24.お師匠さんは、ご主人様
間も無く夫になる男を、空港に見送った後、里美は帰路の車中で、
男の愛を疑っても抗う事の出来ない自分に悩んでいました。
二人きりの時は、口や態度では愛情を表しながらも、卑猥な状況では奴隷扱いする男。
この関係は、どこかおかしい。という疑念が湧きあがっては、男との行為の快感に消えて行きます。
その解せぬ態度にも、結局身を任せてしまう自分にも戸惑っている里美でした。
空港での別れ際、里美は男から、今日はこの後、男の代理として暫くの間、仕事を教えてもらう事になる、
男の「師匠」と呼ばれる老人の元へ顔を出す様に、強く謂い付けられていました。
「師匠」の事務所は、東京中心の緑に溢れる一帯を囲む水場に面した、この国の中枢地域にありました。
先日一度だけ訪れた場所でしたが、迷う事無く辿りつく事が出来ました。
セキュリティキィー式の自動ドアを教えられていたPASSで開け、中に入ると、更に重厚な木製のドアと無人の受付があり、
全くひと気の感じられない空間に、壁面のアートだけが、間接照明に強く存在感を示している、無機質なオフィスです。
受付のタッチパネルを操作して、老人を呼ぶと、女性の声で応答があり、里美より年長の女性がドアを開け、迎え入れてくれました。
「お入りください。」
先日通された応接室の更に先、通されたオフィスエリアは、半透明のクリスタルの間仕切りで仕切られ、
LED照明が冷たく照らす、迷路のような長く度々曲がる廊下のフカフカなカーペットの上を、奥へ奥へと通されました。
突き当りのドアに、老人の苗字が英文のロゴで表示されているのが見えました。
その、いかにも上質な木材で出来ているドアを、女性が2度ノックし、押し空けると、緑の園を眼下に見渡す広い窓の前に、
先日の老人が、仕立てのよさげなダブルのスーツ姿で立ち、外を眺めていました。
都心には不釣り合いなほど深い森の上を、鴉の一群が飛んでいるのが見えます。
「お師匠さん、男の謂い付けの通り参りました。」
部屋に入った里美が、挨拶を言い終らぬうちに、女性は背後でドアを閉め去ってしまいました。
「よく来たな。どうだ、勉強は進んでいるかな。」
振り返った老人は、恰幅の良い体格と、背筋を伸ばしている姿勢のせいか、とても若々しく見えました。
「はい。先日ご指示頂いた分野をネットで調べて、翻訳前ですが、レポートにして、出掛けにメールでお送りしておきました。」
初対面の時、老人に与えられたのは、法律・科学技術・政治と、多岐の専門分野に亘るある重要なテーマで、
10年以上も、ただの平凡なOLであった里美には、初めて目にする知識も多く、
男の住む国の言葉を専門に学んだとはいえ、完全な翻訳にする処までは、まだまだ先は長そうですが。
「少しだけ読ませ貰った。里美は、あいつには勿体無い頭の女だな。」
老人は、里美を執務机前のソファーに座らせながら、改めて厳しい顔で口を開いた。
「それと、早速今夜から仕事だが、一昨日のアレでついた跡は、もう大丈夫か?」
老人は、男から、鬼友たちに乱暴に調教された一件を聞かされていたようです。
「お師匠さんにも、御心配をお掛けしたみたいで申し訳ございませんでした。
少し、傷が瘡蓋になっていますが、大丈夫です。」
「そうか、それは何より。」
老人は、自分もソファーに深く座り、改めて里美の肢体を、特に短いスカートからこぼれる、
足とその奥の陰を、目を細めながら鑑賞したあと、本題を口にしました。
「それと、私と二人きりの時は、これからは、私を『ご主人さま』と呼ぶように。」
この時から、お師匠さんは、里美にとっての新しい『ご主人さま』となりました。
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