その7
戸田秋男は自宅のリビングで1人、ウイスキーのロックをあおっていた。
「馬鹿げてる。。出来るはずがない。。くそ。沢田め。」
さっき封を切ったばかりのジャックダニエルはすでに半分以上秋男の胃の中に収まっていた。
「くそ。なんだって、沢田はあんな事を。。」
今日沢田が持ち掛けてきた話しは間違いなく、倒産寸前の戸田建設を救う起死回生の一発になるだろう。
もちろん喉から手が出そうなほどの甘美な申し出だった。
私は話しの途中までは沢田が天使や神の類に思えた。
神様はいるんだ。と泣きそうにすらなった。
だが、「その代わりに条件がある」と言い出した後の話しは聞くに堪えない悪魔の言葉だった。
「そんな事出来るわけがないでしょうが!」そう、沢田を怒鳴りつけ席を立った私だが、
ジャックダニエルが胃と喉を焼き付けて視界も、朦朧としている今、その判断が正しかったのか、疑わずにはいられなくなった。
沢田の言う通りにすればわが社は救われる。20名からの社員とその家族も救われる。
だが、断れば、戸田建設はまず間違いなく潰れる。
私と私の唯一の家族である一人娘の麻衣子も路頭に迷う事になる。
「お父さん?ねえ?お父さんってば!」
「ん?うわ!麻衣子か。。ビックリさせるな!」
「何言ってんのよ。さっきから何回もただいまって言ってんのに。」
「あー。すまんすまん。ちょっと考え事だ。」
「お仕事大変なの?大丈夫?最近ちょっと痩せたんじゃない?」
「大丈夫だ。ところで就活はどうなんだ?」
「ふふっ。けっこう順調かも。」
麻衣子は戸田建設の面接がうまくいっているせいか上機嫌だ。
「どこを受けているんだ?建築事務所ならお父さんが裏から手をまわしてやる事もできるんだぞ。」
「なーに悪人みたいな事言っちゃってんのよ。そういうのがヤダからお父さんには内定きまるまで内緒なの。」
「ふっ。お前は立派に育ったな。。」
「ちょっと。いきなり物思いにふけないでよ。あたしお風呂入ってくるからね。
その後すぐ晩ごはんの支度するからちょっと待っててね。」
「いつも悪いな。」
「はい?何よ、いきなり気持ち悪い。もう10年も毎日やってるんですけど。」
「もう10年か。早いもんだ。。」
「なに?酔っぱらってんの?あたしお風呂入るからね。飲み過ぎちゃダメよ!」
私はバスルームに向かう麻衣子の背中を見つめた。
「麻衣子さんがウチの2次面接まで通っているのはご存じですよね?」
「えっ?あいつ安藤デザインを受けているんですか?」
「おや?ご存じなかったんですか?採用が決まってからお父さんを驚かそうとしてるのかな。
はははっ。カワイイ娘さんじゃありませんか。お父さんの事が大好きなんでしょうね。」
全然知らなかった。なぜ、あいつは私に隠しているのだろう。。
「戸田さん。戸田建設に大口の工事をまわすだけではなく、娘さんも採用しましょう。
そうすれば、どうなるか分かりますよね?娘さんがウチで一人前になれば、
娘さんの描いた図面は全部戸田建設の施工になるでしょう。
親子でコラボなんて理想じゃありませんか。そして安藤デザインと戸田建設は蜜月の関係になるでしょう。
これで戸田建設は安泰です。」
「で、私にいったい何をしろと?」
「娘さんを抱いて下さい。」
「はっ?あの。。おっしゃっている意味がよく。。」
「言葉の通りです。それとも私に娘さんを抱かせてくださいますか?」
「な、なにを言っている。。ふざけるな。。」
「申し訳ありませんが、これは冗談でもなんでもありません。考えてもみて下さい。
今回のホテルの建設は億の仕事です。ざっと見積もっても戸田建設には3千万程度の粗利が出るはずです。
3千万円ですよ?おまけに今後も我々と戸田建設は切っても切れない縁になる。
安藤デザインの仕事だけでも戸田建設の年商は10億を超えるでしょう。
分かりますよね?10億円をやるから、娘を抱けと言っているんですよ。
それともこのまま、倒産でもしますか?」
「ふざけるな!!悪いが帰らせて頂く。」
「娘を抱くだけで10億円ですよ?」
「で、出来るわけがないでしょうが!」
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