結果としてしのぶの女を昂らせつつあるのだ。
また老婦人の愛撫により生じた僅かな潤いも、既に溢れんばかりの状態となっており、一歩進むたびに解ぐされた秘部から甘い痺れが広がっていく。
(・・どこかのトイレを借りて・・)
性具を抜き去ることを考えていたのも事実だ。
だが、駅に着くと悩みながらも結局、そのまま電車に乗ってしまう。
しのぶは走り出した電車の中で戦々恐々としながらも、心の何処かでは体内の性具が暴れ出すことを望んでいることに気が付いていた。
(・・もし・・スイッチが入ったら・・)
人生の終焉と始まりを同時に味わうであろうことが分かっていた。
それは言い換えれば喪失と獲得である。
ささやかながら今まで営々と築き上げてきた社会人としてのポジションを失い、引き換えに同じ期間に渡り、渇望していた欲望を取り戻すことが可能になるかもしれない。
少なくとも人並みの幸福は手放す覚悟が必要だが、その思い切りは容易ではなかった。
(・・後、五分くらい・・・。)
僅か五分を永遠にも感じながら電車に揺られ続けるが、しのぶの心中は複雑であった。
五分もすれば電車の中で痴態を晒すリスクは回避出来そうだが、それは同時に電車の中で痴態を晒すことにより、嘗て無い程の恥辱を味わうチャンスも失われてしまうことを意味する。
(もう、普通じゃなくなっちゃった・・。)
自分の考えている内容が既に普通ではない。
いや、常人に思考し得る範疇を超えている。
そんな事実を冷静に受け止めている自分自身にしのぶは絶望していた。
しのぶの想いを余所に、無事、降車駅に到着すると、しのぶはホームから改札口を経て、自宅まで十分程の道程を歩き始める。
見覚えのあるいつもと同じ風景、見たことのあるような顔とすれ違いながら、しのぶは遂に家に辿り着いた。
玄関に入るや否や、安堵、失望、様々な感情に包まれ、しのぶは思わずその場に座り込む。
「痛っ!」
所謂、女座りになってしまった為、挿入しきれずはみ出ていた性具の一部が、床に触れて更に奥に押し込まれたのだ。
(抜かなきゃ。)
膝立ちになって脚を軽く開くと、しのぶはT字帯をズラして性具を摘まむ。
痛みを覚悟して、ゆっくりと性具を抜き出すが、充分に潤って解ぐされた性器からは何の苦もなく抜き去ることが出来た。
「え?」
今まで気付かなかったが、淫らな液に汚れた性具は思っていた以上に、いや、明らかに軽いとしか思えない。
恐る恐る確認すれば、スイッチはOFF。
もしやと思い調べてみれば、軽いと思ったのも当然のこと、乾電池そのものが抜かれている。
「あは・・。あはは・・。」
不意にしのぶは虚ろに笑い出した。
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